25 / 273
第二章 工業都市ボルドー
2-3 冒険者組合
しおりを挟む
ボルドー生活二日目。
日も昇らぬ薄暗いうちに、日課である大陸拳法の套路を開始する。
「ふぅ……哈ッ!」
手足揃って踏み込んで、鋭い呼気で拳を打ち出す。
大陸拳法の鍛錬は日が落ちてから、あるいは日が昇らぬうちに行われることが多い。
元々は武術が秘伝だったため、人目のつかぬ時間帯に訓練を行うようになったらしい。俺の場合はスペース的な問題で、この時間を選ばざるを得なかっただけだが。
防音魔法があるとはいえ床の振動は誤魔化せない。となると、外でしか訓練が出来ないという訳だ。
「ふぃ~。いい汗かいたあ」
套路を終えた後は、ひと風呂浴びてすっきり爽快。そのまま朝食もするりと頂く。
ご飯を食べてさあ冒険者組合へ行くぞと宿を出かけたところで──宿の主人タリクに呼び止められる。
非常に興奮していたので何事かと身構えれば、俺が創った浴槽のことが聞きたいらしかった。
俺が魔法を使えると知られるのはマズいし、例の如く精霊使役者ということで誤魔化しておく。
(これで水と土って設定か。いっそのこと全属性と契約してることにした方が楽かもな)
(私たちを打ったハダルも複数の精霊を使役していましたが、当時の魔族では随一と言われていました。ロウが全属性の精霊を使役しているなどと言ってしまえば、どうなるかは火を見るよりも明らかなのです)
ですよねー。
実を言うとサルガスの提案も魅力的だったけど、ギルタブも同じ意見なら流石に見送らざるを得ない。
何より、俺は十歳の子供だ。大人でも珍しいというのに子供の内に複数の契約を成しているのなら、それはもう大いに注目を集めてしまうことだろう。
そんな思惑から土の精霊魔法が使えるということをタリクに伝えると、今度は客室全てに浴槽を設置してくれないかと懇願してきた。
例の浴槽は立派なものだが、作業時間は十数分で大した手間でもない。報酬の支払いはこちらの言い値でいいとのことなので二つ返事で了承。一応製作者の名を伏せるようにお願いをしておく。
結果、金貨二十枚と「ピレネー山の風景」の自室をゲットしてしまった。
ぼろい商売だぜ! ガハハ!
(もう生活するだけならあの宿だけで事足りるな。タダ飯許可も得たことだし)
銀刀からの悪魔の囁きが聞こえてくる。確かに食っちゃ寝生活が約束されたようなものだ。一応、この街には魔物被害という懸案事項はあるが。
堕落した人生を送るか悩みながらもタリクに聞いていた道順をなぞり、目的地を目指す。そのままずんずんと歩いていき、ボルドー西側の居住区を抜け商業区を進んだところで、冒険者組合へと到着した。
「おぉ~。リマージュにいた時は縁がなかったけど、立派なもんだなあ」
その外観は石造りの武骨な建物だった。
有事の際は要塞にもなりそうな冒険者組合の扉は非常に大きく、そして堅固なもの。成人男性が数人がかりで押して、やっと開きそうな印象である。
──組合へと足を運んだ理由は二つ。魔物の分布を知るため、そして仮の身分として冒険者となるためだ。
二つあると言っても、実のところ連動しているようなもんである。注意喚起のための大まかな分布はあるだろうが、詳細な魔物の情報など非組合員には教えていないだろう。ならば組合員になるしかあるまい、というやつだ。
しかし、子供の身で登録か出来るのだろうか――巨大な扉を前にそんな不安を抱く。
危険がつきまとう仕事だけに、年齢制限で弾かれるというのは大いに考えられる。
「うむぅ」
軽く頭を振ってネガティブな思考を追い出し、巨大な扉に手を添える。
今の俺は、魔力強化を行わずとも素手で堅い木材であるケヤキを粉砕できる握力だ。腕力もそれに比例するようにあるし、ぶっちゃけゴリラ並みである。
つまりは巨大な扉など簡単に押し開けられる。まかり通るのだ!
巨大な扉がみしりと軋み、蝶番が悲鳴を上げて──門が両開きに開かれた。
「おぉー」
外より少し暗い室内に目を慣らせば、すぐに受付が目に飛び込む。ロビーの奥には地球の市役所にも似たカウンターが並んでおり、冒険者らしき人物らと受付の職員が話を詰めている。
受付の隣には依頼票らしきものが並んだ長大な掲示板が鎮座しており、そちらの前にもやはり冒険者が屯していた。
ロビー手前、エントランス側の広々とした空間には椅子やテーブルが並べられており、ここで冒険者同士の打ち合わせが出来るのだろう。今も多様な種族の者たちが顔を突き合わせている。いるのだが──。
「おい見たか」
「ああ、大型亜人用入り口から涼しい顔して入りやがった」
「子供のように見えるが、ドワーフか?」
「線が細いな。とんでもない怪力だが」
「やだ、ちょっとカワイイんですけど!」
──エントランス近くの冒険者らは一様に動きを止め、こちらを凝視しているではないか。
ざわめきの中で気になる単語を拾い、もしやと後ろを見れば──先ほどの入り口以外にも、通常サイズの扉を発見した。
まーたやっちまったかァッ!
(ククッ。流石ロウだ、思わぬところで抜けている。いつもこちらの期待を裏切らないな)
(大丈夫ですよロウ。あの扉から入ったことで、逆に子供だからと軽んじられる可能性が減ったのです)
なるほど、ポジティブに考えれば一種の威嚇とも言えるか。
冒険者ともなれば腕っぷしの強い相手に下手を打つことも無いだろう。多分。
「おう、中々見どころあるな? お前、どこかに所属してるのか?」
ギルタブの言葉を真に受けて楽観視していると、ガラ悪そうな赤髪の兄さんに絡まれてしまった。この嘘つき!
「いえ、まだ冒険者登録さえしてない新人です。最初の内は採取依頼を中心にやっていこうと考えてます」
「チッ、そうかよ。魔物相手にして稼ぎたくなったらこのヴィクター・コンカラーに話を持ってこい。色々教えてやるさ。後悔はさせないぜ? お前は磨けば光りそうだからな」
内心でビクビクしながら採取中心だと告げると、口をへの字に曲げ不機嫌そうに去っていくヴィクター何某氏。
態度は横柄にも思えるが、それも腕が立つ故のものだろう。長身の身体に金属製の鎧を身に着けているが、その重心はどっしり安定。熟練の気配をひしひしと感じたぜ。
(てっきりロウへ喧嘩を吹っ掛けるものと思っていたが、単なる勧誘だったみたいだな)
サルガスも俺と同じような感想を抱いていたようだ。あっさり引いてくれた上に名前まで教えてくれたし、案外面倒見の良い人だったのかもしれない。
「坊や、大丈夫だった? 怖くなかった?」
気持ちを切り替え受付まで近づき用件を告げようとするも、受付嬢に機先を制される。ままならぬものよ。
「はい、大丈夫です、初めまして。名前はロウといいます。冒険者として登録を行いたいのですが、何か必要なものはあるのでしょうか?」
サクッと流しこちらの話を切り出す。力技による主導権奪取こそ至高なのだ。
「あらあら、登録に来たのね。あの亜人用扉を開けられるなら実力的には大丈夫そうだけど……初めまして。私はダリア。よろしくね、ロウ君。ええと……必要なものは組合員章発行の手数料、組合を維持するための年一回の組合費。それに組合の規定や禁止事項、罰則についての説明ね。後は住所や年齢、技能を用紙に記入してもらうんだけど、文字は書ける?」
首筋が隠れるくらいのところで切り揃えられた白いショートヘアに、可愛らしい刺繍がアクセントのヘッドドレスを付けた女性──ダリアが問うてくる。
彼女はカウンターに両手をつき、こちら側へ乗り出すような形で話しているのだが……両腕に圧迫されることで豊かな胸が頗る強調されている。
これはとても良いお乳。実にスケベである。
(何を馬鹿なこと考えているんですか)
脳裏に響くギルタブの冷めた声で正気に戻った。
危うくおっぱい星に魂を攫われるところだった。童貞には危険な手合いのようだ。鎮まれ我がリビドーよ!
「大丈夫です。手数料と組合費はいくらになるのでしょうか?」
「組合員章の発行手数料が銀貨五枚、組合費が銀貨二枚よ。合わせて銀貨七枚の高額だけど、用意できない場合は組合が立て替えて、後から優先的に相性の良さそうな仕事を斡旋して、その達成報酬から天引きすることも出来るから、安心してね」
「なるほど。仮に即金で支払えなくても冒険者なることはできる、と。組合費はともかく、組合員章って高いんですね」
懐に手を突っ込み、異空間へ収納している金貨袋を取り出しつつ直球の感想を漏らせば、ダリアは短く揃えた形の良い眉を悲しそうに下げる。
「うう、ごめんねぇ。身分証としても使えるように偽造や改造防止の処理がされてたり、過去に受けた依頼の詳細を書き込めたりするからね。どうしても手間が掛かったり良い材料で作らなきゃいけなかったりで、コストが嵩んじゃうのよ」
彼女は弁明しつつも小豆色の瞳を潤ませ、ややタレ目な目尻に溜まった涙を拭うそぶりを見せる。
その腕の動作で芸術的な胸が揺れ、変形する。とてもスケベである。
(大げさな方ですね。ロウの気を惹こうとでもしているのでしょうか?)
対し、黒刀はびっくりするほど冷然としている。気を惹くというか、俺の容姿が容姿だから母性が刺激されてるんじゃないかな、と思うが……。
脳内でやり取りをしている間に接続が終わり、物置きこと異空間から金貨袋を探り当てる。
金銀貨幣の入り乱れる革袋からミトラス銀貨七枚を取り出し、お支払い。彼女は随分驚いたようだったがそこはプロ、切り替えが早くすぐに記入用紙を持ってきてくれた。
「ロウ君、お金持ちなのね? 驚いちゃった」
用紙を持ってきたダリアは受付台に肘を置いて寛ぎモードへ移行しながら、冒険者組合の規則を説明し始めた。
俺が子供だからなのか、それとも組合の気風なのか。はたまた彼女の気質なのか。かなり気楽な様子で注意点や罰則、禁止事項を述べていく。
そうして彼女が説明を終えるころ、丁度こちらも用紙の記入が終わった。
「──書き終えました。不備があればご指摘お願いします」
「お姉さんに任せて! ふむふむ。ふふ、ロウ君十歳なんだね……え? 精霊使役者って、しかも二種!? うそぉ!」
(案の定、騒がれたな)(想定の範囲内なのです)
せやな。後でバレるよりは予め伝えておいた方が問題が起こりづらいだろうし、致し方なしだよ。
仰天するダリアを尻目に曲刀たちとの脳内会話へと興じる。ちょっと放っておけば落ち着くだろうと投げやりな気分だ。
「ロウ君、精霊使いって本当なの? 疑うようで悪いけど、組合員章にも反映される情報だから、正確に書かないといけないの」
困った様な表情で腕を組み胸を寄せるダリア。
たわわな果実が大いに主張している。凄まじくスケベである。童貞特攻の姿勢止めて!
(……)
「戦闘であまり活用するつもりはありませんが、この通り」
黒刀殿の無言念話が恐ろしくなったため、話を進めるべく精霊モドキの氷塊と石塊を創り出す。もはや魔力操作も慣れたものだ。
「うわぁー凄い凄い! 二種契約なんて、私初めて見たよ」
ダリアは無邪気に喜んでいる。コロコロ表情が変わる可愛らしい女性だ。
ついでに胸がユサユサユッサとダイナミズムを醸している。絶景かな絶景かな。
「!?」「あの坊主、二種の精霊使いか!」「あの怪力だからドワーフの戦士かと思ったが……末恐ろしいな」
一方、精霊(モドキ)を顕現させた時点で周囲は騒然となっていた。
(単純に二種契約が物珍しいってだけだと思うぞ。全種契約とかやらなくて正解だったな)
そんなもんかと思う反面、あの時にサルガスの甘言に唆されていたらと思うとゾッとする。騒ぎなんぞ今の比ではなかっただろう。
「あ。はしゃいじゃってごめんね……うん、確認したから大丈夫。記入事項の確認も終わりっ! 組合員章はすぐに発行できないけど、仮のカードが貸与されるから依頼を受ける時はそれを見せてね。正式なものは一週間くらいかかるかな? 今は魔物被害が多くて冒険者の登録や再発行が多いし。後は……」
仮カードを受け取ると、ダリアが何かを思案するようにおとがいに人差し指を当てる。何秒かうんうんと唸った後「伝え忘れなし!」と呟き一転、華やかな笑顔を見せてくれた。
「それでは――ようこそ、冒険者組合へ。ロウ様、貴方の加入を歓迎します!」
日も昇らぬ薄暗いうちに、日課である大陸拳法の套路を開始する。
「ふぅ……哈ッ!」
手足揃って踏み込んで、鋭い呼気で拳を打ち出す。
大陸拳法の鍛錬は日が落ちてから、あるいは日が昇らぬうちに行われることが多い。
元々は武術が秘伝だったため、人目のつかぬ時間帯に訓練を行うようになったらしい。俺の場合はスペース的な問題で、この時間を選ばざるを得なかっただけだが。
防音魔法があるとはいえ床の振動は誤魔化せない。となると、外でしか訓練が出来ないという訳だ。
「ふぃ~。いい汗かいたあ」
套路を終えた後は、ひと風呂浴びてすっきり爽快。そのまま朝食もするりと頂く。
ご飯を食べてさあ冒険者組合へ行くぞと宿を出かけたところで──宿の主人タリクに呼び止められる。
非常に興奮していたので何事かと身構えれば、俺が創った浴槽のことが聞きたいらしかった。
俺が魔法を使えると知られるのはマズいし、例の如く精霊使役者ということで誤魔化しておく。
(これで水と土って設定か。いっそのこと全属性と契約してることにした方が楽かもな)
(私たちを打ったハダルも複数の精霊を使役していましたが、当時の魔族では随一と言われていました。ロウが全属性の精霊を使役しているなどと言ってしまえば、どうなるかは火を見るよりも明らかなのです)
ですよねー。
実を言うとサルガスの提案も魅力的だったけど、ギルタブも同じ意見なら流石に見送らざるを得ない。
何より、俺は十歳の子供だ。大人でも珍しいというのに子供の内に複数の契約を成しているのなら、それはもう大いに注目を集めてしまうことだろう。
そんな思惑から土の精霊魔法が使えるということをタリクに伝えると、今度は客室全てに浴槽を設置してくれないかと懇願してきた。
例の浴槽は立派なものだが、作業時間は十数分で大した手間でもない。報酬の支払いはこちらの言い値でいいとのことなので二つ返事で了承。一応製作者の名を伏せるようにお願いをしておく。
結果、金貨二十枚と「ピレネー山の風景」の自室をゲットしてしまった。
ぼろい商売だぜ! ガハハ!
(もう生活するだけならあの宿だけで事足りるな。タダ飯許可も得たことだし)
銀刀からの悪魔の囁きが聞こえてくる。確かに食っちゃ寝生活が約束されたようなものだ。一応、この街には魔物被害という懸案事項はあるが。
堕落した人生を送るか悩みながらもタリクに聞いていた道順をなぞり、目的地を目指す。そのままずんずんと歩いていき、ボルドー西側の居住区を抜け商業区を進んだところで、冒険者組合へと到着した。
「おぉ~。リマージュにいた時は縁がなかったけど、立派なもんだなあ」
その外観は石造りの武骨な建物だった。
有事の際は要塞にもなりそうな冒険者組合の扉は非常に大きく、そして堅固なもの。成人男性が数人がかりで押して、やっと開きそうな印象である。
──組合へと足を運んだ理由は二つ。魔物の分布を知るため、そして仮の身分として冒険者となるためだ。
二つあると言っても、実のところ連動しているようなもんである。注意喚起のための大まかな分布はあるだろうが、詳細な魔物の情報など非組合員には教えていないだろう。ならば組合員になるしかあるまい、というやつだ。
しかし、子供の身で登録か出来るのだろうか――巨大な扉を前にそんな不安を抱く。
危険がつきまとう仕事だけに、年齢制限で弾かれるというのは大いに考えられる。
「うむぅ」
軽く頭を振ってネガティブな思考を追い出し、巨大な扉に手を添える。
今の俺は、魔力強化を行わずとも素手で堅い木材であるケヤキを粉砕できる握力だ。腕力もそれに比例するようにあるし、ぶっちゃけゴリラ並みである。
つまりは巨大な扉など簡単に押し開けられる。まかり通るのだ!
巨大な扉がみしりと軋み、蝶番が悲鳴を上げて──門が両開きに開かれた。
「おぉー」
外より少し暗い室内に目を慣らせば、すぐに受付が目に飛び込む。ロビーの奥には地球の市役所にも似たカウンターが並んでおり、冒険者らしき人物らと受付の職員が話を詰めている。
受付の隣には依頼票らしきものが並んだ長大な掲示板が鎮座しており、そちらの前にもやはり冒険者が屯していた。
ロビー手前、エントランス側の広々とした空間には椅子やテーブルが並べられており、ここで冒険者同士の打ち合わせが出来るのだろう。今も多様な種族の者たちが顔を突き合わせている。いるのだが──。
「おい見たか」
「ああ、大型亜人用入り口から涼しい顔して入りやがった」
「子供のように見えるが、ドワーフか?」
「線が細いな。とんでもない怪力だが」
「やだ、ちょっとカワイイんですけど!」
──エントランス近くの冒険者らは一様に動きを止め、こちらを凝視しているではないか。
ざわめきの中で気になる単語を拾い、もしやと後ろを見れば──先ほどの入り口以外にも、通常サイズの扉を発見した。
まーたやっちまったかァッ!
(ククッ。流石ロウだ、思わぬところで抜けている。いつもこちらの期待を裏切らないな)
(大丈夫ですよロウ。あの扉から入ったことで、逆に子供だからと軽んじられる可能性が減ったのです)
なるほど、ポジティブに考えれば一種の威嚇とも言えるか。
冒険者ともなれば腕っぷしの強い相手に下手を打つことも無いだろう。多分。
「おう、中々見どころあるな? お前、どこかに所属してるのか?」
ギルタブの言葉を真に受けて楽観視していると、ガラ悪そうな赤髪の兄さんに絡まれてしまった。この嘘つき!
「いえ、まだ冒険者登録さえしてない新人です。最初の内は採取依頼を中心にやっていこうと考えてます」
「チッ、そうかよ。魔物相手にして稼ぎたくなったらこのヴィクター・コンカラーに話を持ってこい。色々教えてやるさ。後悔はさせないぜ? お前は磨けば光りそうだからな」
内心でビクビクしながら採取中心だと告げると、口をへの字に曲げ不機嫌そうに去っていくヴィクター何某氏。
態度は横柄にも思えるが、それも腕が立つ故のものだろう。長身の身体に金属製の鎧を身に着けているが、その重心はどっしり安定。熟練の気配をひしひしと感じたぜ。
(てっきりロウへ喧嘩を吹っ掛けるものと思っていたが、単なる勧誘だったみたいだな)
サルガスも俺と同じような感想を抱いていたようだ。あっさり引いてくれた上に名前まで教えてくれたし、案外面倒見の良い人だったのかもしれない。
「坊や、大丈夫だった? 怖くなかった?」
気持ちを切り替え受付まで近づき用件を告げようとするも、受付嬢に機先を制される。ままならぬものよ。
「はい、大丈夫です、初めまして。名前はロウといいます。冒険者として登録を行いたいのですが、何か必要なものはあるのでしょうか?」
サクッと流しこちらの話を切り出す。力技による主導権奪取こそ至高なのだ。
「あらあら、登録に来たのね。あの亜人用扉を開けられるなら実力的には大丈夫そうだけど……初めまして。私はダリア。よろしくね、ロウ君。ええと……必要なものは組合員章発行の手数料、組合を維持するための年一回の組合費。それに組合の規定や禁止事項、罰則についての説明ね。後は住所や年齢、技能を用紙に記入してもらうんだけど、文字は書ける?」
首筋が隠れるくらいのところで切り揃えられた白いショートヘアに、可愛らしい刺繍がアクセントのヘッドドレスを付けた女性──ダリアが問うてくる。
彼女はカウンターに両手をつき、こちら側へ乗り出すような形で話しているのだが……両腕に圧迫されることで豊かな胸が頗る強調されている。
これはとても良いお乳。実にスケベである。
(何を馬鹿なこと考えているんですか)
脳裏に響くギルタブの冷めた声で正気に戻った。
危うくおっぱい星に魂を攫われるところだった。童貞には危険な手合いのようだ。鎮まれ我がリビドーよ!
「大丈夫です。手数料と組合費はいくらになるのでしょうか?」
「組合員章の発行手数料が銀貨五枚、組合費が銀貨二枚よ。合わせて銀貨七枚の高額だけど、用意できない場合は組合が立て替えて、後から優先的に相性の良さそうな仕事を斡旋して、その達成報酬から天引きすることも出来るから、安心してね」
「なるほど。仮に即金で支払えなくても冒険者なることはできる、と。組合費はともかく、組合員章って高いんですね」
懐に手を突っ込み、異空間へ収納している金貨袋を取り出しつつ直球の感想を漏らせば、ダリアは短く揃えた形の良い眉を悲しそうに下げる。
「うう、ごめんねぇ。身分証としても使えるように偽造や改造防止の処理がされてたり、過去に受けた依頼の詳細を書き込めたりするからね。どうしても手間が掛かったり良い材料で作らなきゃいけなかったりで、コストが嵩んじゃうのよ」
彼女は弁明しつつも小豆色の瞳を潤ませ、ややタレ目な目尻に溜まった涙を拭うそぶりを見せる。
その腕の動作で芸術的な胸が揺れ、変形する。とてもスケベである。
(大げさな方ですね。ロウの気を惹こうとでもしているのでしょうか?)
対し、黒刀はびっくりするほど冷然としている。気を惹くというか、俺の容姿が容姿だから母性が刺激されてるんじゃないかな、と思うが……。
脳内でやり取りをしている間に接続が終わり、物置きこと異空間から金貨袋を探り当てる。
金銀貨幣の入り乱れる革袋からミトラス銀貨七枚を取り出し、お支払い。彼女は随分驚いたようだったがそこはプロ、切り替えが早くすぐに記入用紙を持ってきてくれた。
「ロウ君、お金持ちなのね? 驚いちゃった」
用紙を持ってきたダリアは受付台に肘を置いて寛ぎモードへ移行しながら、冒険者組合の規則を説明し始めた。
俺が子供だからなのか、それとも組合の気風なのか。はたまた彼女の気質なのか。かなり気楽な様子で注意点や罰則、禁止事項を述べていく。
そうして彼女が説明を終えるころ、丁度こちらも用紙の記入が終わった。
「──書き終えました。不備があればご指摘お願いします」
「お姉さんに任せて! ふむふむ。ふふ、ロウ君十歳なんだね……え? 精霊使役者って、しかも二種!? うそぉ!」
(案の定、騒がれたな)(想定の範囲内なのです)
せやな。後でバレるよりは予め伝えておいた方が問題が起こりづらいだろうし、致し方なしだよ。
仰天するダリアを尻目に曲刀たちとの脳内会話へと興じる。ちょっと放っておけば落ち着くだろうと投げやりな気分だ。
「ロウ君、精霊使いって本当なの? 疑うようで悪いけど、組合員章にも反映される情報だから、正確に書かないといけないの」
困った様な表情で腕を組み胸を寄せるダリア。
たわわな果実が大いに主張している。凄まじくスケベである。童貞特攻の姿勢止めて!
(……)
「戦闘であまり活用するつもりはありませんが、この通り」
黒刀殿の無言念話が恐ろしくなったため、話を進めるべく精霊モドキの氷塊と石塊を創り出す。もはや魔力操作も慣れたものだ。
「うわぁー凄い凄い! 二種契約なんて、私初めて見たよ」
ダリアは無邪気に喜んでいる。コロコロ表情が変わる可愛らしい女性だ。
ついでに胸がユサユサユッサとダイナミズムを醸している。絶景かな絶景かな。
「!?」「あの坊主、二種の精霊使いか!」「あの怪力だからドワーフの戦士かと思ったが……末恐ろしいな」
一方、精霊(モドキ)を顕現させた時点で周囲は騒然となっていた。
(単純に二種契約が物珍しいってだけだと思うぞ。全種契約とかやらなくて正解だったな)
そんなもんかと思う反面、あの時にサルガスの甘言に唆されていたらと思うとゾッとする。騒ぎなんぞ今の比ではなかっただろう。
「あ。はしゃいじゃってごめんね……うん、確認したから大丈夫。記入事項の確認も終わりっ! 組合員章はすぐに発行できないけど、仮のカードが貸与されるから依頼を受ける時はそれを見せてね。正式なものは一週間くらいかかるかな? 今は魔物被害が多くて冒険者の登録や再発行が多いし。後は……」
仮カードを受け取ると、ダリアが何かを思案するようにおとがいに人差し指を当てる。何秒かうんうんと唸った後「伝え忘れなし!」と呟き一転、華やかな笑顔を見せてくれた。
「それでは――ようこそ、冒険者組合へ。ロウ様、貴方の加入を歓迎します!」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる