異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第二章 工業都市ボルドー

2-3 冒険者組合

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 ボルドー生活二日目。
 日も昇らぬ薄暗いうちに、日課である大陸拳法の套路とうろを開始する。

「ふぅ……ッ!」

 手足揃って踏み込んで、鋭い呼気で拳を打ち出す。

 大陸拳法の鍛錬は日が落ちてから、あるいは日が昇らぬうちに行われることが多い。

 元々は武術が秘伝だったため、人目のつかぬ時間帯に訓練を行うようになったらしい。俺の場合はスペース的な問題で、この時間を選ばざるを得なかっただけだが。

 防音魔法があるとはいえ床の振動は誤魔化せない。となると、外でしか訓練が出来ないという訳だ。

「ふぃ~。いい汗かいたあ」

 套路を終えた後は、ひと風呂浴びてすっきり爽快。そのまま朝食もするりと頂く。

 ご飯を食べてさあ冒険者組合へ行くぞと宿を出かけたところで──宿の主人タリクに呼び止められる。

 非常に興奮していたので何事かと身構えれば、俺が創った浴槽のことが聞きたいらしかった。

 俺が魔法を使えると知られるのはマズいし、例の如く精霊使役者ということで誤魔化しておく。

(これで水と土って設定か。いっそのこと全属性と契約してることにした方が楽かもな)

(私たちを打ったハダルも複数の精霊を使役していましたが、当時の魔族では随一と言われていました。ロウが全属性の精霊を使役しているなどと言ってしまえば、どうなるかは火を見るよりも明らかなのです)

 ですよねー。
 実を言うとサルガスの提案も魅力的だったけど、ギルタブも同じ意見なら流石に見送らざるを得ない。

 何より、俺は十歳の子供だ。大人でも珍しいというのに子供の内に複数の契約を成しているのなら、それはもう大いに注目を集めてしまうことだろう。

 そんな思惑から土の精霊魔法が使えるということをタリクに伝えると、今度は客室全てに浴槽を設置してくれないかと懇願こんがんしてきた。

 例の浴槽は立派なものだが、作業時間は十数分で大した手間でもない。報酬の支払いはこちらの言い値でいいとのことなので二つ返事で了承。一応製作者の名を伏せるようにお願いをしておく。

 結果、金貨二十枚と「ピレネー山の風景」の自室をゲットしてしまった。

 ぼろい商売だぜ! ガハハ!

(もう生活するだけならあの宿だけで事足りるな。タダ飯許可も得たことだし)

 銀刀からの悪魔のささやきが聞こえてくる。確かに食っちゃ寝生活が約束されたようなものだ。一応、この街には魔物被害という懸案事項はあるが。

 堕落だらくした人生を送るか悩みながらもタリクに聞いていた道順をなぞり、目的地を目指す。そのままずんずんと歩いていき、ボルドー西側の居住区を抜け商業区を進んだところで、冒険者組合へと到着した。

「おぉ~。リマージュにいた時はえんがなかったけど、立派なもんだなあ」

 その外観は石造りの武骨な建物だった。

 有事の際は要塞にもなりそうな冒険者組合の扉は非常に大きく、そして堅固なもの。成人男性が数人がかりで押して、やっと開きそうな印象である。

 ──組合へと足を運んだ理由は二つ。魔物の分布を知るため、そして仮の身分として冒険者となるためだ。

 二つあると言っても、実のところ連動しているようなもんである。注意喚起かんきのための大まかな分布はあるだろうが、詳細な魔物の情報など非組合員には教えていないだろう。ならば組合員になるしかあるまい、というやつだ。

 しかし、子供の身で登録か出来るのだろうか――巨大な扉を前にそんな不安を抱く。

 危険がつきまとう仕事だけに、年齢制限で弾かれるというのは大いに考えられる。

「うむぅ」

 軽く頭を振ってネガティブな思考を追い出し、巨大な扉に手を添える。

 今の俺は、魔力強化を行わずとも素手で堅い木材であるケヤキを粉砕できる握力だ。腕力もそれに比例するようにあるし、ぶっちゃけゴリラ並みである。

 つまりは巨大な扉など簡単に押し開けられる。まかり通るのだ!

 巨大な扉がみしりときしみ、蝶番ちょうつがいが悲鳴を上げて──門が両開きに開かれた。

「おぉー」

 外より少し暗い室内に目を慣らせば、すぐに受付が目に飛び込む。ロビーの奥には地球の市役所にも似たカウンターが並んでおり、冒険者らしき人物らと受付の職員が話を詰めている。

 受付の隣には依頼票らしきものが並んだ長大な掲示板が鎮座しており、そちらの前にもやはり冒険者がたむろしていた。

 ロビー手前、エントランス側の広々とした空間には椅子やテーブルが並べられており、ここで冒険者同士の打ち合わせが出来るのだろう。今も多様な種族の者たちが顔を突き合わせている。いるのだが──。

「おい見たか」
「ああ、大型亜人用入り口から涼しい顔して入りやがった」
「子供のように見えるが、ドワーフか?」
「線が細いな。とんでもない怪力だが」
「やだ、ちょっとカワイイんですけど!」

 ──エントランス近くの冒険者らは一様に動きを止め、こちらを凝視しているではないか。

 ざわめきの中で気になる単語を拾い、もしやと後ろを見れば──先ほどの入り口以外にも、通常サイズの扉を発見した。

 まーたやっちまったかァッ!

(ククッ。流石ロウだ、思わぬところで抜けている。いつもこちらの期待を裏切らないな)
(大丈夫ですよロウ。あの扉から入ったことで、逆に子供だからと軽んじられる可能性が減ったのです)

 なるほど、ポジティブに考えれば一種の威嚇いかくとも言えるか。
 冒険者ともなれば腕っぷしの強い相手に下手を打つことも無いだろう。多分。

「おう、中々見どころあるな? お前、どこかに所属してるのか?」

 ギルタブの言葉を真に受けて楽観視していると、ガラ悪そうな赤髪の兄さんに絡まれてしまった。この嘘つき!

「いえ、まだ冒険者登録さえしてない新人です。最初の内は採取依頼を中心にやっていこうと考えてます」

「チッ、そうかよ。魔物相手にして稼ぎたくなったらこのヴィクター・コンカラーに話を持ってこい。色々教えてやるさ。後悔はさせないぜ? お前は磨けば光りそうだからな」

 内心でビクビクしながら採取中心だと告げると、口をへの字に曲げ不機嫌そうに去っていくヴィクター何某氏なにがしし

 態度は横柄にも思えるが、それも腕が立つ故のものだろう。長身の身体に金属製の鎧を身に着けているが、その重心はどっしり安定。熟練の気配をひしひしと感じたぜ。

(てっきりロウへ喧嘩を吹っ掛けるものと思っていたが、単なる勧誘だったみたいだな)

 サルガスも俺と同じような感想を抱いていたようだ。あっさり引いてくれた上に名前まで教えてくれたし、案外面倒見の良い人だったのかもしれない。

「坊や、大丈夫だった? 怖くなかった?」

 気持ちを切り替え受付まで近づき用件を告げようとするも、受付嬢に機先を制される。ままならぬものよ。

「はい、大丈夫です、初めまして。名前はロウといいます。冒険者として登録を行いたいのですが、何か必要なものはあるのでしょうか?」

 サクッと流しこちらの話を切り出す。力技による主導権奪取こそ至高なのだ。

「あらあら、登録に来たのね。あの亜人用扉を開けられるなら実力的には大丈夫そうだけど……初めまして。私はダリア。よろしくね、ロウ君。ええと……必要なものは組合員章発行の手数料、組合を維持するための年一回の組合費。それに組合の規定や禁止事項、罰則についての説明ね。後は住所や年齢、技能を用紙に記入してもらうんだけど、文字は書ける?」

 首筋が隠れるくらいのところで切り揃えられた白いショートヘアに、可愛らしい刺繍ししゅうがアクセントのヘッドドレスを付けた女性──ダリアが問うてくる。

 彼女はカウンターに両手をつき、こちら側へ乗り出すような形で話しているのだが……両腕に圧迫されることで豊かな胸がすこぶる強調されている。

 これはとても良いお乳。実にスケベである。

(何を馬鹿なこと考えているんですか)

 脳裏に響くギルタブの冷めた声で正気に戻った。

 危うくおっぱい星に魂をさらわれるところだった。童貞には危険な手合いのようだ。しずまれ我がリビドーよ!

「大丈夫です。手数料と組合費はいくらになるのでしょうか?」

「組合員章の発行手数料が銀貨五枚、組合費が銀貨二枚よ。合わせて銀貨七枚の高額だけど、用意できない場合は組合が立て替えて、後から優先的に相性の良さそうな仕事を斡旋あっせんして、その達成報酬から天引きすることも出来るから、安心してね」
「なるほど。仮に即金で支払えなくても冒険者なることはできる、と。組合費はともかく、組合員章って高いんですね」

 ふところに手を突っ込み、異空間へ収納している金貨袋を取り出しつつ直球の感想を漏らせば、ダリアは短く揃えた形の良い眉を悲しそうに下げる。

「うう、ごめんねぇ。身分証としても使えるように偽造や改造防止の処理がされてたり、過去に受けた依頼の詳細を書き込めたりするからね。どうしても手間が掛かったり良い材料で作らなきゃいけなかったりで、コストがかさんじゃうのよ」

 彼女は弁明しつつも小豆色あずきいろの瞳をうるませ、ややタレ目な目尻に溜まった涙を拭うそぶりを見せる。

 その腕の動作で芸術的な胸が揺れ、変形する。とてもスケベである。

(大げさな方ですね。ロウの気を惹こうとでもしているのでしょうか?)

 対し、黒刀はびっくりするほど冷然としている。気を惹くというか、俺の容姿が容姿だから母性が刺激されてるんじゃないかな、と思うが……。

 脳内でやり取りをしている間に接続が終わり、物置きこと異空間から金貨袋を探り当てる。

 金銀貨幣の入り乱れる革袋からミトラス銀貨七枚を取り出し、お支払い。彼女は随分驚いたようだったがそこはプロ、切り替えが早くすぐに記入用紙を持ってきてくれた。

「ロウ君、お金持ちなのね? 驚いちゃった」

 用紙を持ってきたダリアは受付台に肘を置いてくつろぎモードへ移行しながら、冒険者組合の規則を説明し始めた。

 俺が子供だからなのか、それとも組合の気風なのか。はたまた彼女の気質なのか。かなり気楽な様子で注意点や罰則、禁止事項を述べていく。

 そうして彼女が説明を終えるころ、丁度こちらも用紙の記入が終わった。

「──書き終えました。不備があればご指摘お願いします」

「お姉さんに任せて! ふむふむ。ふふ、ロウ君十歳なんだね……え? 精霊使役者って、しかも二種!? うそぉ!」

(案の定、騒がれたな)(想定の範囲内なのです)

 せやな。後でバレるよりは予め伝えておいた方が問題が起こりづらいだろうし、致し方なしだよ。

 仰天するダリアを尻目に曲刀たちとの脳内会話へと興じる。ちょっと放っておけば落ち着くだろうと投げやりな気分だ。

「ロウ君、精霊使いって本当なの? 疑うようで悪いけど、組合員章にも反映される情報だから、正確に書かないといけないの」

 困った様な表情で腕を組み胸を寄せるダリア。

 たわわな果実が大いに主張している。凄まじくスケベである。童貞特攻の姿勢止めて!

(……)

「戦闘であまり活用するつもりはありませんが、この通り」

 黒刀殿の無言念話が恐ろしくなったため、話を進めるべく精霊モドキの氷塊と石塊を創り出す。もはや魔力操作も慣れたものだ。

「うわぁー凄い凄い! 二種契約なんて、私初めて見たよ」

 ダリアは無邪気に喜んでいる。コロコロ表情が変わる可愛らしい女性だ。

 ついでに胸がユサユサユッサとダイナミズムをかもしている。絶景かな絶景かな。

「!?」「あの坊主、二種の精霊使いか!」「あの怪力だからドワーフの戦士かと思ったが……末恐ろしいな」

 一方、精霊(モドキ)を顕現させた時点で周囲は騒然となっていた。

(単純に二種契約が物珍しいってだけだと思うぞ。全種契約とかやらなくて正解だったな)

 そんなもんかと思う反面、あの時にサルガスの甘言にそそのかされていたらと思うとゾッとする。騒ぎなんぞ今の比ではなかっただろう。

「あ。はしゃいじゃってごめんね……うん、確認したから大丈夫。記入事項の確認も終わりっ! 組合員章はすぐに発行できないけど、仮のカードが貸与されるから依頼を受ける時はそれを見せてね。正式なものは一週間くらいかかるかな? 今は魔物被害が多くて冒険者の登録や再発行が多いし。後は……」

 仮カードを受け取ると、ダリアが何かを思案するようにおとがいに人差し指を当てる。何秒かうんうんと唸った後「伝え忘れなし!」と呟き一転、華やかな笑顔を見せてくれた。

「それでは――ようこそ、冒険者組合へ。ロウ様、貴方の加入を歓迎します!」
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