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第二章 工業都市ボルドー
2-14 褐色少年教師化計画
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「──あの子と関わると退屈しないものだ」
ロウが工業区へ向かってから一時間ほど経った頃。
商店内にある医務室でムスターファはしみじみと呟く。医務室は個室になっており、室内にはいるのは寝ているヤームルと控えているアルデスのみだ。
「ただならぬ気配を持つ少年だとは感じていましたが……力の一端でさえあれほどとは。精霊使いとしても一流なのですよね?」
「そうだ。あの吹き抜けエリアを遮る巨岩の構造物を見ただろう? あれはロウ君が創り出したものだ。巨大な岩壁を変形させていくのを目撃した者たちがいるし、床の修繕も実に素早く見事なものだった。ククッ……水だけではなく土の精霊魔法も扱うとはな」
ムスターファは笑っているが、主の言葉を聞いたアルデスは開いた口が塞がらない。
かたや竜のブレスを防ぐ水精霊。かたや高さ十数メートルの巨大な岩を生み出し自在に変形させる土精霊。いずれも一流と呼んで差し支えないものだ。
一つを極めているだけでも熟練者と呼べるものが、二つ。その上、軽く見せた身体強化も常軌を逸した強化度合い。あの若さ、幼さにして、である。アルデスは背筋につめたいものを感じていた。
「二種の精霊魔法を儀式魔術に匹敵する水準で操る……国中を探して見つかるかどうかの逸材ではないですか。昨夜チャーリーが起こした失態、ロウ様の機嫌を損ねなかったのは幸運でしたね」
「幸運というよりロウ君の懐の深さに感謝すべきであろう。アレが素材を買い叩こうとしたのも、ロウ君をヤームルの友人としか伝えていなかった儂の責任でもある。謝罪はもちろん、今後はしっかりと屋敷の者に言い含めておかねばならん。恩人の足許を見るなど商人の恥だ」
「周知はお任せください、御屋形様」
「うーん……?」
「おおッ!? ヤームル、大丈夫かい?」
「お爺様……? ここはっ!? ぅぐっ……」
そうこうしている内にヤームルが目を覚ます。意識の戻った少女は祖父の顔を見るや跳ね起きようとするが、怪我を負った箇所が痛むのかすぐに顔をしかめてしまう。
「まだ休んでおきなさい。外傷の手当ては済んでいるが、打ち身が酷い」
「はい……しかしお爺様、ここは何処なのですか? ロウさんは、賊はどうなったんですか?」
「ここは店内の医務室だよ。三人の襲撃者はロウ君が無力化して既に拘束済みだ。そのロウ君はここにはいないがのう」
「ロウさんが……うぅ、情けないところを見られてしまいました」
ムスターファが疑問に答えると彼女はしょんぼりと項垂れ、そのままベッドへ沈み込んでいく。
「フフッ。ヤームルがしおらしい反応をするとはのう。ロウ君がいるときに敵わぬ相手に出会えたのは、むしろ幸運だったかもしれんな」
「むぅ……私だって、油断さえしなければ勝てたはずです」
家族のやり取りを静かに見守っていたアルデスだったが、ここでヤームルへと言葉をかけた。
「ご無事で何よりですお嬢様。ですが、今こうしてお嬢様がこのベッドの上にいることを忘れてはいけません。実戦は実技や演習と異なり、相手はどんな手段でも使ってくる可能性があるのですから。そしてなにより、今回のような傭兵団や魔物などが相手の場合は、次というものがありません」
「うぐ……そうね。認識が甘かったわ。でも、あの襲撃者たちって強盗団じゃなくて、傭兵団だったの?」
「はい。『灰色の義手』──戦場を渡り歩く対人戦闘の専門家たちです。お嬢様は油断とおっしゃられましたが、戦闘経験の差から裏をかかれてしまったのでしょう」
「ぬぐぐ……」
「あまり孫娘をいじめないでくれアルデス。心配しているのは分かるがね。護身程度とはいえ、ヤームルもお前から体術を学んでいたんだ。そこでの実戦的な指導が足りなかったとも言えよう」
口を酸っぱくして実戦の危険性を説いたアルデスだったが、雇い主の言の通り自身の指導力不足も否めなかったため、一礼し引き下がる。
「アルデスの言うことだって分かってる……身体強化や受け身が甘かったら、こんな程度じゃなくて大怪我だっただろうし。今後はちゃんと身を入れて訓練に取り組むわ」
「何よりで御座います、お嬢様」
「夏期休業中はみっちりと鍛錬させるんだぞアルデス。魔術大学ではどうしても疎かになりがちな部分だ。お前に鍛えてもらう他ない」
「勿論です。鉄は熱いうちに打て、人材は若いうちに育めと言いますからね」
祖父と老執事二人の熱心な様子にげんなりとした表情を浮かべるヤームルだが、今更流れが変わる目もなく、重い溜息を吐いてさらに深くベッドへ沈みこむ。
「若者と言えば……ロウ様を講師兼相手役に招くのも、お嬢様の刺激になって良いかもしれません」
「ほう。確かに、取引以外の面であの子との繋がりを作っておくのも良い考えだ。どうだい? ヤームル?」
「む……そうですね。私は彼の実力を見ていなかったので、そういった意味で招くことに賛成です」
「フフフ、素直じゃないね、全く。……儂としては、ロウ君が加減を間違えないかどうかの方が心配だ。アルデス、しっかりと監督を頼むぞ」
先の激震を思い出したムスターファは、軽く身震いしつつ従者に注文を付けた。
なにせ件の少年は素手で局所的な地震を発生させる一撃を放つのだ。加減を間違おうものなら良くて肉塊、悪ければ木っ端微塵である。アルデスもそこは了承しているため即座に首肯する。
「仰せのままに」
そうしてロウ不在のまま話は進んでいき、「灰色の義手」アジトの襲撃後、侵入者撃退の協力と根絶への謝礼と以前の素材取引の支払いを行う時に、今回の話を持ちかけることに決まった。
──誰もが襲撃が失敗すると考えていないが、それはロウの実力を信頼しているからか。それとも、彼の危険度を理解しているからか。
いずれにせよ、ロウをヤームルの指導役として招致することは決定事項となったのであった。
ロウが工業区へ向かってから一時間ほど経った頃。
商店内にある医務室でムスターファはしみじみと呟く。医務室は個室になっており、室内にはいるのは寝ているヤームルと控えているアルデスのみだ。
「ただならぬ気配を持つ少年だとは感じていましたが……力の一端でさえあれほどとは。精霊使いとしても一流なのですよね?」
「そうだ。あの吹き抜けエリアを遮る巨岩の構造物を見ただろう? あれはロウ君が創り出したものだ。巨大な岩壁を変形させていくのを目撃した者たちがいるし、床の修繕も実に素早く見事なものだった。ククッ……水だけではなく土の精霊魔法も扱うとはな」
ムスターファは笑っているが、主の言葉を聞いたアルデスは開いた口が塞がらない。
かたや竜のブレスを防ぐ水精霊。かたや高さ十数メートルの巨大な岩を生み出し自在に変形させる土精霊。いずれも一流と呼んで差し支えないものだ。
一つを極めているだけでも熟練者と呼べるものが、二つ。その上、軽く見せた身体強化も常軌を逸した強化度合い。あの若さ、幼さにして、である。アルデスは背筋につめたいものを感じていた。
「二種の精霊魔法を儀式魔術に匹敵する水準で操る……国中を探して見つかるかどうかの逸材ではないですか。昨夜チャーリーが起こした失態、ロウ様の機嫌を損ねなかったのは幸運でしたね」
「幸運というよりロウ君の懐の深さに感謝すべきであろう。アレが素材を買い叩こうとしたのも、ロウ君をヤームルの友人としか伝えていなかった儂の責任でもある。謝罪はもちろん、今後はしっかりと屋敷の者に言い含めておかねばならん。恩人の足許を見るなど商人の恥だ」
「周知はお任せください、御屋形様」
「うーん……?」
「おおッ!? ヤームル、大丈夫かい?」
「お爺様……? ここはっ!? ぅぐっ……」
そうこうしている内にヤームルが目を覚ます。意識の戻った少女は祖父の顔を見るや跳ね起きようとするが、怪我を負った箇所が痛むのかすぐに顔をしかめてしまう。
「まだ休んでおきなさい。外傷の手当ては済んでいるが、打ち身が酷い」
「はい……しかしお爺様、ここは何処なのですか? ロウさんは、賊はどうなったんですか?」
「ここは店内の医務室だよ。三人の襲撃者はロウ君が無力化して既に拘束済みだ。そのロウ君はここにはいないがのう」
「ロウさんが……うぅ、情けないところを見られてしまいました」
ムスターファが疑問に答えると彼女はしょんぼりと項垂れ、そのままベッドへ沈み込んでいく。
「フフッ。ヤームルがしおらしい反応をするとはのう。ロウ君がいるときに敵わぬ相手に出会えたのは、むしろ幸運だったかもしれんな」
「むぅ……私だって、油断さえしなければ勝てたはずです」
家族のやり取りを静かに見守っていたアルデスだったが、ここでヤームルへと言葉をかけた。
「ご無事で何よりですお嬢様。ですが、今こうしてお嬢様がこのベッドの上にいることを忘れてはいけません。実戦は実技や演習と異なり、相手はどんな手段でも使ってくる可能性があるのですから。そしてなにより、今回のような傭兵団や魔物などが相手の場合は、次というものがありません」
「うぐ……そうね。認識が甘かったわ。でも、あの襲撃者たちって強盗団じゃなくて、傭兵団だったの?」
「はい。『灰色の義手』──戦場を渡り歩く対人戦闘の専門家たちです。お嬢様は油断とおっしゃられましたが、戦闘経験の差から裏をかかれてしまったのでしょう」
「ぬぐぐ……」
「あまり孫娘をいじめないでくれアルデス。心配しているのは分かるがね。護身程度とはいえ、ヤームルもお前から体術を学んでいたんだ。そこでの実戦的な指導が足りなかったとも言えよう」
口を酸っぱくして実戦の危険性を説いたアルデスだったが、雇い主の言の通り自身の指導力不足も否めなかったため、一礼し引き下がる。
「アルデスの言うことだって分かってる……身体強化や受け身が甘かったら、こんな程度じゃなくて大怪我だっただろうし。今後はちゃんと身を入れて訓練に取り組むわ」
「何よりで御座います、お嬢様」
「夏期休業中はみっちりと鍛錬させるんだぞアルデス。魔術大学ではどうしても疎かになりがちな部分だ。お前に鍛えてもらう他ない」
「勿論です。鉄は熱いうちに打て、人材は若いうちに育めと言いますからね」
祖父と老執事二人の熱心な様子にげんなりとした表情を浮かべるヤームルだが、今更流れが変わる目もなく、重い溜息を吐いてさらに深くベッドへ沈みこむ。
「若者と言えば……ロウ様を講師兼相手役に招くのも、お嬢様の刺激になって良いかもしれません」
「ほう。確かに、取引以外の面であの子との繋がりを作っておくのも良い考えだ。どうだい? ヤームル?」
「む……そうですね。私は彼の実力を見ていなかったので、そういった意味で招くことに賛成です」
「フフフ、素直じゃないね、全く。……儂としては、ロウ君が加減を間違えないかどうかの方が心配だ。アルデス、しっかりと監督を頼むぞ」
先の激震を思い出したムスターファは、軽く身震いしつつ従者に注文を付けた。
なにせ件の少年は素手で局所的な地震を発生させる一撃を放つのだ。加減を間違おうものなら良くて肉塊、悪ければ木っ端微塵である。アルデスもそこは了承しているため即座に首肯する。
「仰せのままに」
そうしてロウ不在のまま話は進んでいき、「灰色の義手」アジトの襲撃後、侵入者撃退の協力と根絶への謝礼と以前の素材取引の支払いを行う時に、今回の話を持ちかけることに決まった。
──誰もが襲撃が失敗すると考えていないが、それはロウの実力を信頼しているからか。それとも、彼の危険度を理解しているからか。
いずれにせよ、ロウをヤームルの指導役として招致することは決定事項となったのであった。
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