38 / 273
第二章 工業都市ボルドー
2-16 囚われた子供
しおりを挟む
ボルドー商業区にある傭兵団「灰色の義手」のアジト、その地下室にて。
傭兵団を壊滅させるために単身乗り込んだロウは、天井に張り付き息を潜める。
ネコ科動物の狩猟時並みに瞳孔を散大させる先には、傭兵団メンバーのトロンと、亜人族の少年(?)。襲撃で得た盗品を机の上に並べるトロンに、その子供は酷く怯えている。
(一体何が始まるんです? って感じだな)
(あの子供は隷属させられているようですが……何らかの特殊な技術、ないし技能を持っているのでしょうね。どうやら始まるようです)
ギルタブがロウに答えるような形で話し終えた時、震えながら佇んでいた少年が机へと歩みよった。
「始めろ」
「……」
トロンが短く命じると亜人の少年は魔力を身体へと巡らせた。人間族には見られない薄い緑色の魔力が、少年の身体をほのかに満たしていく。
(ん……身体強化じゃない? 波のような揺らぎ……魔力探知か?)
(不味いな。俺たちは魔剣の特性上自然と刀身から魔力が漏れ出て、隠そうとしてもロウ程隠蔽が出来ないから、感覚が特別鋭い亜人の感知だと見つかるかもしれんぞ)
(私たちが感知されれば奇襲が失敗する可能性が大きいです。騒がれる前に行動すべきだと思うのです)
(まあまあ、そう焦りなさんなって。いざとなれば転移なり異空間なりで吹っ飛ばせばいいし、魔力を練って即応出来るようにしておけば直ぐに騒ぎになることは無い。……はずだ)
曲刀たちを宥めつつ、ロウは状況を静観する。
「ん……杖と短刀、後は……見当たらないです」
「何? 上等な曲刀があったと聞いていたが。これはどうなんだ?」
「平凡な武器みたいです……ごめんなさい」
「チッ、使えん奴だ」
返答が意にそぐわなかったのか、男は気色ばんで舌打ち。首輪に繋がった鎖を引っ張り、少年を引き倒してしまった。
(探知を利用した鑑定、か? 俺の目で視ても選ばれた二つと他の物で魔力的な違いがあるようには見えないが)
(あの猫人族の子特有の能力かもしれませんね。その能力目当てでここで使役されているとみていいでしょう。こちらが発見されずに済んで良かったのです)
(……お前ら、あの扱いに対して思うとこないのか。ロウなんて同い年くらいだろ)
目の前で繰り広げられる道理にもとる光景をよそに、ロウと黒刀は状況分析を続行する。人外たるに相応しい冷血さであった。
唯一まともな道義を具えていた銀刀が両者を諫めると、二人は屁理屈を並べ始める。
(同情はするけど……あんまりよそ様の人生に口出しする余裕がないっていうか、何というか。やむにやまれぬ事情があるかもしれないし、何も知らないのに義侠心を滾らせるのもねえ)
(サルガス、ここであの子を助けて万が一他の者たちに私たちの存在が露見しようものなら、あの子の命もかえって危うくなるのです)
(馬鹿な。何故俺が短絡的みたいな流れに)
「あうっ……ご、ごめんなさい」
「お前を生かしてやってるのは俺たちに利があるからだ。つまらない嘘で俺たちの目を欺こうって言うのなら──」
(流石にやり過ぎだな。止めに入るか)
うつ伏せで倒れていた少年の背を踏み傭兵が凄んだところで、見かねたロウは介入を決意。
静かに練り上げていた魔力で魔法を構築し、ロウはまず室内を包むようにして空気を圧縮して作った膜を何層にも展開。
そうして室内の音が外へと漏れ出ぬよう防音を図ると同時に、男の頭上から急襲。
逆吊り落下から捻りを加えた回し蹴りを、男の延髄へと叩き込む!
「そいやッ!」
「──ッ!?」
「う、わ」
トロンを壁まで吹き飛ばし、華麗なる着地を決めるロウ。その表情は見事なまでにドヤ顔だ。
一方、突然男が吹き飛んだかと思うと見ず知らずの子供が隣に降ってきたため、亜人の少年は大いに混乱する。
「えっ、えっ!?」
「静かに。君をどうこうするつもりはない」
意識を奪った傭兵の男を床へ押し付け、肩や膝蓋骨を脱臼させながら、ロウは諭すように語り掛ける。
が、亜人の子供から見れば、屈強な大人の骨を折りながら脅しているようにしか見えない。恐怖の権化であった。
「嫌っ!? こ、殺さないで! 死にたくないです!」
「えぇー……」
結果、猫人族の少年は蹲って叫び、命乞いを始めてしまった。
(今のはロウが悪い。手足をボキバキ折りながら言われても、説得力のかけらもないぞ)
(ふふ。時間短縮が裏目に出ましたね)
(別に折ってねーし笑い事じゃねえ! しかしヤバいな。昔はこんな野蛮な思考じゃなかったのに、自然と時短のためにながら作業をしてしまった……これが力を得た代償なのかッ)
((……))
一人で盛り上がるロウに、冷たい空気を漂わせる曲刀二振り。丸まって恐怖に震える子供。数秒間の静寂。
「ごほん……落ち着いて、大丈夫だから」
冷や水のような思念を浴びて正気に戻ったロウは咳ばらいを一つし、努めて優しく声を掛け、丸くなっている小さな背中を撫でる。
「うぅ……本当ですか?」
尻尾を体に巻き付け半泣きで震える姿を見て、アワアワと慌てふためきながら子供をあやし続けるロウ。如何に彼とて、泣く子と地頭には勝てないのだ。
(勢いで手を出しちゃったけど、どうしたもんかねー。ここに置いといていいものか)
(仮にロウの異空間で保護したとすると、安全ではありますがロウが魔法を扱えることが知られてしまいます。いつまでも保護し続けるわけにもいきませんから、悪手でしょうね)
(気絶させて異空間に放り込むなんて考えるなよ?)
(ギクゥッ! いやいや、流石の俺もそこまで外道じゃないって……チラッと脳裏をよぎっただけで)
((よぎったんだ……))
脳内で曲刀たちと協議しつつ、少年をあやすロウ。
そうした時間が一分程経つと、亜人の少年は落ち着きを取り戻し怯える様子は無くなった。
反面取り乱してしまったことが恥ずかしくなったのか、少年は顔を赤くして俯いてしまった。
その反応を見て褐色少年は首をひねる。
(なーんか反応が男っぽくないな。髪が短いし服もボロボロだから分かりづらいけど、女の子か? この子)
(ん? 女だったら何か問題が出てくるのか?)
(いんや別に。恥かしがってる理由を考えてただけだ。落ち着いたみたいだし、ここに放置かな。トロンを廊下に放り捨てて、内側から施錠しとけば大丈夫だろう)
銀刀に返答しつつ、ロウはこの少年への対応を決めていく。
いくらロウが生粋の童貞でも、これくらいの子供なら相手が色々と危うい姿であっても挙動不審になったりはしない。
むしろ、前世で親友の道場へ通っていた時に門下生の子供たちの指導や世話をしていたため、扱いは慣れているとさえ言えた。意外なことに、彼は子供好きなのである。
「──俺はもう行くけど、君はここで待っていて欲しい。今この都市の衛兵たちがここの傭兵団をひっ捕らえる準備をしてて、もう少し時間が経て兵たちが来るはずなんだ。部屋の外で争う音が聞こえている内は動き回らないで、ここに居た方が安全だと思う」
考えを纏めたロウが傭兵団襲撃の件を含めて事情を説明していくと、亜人の少年の瞳に希望が宿った。しかし、ふと何かに気付いたのか焦ったように褐色少年へ話しかけた。
「あの、ありがとうございます。でも、お兄さんは逃げた方が良いです。ここにいることが見つかるだけでも危ないのに、この人を気絶させたのが知られちゃったら、絶対殺されちゃいます!」
「大丈夫、心配ないって。君もこの男も俺が上から降ってくるまで、気配をまるで感じ取れなかっただろう? 隠れながら行動したらどうにでもなるさ」
「そうですか……その、何もお礼のできるようなことが無くて、ごめんなさい」
「こっちが勝手に手を出したことだし、大げさに考えなくて運が良かった程度で大丈夫だよ」
しゅんと項垂れた少年の猫耳がへにゃりと垂れる。小動物的愛らしさの前に、ロウは思わず頭を撫でてしまう。
「おほ~……」
「あの……?」
「──ハッ!? いや、ちょっとお礼の代わりに耳を触らせてもらおうかと……いきなり触ってごめんね」
亜人の子は薄い浅葱色の眉を寄せ困惑した表情を浮かべていたが、納得したのか追及するようなことは無かった。
(危ないところだった。あれが伝え聞くケモミミ・ワールドか……この世の深淵を覗いた気分だ)
(何を馬鹿なこと考えてるんですか)
ギルタブに冷たい言葉を浴びせられ「アレ? 前にも似たような事が」と考えたロウだが、自身の尊厳が傷つくだけにも思えたので深く考えず思考を打ち切った。彼が己の行いを省みることは稀である。
「それじゃあ。この男は連れて行くよ」
「あ、ありがとうございました! お気をつけて!」
ふわふわで綿花のような肌触りの獣耳に後ろ髪を引かれながらも、ロウは防音魔法を解除して気絶した男を背負い倉庫を後にした。
◇◆◇◆
「──あのお兄さん、どうしてここにいたんだろう?」
そうしてロウが去った後。
一人残された亜人の少女──カルラは、暴力を振るおうとしていた「灰色の義手」の傭兵から守ってくれた、褐色少年のことを考えていた。
「背中撫でてくれた手、温かかったなあ……頭撫でてくれたのも……」
少女は熱に浮かされたようにほうっと息を吐く。
傭兵の腕を折りながら話しかけてきた時は恐怖で大いに取り乱したが、そんな彼女を優しく抱き寄せ、落ち着くまで嫌な顔一つせず背をさすってくれたのだ。
その時カルラへと伝わってきたのは柔らかく純粋な好意で、「灰色の義手」によって攫われてから忘れていた、心に染み入るような優しい感情だった。
──亜人の少女カルラは、リーヨン公国の東にある隣国サン・サヴァン魔導国で森人族の母と猫人族の父、親子三人で魔道具店を営んできた。
父のオレグは材料集めや狩猟で店を空けることが多かったため、母のミュラと娘のカルラ二人で店の番をすることが多く、彼女が攫われたのも父親が不在の時のことである。
当時、「灰色の義手」はリーヨン公国の北方に位置するランベルト帝国から密命を受け、カルラの祖国を経由しここボルドーを目指し行動していた。
その道中で、彼らは商隊を襲撃したり野盗を返り討ちにして、多くの武具や魔道具を得ていた。ものの試しだと盗品を鑑定に持ち込んだのが、「神秘の工芸品」──カルラたちの魔道具店だったのだ。
そこで卓越した識別能力を見せてしまったのがカルラであり、それにより彼女は彼らの目に留まることとなってしまう。
戦闘集団であった「灰色の義手」には専門の目利きを出来るものはおらず、それ故にカルラの能力は実に魅力的なものに映った。加えて彼女は子供でもあったため、面倒な契約や取引などをせずとも力で容易く従えられると、彼らは考えたのだ。
行動は迅速に実行された。元より対人特化の傭兵団、子供の意識を奪い袋に詰めて運ぶなど容易である。
ましてや、彼女を攫った都市であるオレイユに定住するわけでもなければ、魔導国に長居するわけでもない。後になって犯行が露見しようとも全く問題は無かった。
──そうした経緯で誘拐されたのがこの猫耳少女カルラ。
故に、彼女が窮地から救ってくれたロウへ憧れを抱くのも無理からぬことだった。それが現実よりも多少美化され、物語風に誇張されて彼女の脳内をリフレインしていたとしても、仕方がないことなのだ。
「格好いい人だったなあ。素敵な褐色肌に綺麗な黒髪で、貴族様みたいな恰好で、わたしとおんなじ色の瞳で……わたしと同じ……も、もしかして運命の人!? まさかイルマタル様がお導きに?」
何の根拠もない妄想でどんどん盛り上がっていく少女である。周囲に誰もいない為、これも避けようがない事態だったのかもしれない。
彼女の言うイルマタルとは、妖精たちを生み出したと言われる神である。妖精から分化した森人族──エルフと、猫人族との混血児であるカルラもまた、この妖精たちの神を信仰していた。
「どうしよう、何だか凄くドキドキして……って、あ! お兄さんの名前聞きそびれてた! わたしの馬鹿っ!」
一人妄想に浸りアワアワと頬を色づかせていた少女は、はたと重大事項に気が付き頭を抱えてしまう。あまりに事態が急転していったため完全に失念していたのだ。
「うぅ~。物音がしている内は出ない方が良いって言われてるから、追わない方がいいのかな。今はまだ始まってないみたいだけど。……そういえば、お兄さんの周りから、男の人と女の人の声が聞こえてたけど、あれは一体──」
少女が褐色少年以外の存在に思考を向けた直後。
突如として机に並べられた盗品の山々が崩れるほどの振動と轟音が室内に響いた。
「きゃっ!? な、なに?」
突然の大きな揺れと物音に思わず身を竦ませてしまうカルラ。大きな音がした後は上階も騒がしくなり足音が天井から伝わってくる。
「うぅ……ここにいても大丈夫なのかな」
次第に上階から伝わってくる揺れや怒声が大きくなり恐怖で身を震わせたカルラは、扉の施錠の確認をしたり身を隠す場所を探したりしながら、騒ぎが収まるのを待ったのだった。
傭兵団を壊滅させるために単身乗り込んだロウは、天井に張り付き息を潜める。
ネコ科動物の狩猟時並みに瞳孔を散大させる先には、傭兵団メンバーのトロンと、亜人族の少年(?)。襲撃で得た盗品を机の上に並べるトロンに、その子供は酷く怯えている。
(一体何が始まるんです? って感じだな)
(あの子供は隷属させられているようですが……何らかの特殊な技術、ないし技能を持っているのでしょうね。どうやら始まるようです)
ギルタブがロウに答えるような形で話し終えた時、震えながら佇んでいた少年が机へと歩みよった。
「始めろ」
「……」
トロンが短く命じると亜人の少年は魔力を身体へと巡らせた。人間族には見られない薄い緑色の魔力が、少年の身体をほのかに満たしていく。
(ん……身体強化じゃない? 波のような揺らぎ……魔力探知か?)
(不味いな。俺たちは魔剣の特性上自然と刀身から魔力が漏れ出て、隠そうとしてもロウ程隠蔽が出来ないから、感覚が特別鋭い亜人の感知だと見つかるかもしれんぞ)
(私たちが感知されれば奇襲が失敗する可能性が大きいです。騒がれる前に行動すべきだと思うのです)
(まあまあ、そう焦りなさんなって。いざとなれば転移なり異空間なりで吹っ飛ばせばいいし、魔力を練って即応出来るようにしておけば直ぐに騒ぎになることは無い。……はずだ)
曲刀たちを宥めつつ、ロウは状況を静観する。
「ん……杖と短刀、後は……見当たらないです」
「何? 上等な曲刀があったと聞いていたが。これはどうなんだ?」
「平凡な武器みたいです……ごめんなさい」
「チッ、使えん奴だ」
返答が意にそぐわなかったのか、男は気色ばんで舌打ち。首輪に繋がった鎖を引っ張り、少年を引き倒してしまった。
(探知を利用した鑑定、か? 俺の目で視ても選ばれた二つと他の物で魔力的な違いがあるようには見えないが)
(あの猫人族の子特有の能力かもしれませんね。その能力目当てでここで使役されているとみていいでしょう。こちらが発見されずに済んで良かったのです)
(……お前ら、あの扱いに対して思うとこないのか。ロウなんて同い年くらいだろ)
目の前で繰り広げられる道理にもとる光景をよそに、ロウと黒刀は状況分析を続行する。人外たるに相応しい冷血さであった。
唯一まともな道義を具えていた銀刀が両者を諫めると、二人は屁理屈を並べ始める。
(同情はするけど……あんまりよそ様の人生に口出しする余裕がないっていうか、何というか。やむにやまれぬ事情があるかもしれないし、何も知らないのに義侠心を滾らせるのもねえ)
(サルガス、ここであの子を助けて万が一他の者たちに私たちの存在が露見しようものなら、あの子の命もかえって危うくなるのです)
(馬鹿な。何故俺が短絡的みたいな流れに)
「あうっ……ご、ごめんなさい」
「お前を生かしてやってるのは俺たちに利があるからだ。つまらない嘘で俺たちの目を欺こうって言うのなら──」
(流石にやり過ぎだな。止めに入るか)
うつ伏せで倒れていた少年の背を踏み傭兵が凄んだところで、見かねたロウは介入を決意。
静かに練り上げていた魔力で魔法を構築し、ロウはまず室内を包むようにして空気を圧縮して作った膜を何層にも展開。
そうして室内の音が外へと漏れ出ぬよう防音を図ると同時に、男の頭上から急襲。
逆吊り落下から捻りを加えた回し蹴りを、男の延髄へと叩き込む!
「そいやッ!」
「──ッ!?」
「う、わ」
トロンを壁まで吹き飛ばし、華麗なる着地を決めるロウ。その表情は見事なまでにドヤ顔だ。
一方、突然男が吹き飛んだかと思うと見ず知らずの子供が隣に降ってきたため、亜人の少年は大いに混乱する。
「えっ、えっ!?」
「静かに。君をどうこうするつもりはない」
意識を奪った傭兵の男を床へ押し付け、肩や膝蓋骨を脱臼させながら、ロウは諭すように語り掛ける。
が、亜人の子供から見れば、屈強な大人の骨を折りながら脅しているようにしか見えない。恐怖の権化であった。
「嫌っ!? こ、殺さないで! 死にたくないです!」
「えぇー……」
結果、猫人族の少年は蹲って叫び、命乞いを始めてしまった。
(今のはロウが悪い。手足をボキバキ折りながら言われても、説得力のかけらもないぞ)
(ふふ。時間短縮が裏目に出ましたね)
(別に折ってねーし笑い事じゃねえ! しかしヤバいな。昔はこんな野蛮な思考じゃなかったのに、自然と時短のためにながら作業をしてしまった……これが力を得た代償なのかッ)
((……))
一人で盛り上がるロウに、冷たい空気を漂わせる曲刀二振り。丸まって恐怖に震える子供。数秒間の静寂。
「ごほん……落ち着いて、大丈夫だから」
冷や水のような思念を浴びて正気に戻ったロウは咳ばらいを一つし、努めて優しく声を掛け、丸くなっている小さな背中を撫でる。
「うぅ……本当ですか?」
尻尾を体に巻き付け半泣きで震える姿を見て、アワアワと慌てふためきながら子供をあやし続けるロウ。如何に彼とて、泣く子と地頭には勝てないのだ。
(勢いで手を出しちゃったけど、どうしたもんかねー。ここに置いといていいものか)
(仮にロウの異空間で保護したとすると、安全ではありますがロウが魔法を扱えることが知られてしまいます。いつまでも保護し続けるわけにもいきませんから、悪手でしょうね)
(気絶させて異空間に放り込むなんて考えるなよ?)
(ギクゥッ! いやいや、流石の俺もそこまで外道じゃないって……チラッと脳裏をよぎっただけで)
((よぎったんだ……))
脳内で曲刀たちと協議しつつ、少年をあやすロウ。
そうした時間が一分程経つと、亜人の少年は落ち着きを取り戻し怯える様子は無くなった。
反面取り乱してしまったことが恥ずかしくなったのか、少年は顔を赤くして俯いてしまった。
その反応を見て褐色少年は首をひねる。
(なーんか反応が男っぽくないな。髪が短いし服もボロボロだから分かりづらいけど、女の子か? この子)
(ん? 女だったら何か問題が出てくるのか?)
(いんや別に。恥かしがってる理由を考えてただけだ。落ち着いたみたいだし、ここに放置かな。トロンを廊下に放り捨てて、内側から施錠しとけば大丈夫だろう)
銀刀に返答しつつ、ロウはこの少年への対応を決めていく。
いくらロウが生粋の童貞でも、これくらいの子供なら相手が色々と危うい姿であっても挙動不審になったりはしない。
むしろ、前世で親友の道場へ通っていた時に門下生の子供たちの指導や世話をしていたため、扱いは慣れているとさえ言えた。意外なことに、彼は子供好きなのである。
「──俺はもう行くけど、君はここで待っていて欲しい。今この都市の衛兵たちがここの傭兵団をひっ捕らえる準備をしてて、もう少し時間が経て兵たちが来るはずなんだ。部屋の外で争う音が聞こえている内は動き回らないで、ここに居た方が安全だと思う」
考えを纏めたロウが傭兵団襲撃の件を含めて事情を説明していくと、亜人の少年の瞳に希望が宿った。しかし、ふと何かに気付いたのか焦ったように褐色少年へ話しかけた。
「あの、ありがとうございます。でも、お兄さんは逃げた方が良いです。ここにいることが見つかるだけでも危ないのに、この人を気絶させたのが知られちゃったら、絶対殺されちゃいます!」
「大丈夫、心配ないって。君もこの男も俺が上から降ってくるまで、気配をまるで感じ取れなかっただろう? 隠れながら行動したらどうにでもなるさ」
「そうですか……その、何もお礼のできるようなことが無くて、ごめんなさい」
「こっちが勝手に手を出したことだし、大げさに考えなくて運が良かった程度で大丈夫だよ」
しゅんと項垂れた少年の猫耳がへにゃりと垂れる。小動物的愛らしさの前に、ロウは思わず頭を撫でてしまう。
「おほ~……」
「あの……?」
「──ハッ!? いや、ちょっとお礼の代わりに耳を触らせてもらおうかと……いきなり触ってごめんね」
亜人の子は薄い浅葱色の眉を寄せ困惑した表情を浮かべていたが、納得したのか追及するようなことは無かった。
(危ないところだった。あれが伝え聞くケモミミ・ワールドか……この世の深淵を覗いた気分だ)
(何を馬鹿なこと考えてるんですか)
ギルタブに冷たい言葉を浴びせられ「アレ? 前にも似たような事が」と考えたロウだが、自身の尊厳が傷つくだけにも思えたので深く考えず思考を打ち切った。彼が己の行いを省みることは稀である。
「それじゃあ。この男は連れて行くよ」
「あ、ありがとうございました! お気をつけて!」
ふわふわで綿花のような肌触りの獣耳に後ろ髪を引かれながらも、ロウは防音魔法を解除して気絶した男を背負い倉庫を後にした。
◇◆◇◆
「──あのお兄さん、どうしてここにいたんだろう?」
そうしてロウが去った後。
一人残された亜人の少女──カルラは、暴力を振るおうとしていた「灰色の義手」の傭兵から守ってくれた、褐色少年のことを考えていた。
「背中撫でてくれた手、温かかったなあ……頭撫でてくれたのも……」
少女は熱に浮かされたようにほうっと息を吐く。
傭兵の腕を折りながら話しかけてきた時は恐怖で大いに取り乱したが、そんな彼女を優しく抱き寄せ、落ち着くまで嫌な顔一つせず背をさすってくれたのだ。
その時カルラへと伝わってきたのは柔らかく純粋な好意で、「灰色の義手」によって攫われてから忘れていた、心に染み入るような優しい感情だった。
──亜人の少女カルラは、リーヨン公国の東にある隣国サン・サヴァン魔導国で森人族の母と猫人族の父、親子三人で魔道具店を営んできた。
父のオレグは材料集めや狩猟で店を空けることが多かったため、母のミュラと娘のカルラ二人で店の番をすることが多く、彼女が攫われたのも父親が不在の時のことである。
当時、「灰色の義手」はリーヨン公国の北方に位置するランベルト帝国から密命を受け、カルラの祖国を経由しここボルドーを目指し行動していた。
その道中で、彼らは商隊を襲撃したり野盗を返り討ちにして、多くの武具や魔道具を得ていた。ものの試しだと盗品を鑑定に持ち込んだのが、「神秘の工芸品」──カルラたちの魔道具店だったのだ。
そこで卓越した識別能力を見せてしまったのがカルラであり、それにより彼女は彼らの目に留まることとなってしまう。
戦闘集団であった「灰色の義手」には専門の目利きを出来るものはおらず、それ故にカルラの能力は実に魅力的なものに映った。加えて彼女は子供でもあったため、面倒な契約や取引などをせずとも力で容易く従えられると、彼らは考えたのだ。
行動は迅速に実行された。元より対人特化の傭兵団、子供の意識を奪い袋に詰めて運ぶなど容易である。
ましてや、彼女を攫った都市であるオレイユに定住するわけでもなければ、魔導国に長居するわけでもない。後になって犯行が露見しようとも全く問題は無かった。
──そうした経緯で誘拐されたのがこの猫耳少女カルラ。
故に、彼女が窮地から救ってくれたロウへ憧れを抱くのも無理からぬことだった。それが現実よりも多少美化され、物語風に誇張されて彼女の脳内をリフレインしていたとしても、仕方がないことなのだ。
「格好いい人だったなあ。素敵な褐色肌に綺麗な黒髪で、貴族様みたいな恰好で、わたしとおんなじ色の瞳で……わたしと同じ……も、もしかして運命の人!? まさかイルマタル様がお導きに?」
何の根拠もない妄想でどんどん盛り上がっていく少女である。周囲に誰もいない為、これも避けようがない事態だったのかもしれない。
彼女の言うイルマタルとは、妖精たちを生み出したと言われる神である。妖精から分化した森人族──エルフと、猫人族との混血児であるカルラもまた、この妖精たちの神を信仰していた。
「どうしよう、何だか凄くドキドキして……って、あ! お兄さんの名前聞きそびれてた! わたしの馬鹿っ!」
一人妄想に浸りアワアワと頬を色づかせていた少女は、はたと重大事項に気が付き頭を抱えてしまう。あまりに事態が急転していったため完全に失念していたのだ。
「うぅ~。物音がしている内は出ない方が良いって言われてるから、追わない方がいいのかな。今はまだ始まってないみたいだけど。……そういえば、お兄さんの周りから、男の人と女の人の声が聞こえてたけど、あれは一体──」
少女が褐色少年以外の存在に思考を向けた直後。
突如として机に並べられた盗品の山々が崩れるほどの振動と轟音が室内に響いた。
「きゃっ!? な、なに?」
突然の大きな揺れと物音に思わず身を竦ませてしまうカルラ。大きな音がした後は上階も騒がしくなり足音が天井から伝わってくる。
「うぅ……ここにいても大丈夫なのかな」
次第に上階から伝わってくる揺れや怒声が大きくなり恐怖で身を震わせたカルラは、扉の施錠の確認をしたり身を隠す場所を探したりしながら、騒ぎが収まるのを待ったのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる