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第三章 波乱の道中
3-19 精霊の謝罪
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「──ん……?」
「おはようさん。突然ぶっ倒れたから驚いたぞ」
引き続き、魔神の創り出した異空間。
石の寝台に横たえられていたマルトは十分ほどで目を覚まし、こわごわと様子を窺っていたロウはホッと胸を撫で下ろした。
「倒れた……そうか。あまりにもあり得ないものを見たような気がして、それで意識が遠のいたんだ」
「いやーそれがですね……」
「幾らロウが色々とおかしい魔神でも、流石に竜を手勢に加えているなんて、あるはずが……」
身を起こしながら言葉を続けようとした彼女は、やはりとぐろを巻いて眠りこける青玉竜を見て動きを止めてしまった。
「言っておくが、俺の手勢でも何でもないぞ? こいつは。ただの傍迷惑な勘違い竜で、こっちは絡まれただけの被害者なんだぞ」
「……前に言っていた『青玉竜』か。捕獲していた、ということ?」
「放置してたら暴れそうだったから、この空間に閉じ込めた上で“教育”を施そうと思ってたんだよ」
「君、竜を何だと思っているの……」
「天災みたいで恐ろしい奴らだとは思うけど、理不尽な因縁で黙って殺されるほど潔くないもんでね。落とし前はキッチリつけてもらうってだけだ」
マルトは平然と告げられたロウの言葉に、ほとほと呆れ果てたという表情を浮かべ額に手をやり、重い溜息を吐く。
そもそも、竜とは神や魔神に匹敵し、中にはそれらを凌ぐ力を持つ者もいる、絶対的な存在である。
そんな彼らは神々とは距離を置き、自由気ままに暮らしてきた。
これはこの大陸が魔族によって支配されていた時から変わらないものだ。
ある時は神の使徒たる人族の英雄に助力を請われ力試しをしたり、ある時は敵対する魔神と殺し合ったり。片側に肩入れし過ぎることの無いよう、彼らはこの両者に深入りすることなく生きてきたのだ。
であるにもかかわらず、今この場に、魔神が創り出した空間で、その竜がスヤスヤと居心地良さそうに寝ているのだ。驚天動地の大事件である。
「竜に打ち勝つのも凄いけれど、これはまだ理解できる。けれども、生け捕りにするなんて話は神話の中でも聞いたことが無いよ。君は人の世の転覆でも企んでいるの?」
「くどい奴だな……そんなもんは無い。生け捕りにしたのは、殺した場合に他の竜からちょっかい出されるのが目に見えてたからだよ。支配したわけじゃないって」
そうやってマルトから繰り返し竜のことについて問われたロウは、やや煩わし気に回答した。竜に対する伝説や一般常識を知らぬ彼にとっては、単なる正当防衛という意識が強かったのだ。
竜や神などが争った場合には決着がつかずに終わることが多いこと、決着がつけば吟遊詩人たちによって伝説として語られるようになることなどを、知らぬが故である。
彼女の発言にある通り伝説にすら語られていない偉業、あるいは悪行なのだが……そう言った事情に疎い彼が、それに気が付くことはなかった。
「ともかく、ウィルムは俺を襲わないように約束を取り付けたら解放する予定だよ。マルトの反応を見るに、魔神と竜とが徒党を組むのは不味いみたいだし」
「それならいいのだけれど。君には魔物であるセルケトさんと一緒に行動しているという前例があるから、どうにも『青玉竜』も共に行動するような気がしてならないよ」
「流石に竜を連れ歩くのは無理だろ、物理的に。というか、セルケトが魔物だってバレてるのか」
「お嬢様は本人から教えてもらったそうだよ。『魔眼』でも見抜けなかったと言っていたから、私たち以外に伝わることはまずないと思う」
「さいですか。魔物とバレても引かれないあたり、あんたらが魔神で助かった、のか? ……あ、そう言えばマルトって人族じゃないよな? 魔物でないことは分かるけど、魔神の眷属なのか?」
「その辺りは今度改めて、かな。今回はシアンたちに謝罪をしに来たのだし」
「そう言えばそうだった。話がかなり脱線してたな」
異空間にマルトを招いた用件を思い出したロウは、シアンにコルク、そしてマルトが寝ている間に創り上げた新たな眷属を呼び寄せた。
「この男性も、君の?」
「そうそう。新人のテラコッタ君だ。あの場にはいなかったけど、顔合わせついでにな」
[──]
ロウがテラコッタと命名した眷属は、焼けた土のように茶色がかったオレンジ色の短髪が特徴的な美丈夫である。
未だ眠りこけるウィルムが、眠りから覚め暴れるという行動をとった場合に備えて創り出されたこの眷属。女性としては長身のマルトを頭一つ分上回る長身であり、その肉体は鋼のような筋肉で覆われている。
されども他の眷属たち同様、その肉体はあくまで擬態。
本体は煮え滾る溶岩であり、一万トンを超える質量を魔力へと還元し、その莫大な魔力を使って高精細な人型の肉体を形作っているに過ぎない。氷を操る竜が暴れようものなら、彼は創造主のため即座に真の姿を解放することだろう。
[……]
そんな眷属の煉瓦色の瞳は、創造主を害した人型の上位精霊へ向けられている。
狙いを定める捕食者の様に鋭い瞳で射すくめられ、身を強張らせたマルト。しかし覚悟を決めてベッドから立ち上がり、彼女は眷属たちへ語り掛けた。
「シアン、コルク、そしてテラコッタ。私たちは勘違いの末に、君たちの主を殺そうとしてしまった。君たちにとっての神であるロウを害するものの、その最たる行為だ。到底許しがたいものだったと思う。本当に申し訳のないことをした。私に出来る限りの償いは行う。だから、どうか、謝罪を受け入れてもらえないだろうか」
[[[……]]]
訥々と言葉を口にし頭を下げる彼女に、眷属たちは冷然とした表情を崩さない。
彼らも創造主が彼女に対し怒りを抱いておらず、自分たちに赦すことを求めていると知っているが……。やはり彼らにとっては、たとえ創造主の意向であっても、創造主が害されたという事実は容認しがたいものだった。
「はい! そういうことで和解成立な! お互い笑顔で握手!」
そんな空気を知ってか知らずか。ロウは沈黙していたシアンとマルトの手を取り、互いの手を握らせて、ぶんぶんと強制的にハンドシェイキングさせる。
お互いの心の内には複雑な思いがある以上、こうなることは彼の予測の範疇である。重苦しい空気を嫌ったための強制介入だった。
ただ待つのが面倒になっただけ、という側面も多分にあったが。
[……──]
握手を強要され一瞬不満げな表情を浮かべるシアン。
このまま睨んでいても仕方が無いと納得したのか、単に諦めたのか。彼女は肩をすくめて態度を軟化させる。
「許してもらえた、ということかな」
「とりあえずは、ってとこだろ。後は交流するなり話すなりで、お互いを知っていく内に解消されるんじゃないか? まあ、こいつらは基本的に異空間にいるし、あんまり話す機会は無いかもしれないけど」
ロウの行動によって呆気ないほどにあっさりと謝罪が終わってしまい、肩透かしのような形になってしまったマルト。しかし、その言葉の中にあったように、今後の交流の中でも行動で示していけば良いかと考えを改める。
「そうだね。今後は行動で示していくことにするよ」
「過剰なのはよしてくれよ? ほどほどでいいからな」
マルトの言葉に表れた固そうな決意の色に若干引きつつ緩く返したロウは、彼女と共に異空間を出ながら、まずは問題の一つが片付いたと安堵するのだった。
「おはようさん。突然ぶっ倒れたから驚いたぞ」
引き続き、魔神の創り出した異空間。
石の寝台に横たえられていたマルトは十分ほどで目を覚まし、こわごわと様子を窺っていたロウはホッと胸を撫で下ろした。
「倒れた……そうか。あまりにもあり得ないものを見たような気がして、それで意識が遠のいたんだ」
「いやーそれがですね……」
「幾らロウが色々とおかしい魔神でも、流石に竜を手勢に加えているなんて、あるはずが……」
身を起こしながら言葉を続けようとした彼女は、やはりとぐろを巻いて眠りこける青玉竜を見て動きを止めてしまった。
「言っておくが、俺の手勢でも何でもないぞ? こいつは。ただの傍迷惑な勘違い竜で、こっちは絡まれただけの被害者なんだぞ」
「……前に言っていた『青玉竜』か。捕獲していた、ということ?」
「放置してたら暴れそうだったから、この空間に閉じ込めた上で“教育”を施そうと思ってたんだよ」
「君、竜を何だと思っているの……」
「天災みたいで恐ろしい奴らだとは思うけど、理不尽な因縁で黙って殺されるほど潔くないもんでね。落とし前はキッチリつけてもらうってだけだ」
マルトは平然と告げられたロウの言葉に、ほとほと呆れ果てたという表情を浮かべ額に手をやり、重い溜息を吐く。
そもそも、竜とは神や魔神に匹敵し、中にはそれらを凌ぐ力を持つ者もいる、絶対的な存在である。
そんな彼らは神々とは距離を置き、自由気ままに暮らしてきた。
これはこの大陸が魔族によって支配されていた時から変わらないものだ。
ある時は神の使徒たる人族の英雄に助力を請われ力試しをしたり、ある時は敵対する魔神と殺し合ったり。片側に肩入れし過ぎることの無いよう、彼らはこの両者に深入りすることなく生きてきたのだ。
であるにもかかわらず、今この場に、魔神が創り出した空間で、その竜がスヤスヤと居心地良さそうに寝ているのだ。驚天動地の大事件である。
「竜に打ち勝つのも凄いけれど、これはまだ理解できる。けれども、生け捕りにするなんて話は神話の中でも聞いたことが無いよ。君は人の世の転覆でも企んでいるの?」
「くどい奴だな……そんなもんは無い。生け捕りにしたのは、殺した場合に他の竜からちょっかい出されるのが目に見えてたからだよ。支配したわけじゃないって」
そうやってマルトから繰り返し竜のことについて問われたロウは、やや煩わし気に回答した。竜に対する伝説や一般常識を知らぬ彼にとっては、単なる正当防衛という意識が強かったのだ。
竜や神などが争った場合には決着がつかずに終わることが多いこと、決着がつけば吟遊詩人たちによって伝説として語られるようになることなどを、知らぬが故である。
彼女の発言にある通り伝説にすら語られていない偉業、あるいは悪行なのだが……そう言った事情に疎い彼が、それに気が付くことはなかった。
「ともかく、ウィルムは俺を襲わないように約束を取り付けたら解放する予定だよ。マルトの反応を見るに、魔神と竜とが徒党を組むのは不味いみたいだし」
「それならいいのだけれど。君には魔物であるセルケトさんと一緒に行動しているという前例があるから、どうにも『青玉竜』も共に行動するような気がしてならないよ」
「流石に竜を連れ歩くのは無理だろ、物理的に。というか、セルケトが魔物だってバレてるのか」
「お嬢様は本人から教えてもらったそうだよ。『魔眼』でも見抜けなかったと言っていたから、私たち以外に伝わることはまずないと思う」
「さいですか。魔物とバレても引かれないあたり、あんたらが魔神で助かった、のか? ……あ、そう言えばマルトって人族じゃないよな? 魔物でないことは分かるけど、魔神の眷属なのか?」
「その辺りは今度改めて、かな。今回はシアンたちに謝罪をしに来たのだし」
「そう言えばそうだった。話がかなり脱線してたな」
異空間にマルトを招いた用件を思い出したロウは、シアンにコルク、そしてマルトが寝ている間に創り上げた新たな眷属を呼び寄せた。
「この男性も、君の?」
「そうそう。新人のテラコッタ君だ。あの場にはいなかったけど、顔合わせついでにな」
[──]
ロウがテラコッタと命名した眷属は、焼けた土のように茶色がかったオレンジ色の短髪が特徴的な美丈夫である。
未だ眠りこけるウィルムが、眠りから覚め暴れるという行動をとった場合に備えて創り出されたこの眷属。女性としては長身のマルトを頭一つ分上回る長身であり、その肉体は鋼のような筋肉で覆われている。
されども他の眷属たち同様、その肉体はあくまで擬態。
本体は煮え滾る溶岩であり、一万トンを超える質量を魔力へと還元し、その莫大な魔力を使って高精細な人型の肉体を形作っているに過ぎない。氷を操る竜が暴れようものなら、彼は創造主のため即座に真の姿を解放することだろう。
[……]
そんな眷属の煉瓦色の瞳は、創造主を害した人型の上位精霊へ向けられている。
狙いを定める捕食者の様に鋭い瞳で射すくめられ、身を強張らせたマルト。しかし覚悟を決めてベッドから立ち上がり、彼女は眷属たちへ語り掛けた。
「シアン、コルク、そしてテラコッタ。私たちは勘違いの末に、君たちの主を殺そうとしてしまった。君たちにとっての神であるロウを害するものの、その最たる行為だ。到底許しがたいものだったと思う。本当に申し訳のないことをした。私に出来る限りの償いは行う。だから、どうか、謝罪を受け入れてもらえないだろうか」
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「はい! そういうことで和解成立な! お互い笑顔で握手!」
そんな空気を知ってか知らずか。ロウは沈黙していたシアンとマルトの手を取り、互いの手を握らせて、ぶんぶんと強制的にハンドシェイキングさせる。
お互いの心の内には複雑な思いがある以上、こうなることは彼の予測の範疇である。重苦しい空気を嫌ったための強制介入だった。
ただ待つのが面倒になっただけ、という側面も多分にあったが。
[……──]
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ロウの行動によって呆気ないほどにあっさりと謝罪が終わってしまい、肩透かしのような形になってしまったマルト。しかし、その言葉の中にあったように、今後の交流の中でも行動で示していけば良いかと考えを改める。
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