161 / 273
第五章 ヴリトラ大砂漠
5-20 神話大戦の顛末
しおりを挟む
相も変わらず大砂漠。
二柱の神が飛び去ってからしばらくの間、女神とその眷属から質問され、そして彼女たちに質問を返す時間となった。
向こうからは戦闘に至る経緯や降魔について。こちらからはいつから見ていたのか、また見ず知らずの神であるエンリルについての説明を受けていく。
あの褐色大男が暴風神であり、妖精神に匹敵する力ある一柱だと教えてもらったところで、ようやく竜たちの殴り合いが終結した。
百メートル級の赤き竜と五十メートル級の琥珀竜の争いは凄まじい迫力だったが……幸いにして被害は俺と戦った時ほどとはならなかった。物理的な殴り合いに終始していた故だろう。
それでも大地震が頻発し、云百メートルあるクレーターが幾つも出来上がっていたが。とんでもなさすぎるぞ竜属ども。
あの巨竜と戦いよく生き残れたものだ──と感慨にふけっていると、人化を済ませた竜たちがこちらにやってきた。
赤錆色の樹皮を持つ翼を生やした赤き美女と並んで地面に降り立ったのは、透き通るような琥珀色の長髪を持つ老人。ティアマトと同じように布を巻きつけるような衣服をしているため、彼女の祖父のようにも見える。
砂を固めたような翼を背から生やすその人物は、竜属特有のガーネットの瞳を燃え滾らせ、鎖骨に刻まれた皺を伸ばし俺を見上げ開口した。
「フンッ。まさかきさんが、既にティアマトや神どもにも手を回しとるとはのう。魔神らしい賢しらな真似をしよる」
〈根回しなんてしてないっつーの。ウィルムとの関係も含めて、偶然と誤解が積み重なった結果なんだよ。そういうのを説明する間もとらずに、あの出鱈目なブレスを吐きやがって〉
「抜かせ。魔神と竜とが行動を共にしとる方が、よっぽど奇天烈怪奇やろうが。儂ぁなんも悪ない」
背筋の良い翁の弁に反論すれば、更に威勢の良い言葉が返ってきた。己を信じて疑わない、頑迷極まる爺である。
「不毛な言い争いはその辺りにしておけ。我の拳骨を食らいたくなければな」
「フン」〈はい!〉
視線で火花を散らし合っていると炎髪美女が拳をメキメキと鳴らし、仲裁に入ってきた。
反射的に恭順の意思表示をしたけど、彼女とヴリトラの関係性はどのようなものなのだろうか? ついさっきまで取っ組み合いをしていたし、普段行動を共にしている月白竜ほど仲が良い訳ではないようだが……。
「さてロウよ、おおよその経緯はこのヴリトラから聞いたが……汝が空間魔法で回収したというウィルムは、生きていたか?」
〈応急処置は済ませましたね。そこの爺の大魔法で瀕死状態だったので、出来ればもう一度しっかりと治療しておきたいところですが〉
「左様か……。ならば万が一を起こさぬため、ロウには治療にあたってもらうとするかのう。ミネルヴァよ、他の神どもはまだ天に満ちた塵埃を取り除けんのか?」
〈範囲が範囲であるからな。如何にあやつらとて、そう簡単にはいくまいよ〉
「カハハッ、儂の『金砂蓋世』を三度も放ったからのう。短時間で収拾など、奴ら如きに出来るものか」
「偉そうに言うでないわ、この馬鹿者め」
呵呵大笑するヴリトラや、それを見て嘆息するミネルヴァに、主神の鎧の影に隠れているグラウクス。混沌を極める状況だ。
〈そんじゃあ一旦失礼しますねー〉
こんなところにいられるか! 私は帰らせてもらう。
サスペンスドラマだと真っ先に殺されそうな行動と共に異空間の門を潜ると、白と砂色で満たされた空間が出迎えてくれた。ヴリトラが暴れに暴れた後だからか、我が空間は未だに高温状態である。
あまりの状況に損害賠償を求めたくなるけど、閉じ込めた俺が悪いと居直られそうな気もする。言うだけ無駄だろうな……。
「──ロウ! 無事でしたか」
「だから言ったろう、心配ないってな」
ふんぞり返って「儂ぁ悪ないぞ!」と言い放つヴリトラの姿を幻視していると、俺が帰ってきたことに気が付いたらしい曲刀(人)が集まってきた。
〈ただいま。あの後ティアマトや神たちが仲裁にきて、戦闘自体は決着したぞ〉
「あのティアマトが……荒事にならず何よりです」
「滅せられなくて良かったな? 神たちが仲裁に回るとは、あの琥珀竜の大魔法、相当な影響があったんだろうな」
〈みたいだなー。今イルともう一柱の神が上空に舞った砂の回収をしてるけど、周囲が一向に明るくならなかったし〉
曲刀たちに状況を伝え終えたところで、簡易の避難場所で寝ている怪我人二人のところへ移動する。
異空間の中は外界と時間の流れが異なっているため、俺が出ていってからそれほど時間が経っておらず、彼女たちの容態が悪化するようなことはなかったらしい。
そんな報告を受けている内に避難場所に到着。
両者ともに呼吸安定、肌も唇も血色よし。掛けられている布を捲って身体を確かめてみても、異常は無いようだった。
ちなみに、竜状態のウィルムは治療時のままだが、セルケトはギルタブが服を着せていたらしく、治療時のように素っ裸ではなかった。
べ、別に裸が見れなくって悔しいなんてことは、ないんだからね!
〈念のためにもう一度回復しとくかね〉
二人とも今以上の治療は必要なさそうだが、再度回復魔法を構築。真紅の魔力を操りサクッと二人を完治させた。
その後はお着換えタイム。折角異空間に来たのだからと降魔状態を解除し、一糸まとわぬ野生児となって靴に服にと身につけていく。
服や靴のある石の家は外部の大部分が砂に埋没していたものの、室内はほぼ無傷であった。家具や魔道具が散乱していたが、竜が暴れてこの程度で済んだのなら御の字であろう。
「──ロウ、これからどうするのですか?」
身だしなみを整えている最中、こっそりこちらを覗いていたギルタブが出し抜けに問いかけてきた。
「んー。とりあえずはまた砂漠に戻って、ちょいちょい神たちと話すんじゃないかな。荒事にはならないと思ってるけど、確実なことは言えないな」
「そうでしたか。では、私も連れて行ってもらえませんか? 万全の状態とは言えませんが、少し休んだのでロウが逃げる時間くらいであれば、憑依もできると思うのです」
「流石ギルタブ、心強い。こっちから頼みたいくらいだ。サルガスは、もうちょい休んでおくか?」
嬉しそうに黒刀へと姿を戻すギルタブを尻目に、彼女が隠れていた壁に向かって声を掛ける。すると頬を掻きながら銀髪イケメンが顔を出した。
「バレてたか。憑依はまあ無理な状況だが、銀刀としては何の問題もない。当然、俺もついていくぞ」
「さいですか。そんじゃよろしくー」
両者とも同行するという意思確認が終わり、銀刀へと姿を戻したサルガスを拾い上げ、異空間の門を開く。
外の状況はどうなっているかなーと考えながら門を潜ると、鎧を脱ぎ去った知恵の女神が砂漠に佇立していた。
グラウクスや竜たちの姿は見当たらない。彼らも上空へ行きイルマタルたちを補佐しているのだろうか?
空の様子はといえば、天上からの陽光は未だ届かず、下界は薄暗いまま──というか、前より暗くなっている。
ただ、遠方では夕焼けの光が戻っているため、かなり範囲は絞られたようだ。塵埃を集めてなお、この辺り一帯を覆うほどの量があったということなのだろう。
(女神……これが、ロウの言っていた知恵の女神ミネルヴァでしょうか?)
(竜と魔神との戦いを調停しにきたにしては、随分と軽装だったんだな)
(そういえば見たことないんだったな君ら。ミネルヴァは俺が戻るまでは鎧を纏って両刃斧を担いだ完全武装だったんだけど、帰ってくるまでの間に脱いじゃったみたいだな)
曲刀たちの疑問に脳内で意識して答えたところで、こちらに気が付いた件の女神から話しかけられる。
〈戻ったか。ティアマトもヴリトラも、既にどこぞへ飛び去ったぞ〉
「マジですか。アレですか、竜だから世界への影響など知ったこっちゃない的な?」
〈正にそのようなことを言っていたな。これほどに影響を与えておきながらなおあのような言動をとろうとは、我もあれらを見下げ果てたものだ〉
「竜属は流石としか言いようがないですね……。それだと、俺も帰っちゃっていい感じですか?」
腕を組み豊満なる双丘を押し上げている女神にお伺いを立てると、瑠璃色のジト目が返ってきた。
〈この状況を創り出した責というものを、汝は一切感じていないのか?〉
「いえ、そんなことを申されましても、大魔法ぶっ放しまくったのはヴリトラで──」
〈──そもそも、だ。この度の一件は、汝が不用意にもこの領域で彷徨っていたことに端を発する。ヴリトラの行動領域であるここで、だ。汝が直接破壊を成していなくとも、汝がこの大災害を惹起したことは確かなことだ〉
ジト目のままずいと寄り、たわわな胸部を揺らして白磁のような人差し指を突きつけてくる女神。
恐ろしく美しい彼女だが、言っていることは凄まじく横暴な気がする。
とはいえ、ここには彼女も含めて三柱も神がいるし、下手なことは言えない。今は相手の要望を聞いておいた方が得策だろう。
(……三柱の神がいるって、神敵たる魔神なら絶望的な状況のはずなんだけどな。要望を聞く程度で済むのが異常だ)
(暴風神エンリルを除けばロウに好意的なようですし、それほど譲歩する必要もないと思うのですが)
少し前にあったイルとミネルヴァの暴言を知らぬ黒刀は暢気なことを言っているが、無視である。とてもじゃないがこいつらを好意的などとは評せない。
「俺に責任があるという言説を認めることは出来ませんが、確かに不用意な行動ではあったかもしれません。女神ミネルヴァは、俺にどういった行動をとるべきだとお考えなのでしょうか?」
〈ふっ、責任は認めんか? まあ良い。先ほどイルマタルから念話が届いてな、上空に舞った塵埃を我らがいる大砂漠一帯に集めることは出来たが、そこから先が難儀しているようでな〉
「量が量ですし、その上ヴリトラの“渇き”を帯びてますもんねえ」
〈然り。イルマタルたちならばそのまま地上へ落とすことも出来ようが、ヴリトラの権能と魔力を帯びた砂が生態系に与える影響は、壊滅的なものとなるだろう。それを無視するにしても、風によって砂が運ばれてしまえば、砂漠のみならず北部外縁に残る緑地にも被害がでることだろうさ。そのような影響は我らの望むところではない〉
「なるほど……。ただ落下させることが出来ないとなると、俺に求めているのは砂を消すことか、もしくはヴリトラの魔力を消し去ることか、って感じですか」
話の流れを受けてミネルヴァの要望を推測してみれば、満足気な頷きが返ってきた。
〈左様。莫大な量の塵埃故、空間魔法で隔離できるとは思えんが……汝にはヴリトラの魔力に抗する術があったはずだ。先の戦闘であの“渇き”に対応していたその力で、砂の持つ魔力を取り去って欲しいのだよ〉
「大規模となると難しいかもしれませんが、やるだけやってみます。終わったらちゃんと解放してくださいよ? 殺すことによって生の苦役から解放! とか言うのは無しですからね」
〈我が名において誓おう。いや、イルマタルやエンリルが妙な気を起こさぬよう、いっそ我も共に行くか?〉
「そうして頂けると助かりますね。イルなんて、言動だけ見ればすぐにでも俺を殺しにきそうですし。『終わりましたか、ご苦労様です。もうあなたは用済みですよ』とか言って」
〈ふっ、如何にもアレの発言らしい〉
女神の名のもとに身の安全を取り付けたので、お仕事開始だ。
女神の加護を求める魔神ってどうなんだ? とも思ったが、背に腹はかえられないので深くは考えないでおこう。
二柱の神が飛び去ってからしばらくの間、女神とその眷属から質問され、そして彼女たちに質問を返す時間となった。
向こうからは戦闘に至る経緯や降魔について。こちらからはいつから見ていたのか、また見ず知らずの神であるエンリルについての説明を受けていく。
あの褐色大男が暴風神であり、妖精神に匹敵する力ある一柱だと教えてもらったところで、ようやく竜たちの殴り合いが終結した。
百メートル級の赤き竜と五十メートル級の琥珀竜の争いは凄まじい迫力だったが……幸いにして被害は俺と戦った時ほどとはならなかった。物理的な殴り合いに終始していた故だろう。
それでも大地震が頻発し、云百メートルあるクレーターが幾つも出来上がっていたが。とんでもなさすぎるぞ竜属ども。
あの巨竜と戦いよく生き残れたものだ──と感慨にふけっていると、人化を済ませた竜たちがこちらにやってきた。
赤錆色の樹皮を持つ翼を生やした赤き美女と並んで地面に降り立ったのは、透き通るような琥珀色の長髪を持つ老人。ティアマトと同じように布を巻きつけるような衣服をしているため、彼女の祖父のようにも見える。
砂を固めたような翼を背から生やすその人物は、竜属特有のガーネットの瞳を燃え滾らせ、鎖骨に刻まれた皺を伸ばし俺を見上げ開口した。
「フンッ。まさかきさんが、既にティアマトや神どもにも手を回しとるとはのう。魔神らしい賢しらな真似をしよる」
〈根回しなんてしてないっつーの。ウィルムとの関係も含めて、偶然と誤解が積み重なった結果なんだよ。そういうのを説明する間もとらずに、あの出鱈目なブレスを吐きやがって〉
「抜かせ。魔神と竜とが行動を共にしとる方が、よっぽど奇天烈怪奇やろうが。儂ぁなんも悪ない」
背筋の良い翁の弁に反論すれば、更に威勢の良い言葉が返ってきた。己を信じて疑わない、頑迷極まる爺である。
「不毛な言い争いはその辺りにしておけ。我の拳骨を食らいたくなければな」
「フン」〈はい!〉
視線で火花を散らし合っていると炎髪美女が拳をメキメキと鳴らし、仲裁に入ってきた。
反射的に恭順の意思表示をしたけど、彼女とヴリトラの関係性はどのようなものなのだろうか? ついさっきまで取っ組み合いをしていたし、普段行動を共にしている月白竜ほど仲が良い訳ではないようだが……。
「さてロウよ、おおよその経緯はこのヴリトラから聞いたが……汝が空間魔法で回収したというウィルムは、生きていたか?」
〈応急処置は済ませましたね。そこの爺の大魔法で瀕死状態だったので、出来ればもう一度しっかりと治療しておきたいところですが〉
「左様か……。ならば万が一を起こさぬため、ロウには治療にあたってもらうとするかのう。ミネルヴァよ、他の神どもはまだ天に満ちた塵埃を取り除けんのか?」
〈範囲が範囲であるからな。如何にあやつらとて、そう簡単にはいくまいよ〉
「カハハッ、儂の『金砂蓋世』を三度も放ったからのう。短時間で収拾など、奴ら如きに出来るものか」
「偉そうに言うでないわ、この馬鹿者め」
呵呵大笑するヴリトラや、それを見て嘆息するミネルヴァに、主神の鎧の影に隠れているグラウクス。混沌を極める状況だ。
〈そんじゃあ一旦失礼しますねー〉
こんなところにいられるか! 私は帰らせてもらう。
サスペンスドラマだと真っ先に殺されそうな行動と共に異空間の門を潜ると、白と砂色で満たされた空間が出迎えてくれた。ヴリトラが暴れに暴れた後だからか、我が空間は未だに高温状態である。
あまりの状況に損害賠償を求めたくなるけど、閉じ込めた俺が悪いと居直られそうな気もする。言うだけ無駄だろうな……。
「──ロウ! 無事でしたか」
「だから言ったろう、心配ないってな」
ふんぞり返って「儂ぁ悪ないぞ!」と言い放つヴリトラの姿を幻視していると、俺が帰ってきたことに気が付いたらしい曲刀(人)が集まってきた。
〈ただいま。あの後ティアマトや神たちが仲裁にきて、戦闘自体は決着したぞ〉
「あのティアマトが……荒事にならず何よりです」
「滅せられなくて良かったな? 神たちが仲裁に回るとは、あの琥珀竜の大魔法、相当な影響があったんだろうな」
〈みたいだなー。今イルともう一柱の神が上空に舞った砂の回収をしてるけど、周囲が一向に明るくならなかったし〉
曲刀たちに状況を伝え終えたところで、簡易の避難場所で寝ている怪我人二人のところへ移動する。
異空間の中は外界と時間の流れが異なっているため、俺が出ていってからそれほど時間が経っておらず、彼女たちの容態が悪化するようなことはなかったらしい。
そんな報告を受けている内に避難場所に到着。
両者ともに呼吸安定、肌も唇も血色よし。掛けられている布を捲って身体を確かめてみても、異常は無いようだった。
ちなみに、竜状態のウィルムは治療時のままだが、セルケトはギルタブが服を着せていたらしく、治療時のように素っ裸ではなかった。
べ、別に裸が見れなくって悔しいなんてことは、ないんだからね!
〈念のためにもう一度回復しとくかね〉
二人とも今以上の治療は必要なさそうだが、再度回復魔法を構築。真紅の魔力を操りサクッと二人を完治させた。
その後はお着換えタイム。折角異空間に来たのだからと降魔状態を解除し、一糸まとわぬ野生児となって靴に服にと身につけていく。
服や靴のある石の家は外部の大部分が砂に埋没していたものの、室内はほぼ無傷であった。家具や魔道具が散乱していたが、竜が暴れてこの程度で済んだのなら御の字であろう。
「──ロウ、これからどうするのですか?」
身だしなみを整えている最中、こっそりこちらを覗いていたギルタブが出し抜けに問いかけてきた。
「んー。とりあえずはまた砂漠に戻って、ちょいちょい神たちと話すんじゃないかな。荒事にはならないと思ってるけど、確実なことは言えないな」
「そうでしたか。では、私も連れて行ってもらえませんか? 万全の状態とは言えませんが、少し休んだのでロウが逃げる時間くらいであれば、憑依もできると思うのです」
「流石ギルタブ、心強い。こっちから頼みたいくらいだ。サルガスは、もうちょい休んでおくか?」
嬉しそうに黒刀へと姿を戻すギルタブを尻目に、彼女が隠れていた壁に向かって声を掛ける。すると頬を掻きながら銀髪イケメンが顔を出した。
「バレてたか。憑依はまあ無理な状況だが、銀刀としては何の問題もない。当然、俺もついていくぞ」
「さいですか。そんじゃよろしくー」
両者とも同行するという意思確認が終わり、銀刀へと姿を戻したサルガスを拾い上げ、異空間の門を開く。
外の状況はどうなっているかなーと考えながら門を潜ると、鎧を脱ぎ去った知恵の女神が砂漠に佇立していた。
グラウクスや竜たちの姿は見当たらない。彼らも上空へ行きイルマタルたちを補佐しているのだろうか?
空の様子はといえば、天上からの陽光は未だ届かず、下界は薄暗いまま──というか、前より暗くなっている。
ただ、遠方では夕焼けの光が戻っているため、かなり範囲は絞られたようだ。塵埃を集めてなお、この辺り一帯を覆うほどの量があったということなのだろう。
(女神……これが、ロウの言っていた知恵の女神ミネルヴァでしょうか?)
(竜と魔神との戦いを調停しにきたにしては、随分と軽装だったんだな)
(そういえば見たことないんだったな君ら。ミネルヴァは俺が戻るまでは鎧を纏って両刃斧を担いだ完全武装だったんだけど、帰ってくるまでの間に脱いじゃったみたいだな)
曲刀たちの疑問に脳内で意識して答えたところで、こちらに気が付いた件の女神から話しかけられる。
〈戻ったか。ティアマトもヴリトラも、既にどこぞへ飛び去ったぞ〉
「マジですか。アレですか、竜だから世界への影響など知ったこっちゃない的な?」
〈正にそのようなことを言っていたな。これほどに影響を与えておきながらなおあのような言動をとろうとは、我もあれらを見下げ果てたものだ〉
「竜属は流石としか言いようがないですね……。それだと、俺も帰っちゃっていい感じですか?」
腕を組み豊満なる双丘を押し上げている女神にお伺いを立てると、瑠璃色のジト目が返ってきた。
〈この状況を創り出した責というものを、汝は一切感じていないのか?〉
「いえ、そんなことを申されましても、大魔法ぶっ放しまくったのはヴリトラで──」
〈──そもそも、だ。この度の一件は、汝が不用意にもこの領域で彷徨っていたことに端を発する。ヴリトラの行動領域であるここで、だ。汝が直接破壊を成していなくとも、汝がこの大災害を惹起したことは確かなことだ〉
ジト目のままずいと寄り、たわわな胸部を揺らして白磁のような人差し指を突きつけてくる女神。
恐ろしく美しい彼女だが、言っていることは凄まじく横暴な気がする。
とはいえ、ここには彼女も含めて三柱も神がいるし、下手なことは言えない。今は相手の要望を聞いておいた方が得策だろう。
(……三柱の神がいるって、神敵たる魔神なら絶望的な状況のはずなんだけどな。要望を聞く程度で済むのが異常だ)
(暴風神エンリルを除けばロウに好意的なようですし、それほど譲歩する必要もないと思うのですが)
少し前にあったイルとミネルヴァの暴言を知らぬ黒刀は暢気なことを言っているが、無視である。とてもじゃないがこいつらを好意的などとは評せない。
「俺に責任があるという言説を認めることは出来ませんが、確かに不用意な行動ではあったかもしれません。女神ミネルヴァは、俺にどういった行動をとるべきだとお考えなのでしょうか?」
〈ふっ、責任は認めんか? まあ良い。先ほどイルマタルから念話が届いてな、上空に舞った塵埃を我らがいる大砂漠一帯に集めることは出来たが、そこから先が難儀しているようでな〉
「量が量ですし、その上ヴリトラの“渇き”を帯びてますもんねえ」
〈然り。イルマタルたちならばそのまま地上へ落とすことも出来ようが、ヴリトラの権能と魔力を帯びた砂が生態系に与える影響は、壊滅的なものとなるだろう。それを無視するにしても、風によって砂が運ばれてしまえば、砂漠のみならず北部外縁に残る緑地にも被害がでることだろうさ。そのような影響は我らの望むところではない〉
「なるほど……。ただ落下させることが出来ないとなると、俺に求めているのは砂を消すことか、もしくはヴリトラの魔力を消し去ることか、って感じですか」
話の流れを受けてミネルヴァの要望を推測してみれば、満足気な頷きが返ってきた。
〈左様。莫大な量の塵埃故、空間魔法で隔離できるとは思えんが……汝にはヴリトラの魔力に抗する術があったはずだ。先の戦闘であの“渇き”に対応していたその力で、砂の持つ魔力を取り去って欲しいのだよ〉
「大規模となると難しいかもしれませんが、やるだけやってみます。終わったらちゃんと解放してくださいよ? 殺すことによって生の苦役から解放! とか言うのは無しですからね」
〈我が名において誓おう。いや、イルマタルやエンリルが妙な気を起こさぬよう、いっそ我も共に行くか?〉
「そうして頂けると助かりますね。イルなんて、言動だけ見ればすぐにでも俺を殺しにきそうですし。『終わりましたか、ご苦労様です。もうあなたは用済みですよ』とか言って」
〈ふっ、如何にもアレの発言らしい〉
女神の名のもとに身の安全を取り付けたので、お仕事開始だ。
女神の加護を求める魔神ってどうなんだ? とも思ったが、背に腹はかえられないので深くは考えないでおこう。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる