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第六章 大陸震撼

6-16 開胸手術・異世界式

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「──という訳で、上を脱いでくれ」

 レムリア大陸中央部、竜たちの住まう火山平原の中心地。

 数多の住人たちが視線を向ける中、ロウは手術台でくつろぐセルケトに脱衣をうながした。

 倫理にもとる物言いをする褐色少年であるが、これも故あって──自壊寸前の魔石を修復するために必要な過程なのだ。決して彼の心にやましいところがあるからではない。

(……セルケトの裸か。こういう責任重大な場面じゃなきゃ、脳裏に焼き付けておきたいところだけど。手術なんてやったことねえしなあ。ティアマトのサポートがあるとはいえ、しんどい作業になりそうだ)

 さらけ出された双子山へ視線を向けつつも、ロウは真面目な表情を崩さない。

 色欲に塗れた彼でもそれを排除してことにのぞむほど、状況はひっ迫していた。

【ロウよ。汝も魔力の性質を見抜く『魔眼』を具えているようだが、魔石の位置は分かるか?】

「いえ、分かりかねます。『竜眼』ほど見通せるわけではないみたいでして。その辺りもティアマトさんの力を借りられたらな、と思ってます」

 自分たちを見下ろす赤き巨竜の問いかけに、ロウは素直な答えで対応する。セルケトの命がかかっている以上、彼は可能な手立ては全て講じると決めていた。

【ふっ。魔神にあるまじき素直さよ。なれば、人の身となり助力するか】

「ぬう……。ロウよ、いっそのこと、ティアマトに全て任せてしまえば良いのではないか? 先ほどからお前の言葉を聞いていると、任せるのが不安で仕方がないぞ」
「我はそこまで手は出さんさ。それにセルケトよ、竜の魔力というものは魔物と相性が良くないのだ。魔力の根源たる魔石を再構築する以上、魔力同士が交わる必要がある。魔の祖たる魔神ならまだしも、竜であれば魔石が拒絶反応を起こし、直ちに崩壊せんとも限らん」

「左様であるか。ならばロウよ、任せる」
「……俺がやるしかない感じですか。うごごご、胃が痛い」

 人型となったティアマトの説明により代理をたてることが不可能と知ったロウは、うめきながらも水魔法を構築。高温蒸気で身体の消毒を済ませていく。

「魔石の位置は我が知る故、切り開くのはこちらが行おう。魔石の再構築を行う際、肉体との繋がりや組織が崩れぬよう、細心の注意を払うのだぞ?」
「了解しました。……って、ティアマトさん、素手で胸を切り開くんですか?」

 数百度の水蒸気で全身くまなく滅菌した少年とは対照的に、炎髪の美女は人化した時と変わらぬ装いである。

 そのことに疑問を呈した彼だが、返ってきた答えは如何にも竜属というものだった。

しかり。人の身にあろうとも、我が『爪』に裂けぬものなし。かつてそこで寝ておるレヴィアタンに『神獣』の牙が突き込まれ、それが体内を彷徨さまよったことがあったが。我がその位置を特定し、竜鱗を裂いて摘出したということもあってのう」

【相も変わらず、おんしは古い話を持ち出すのう。あての体内なら、時にゆだねればベヒモスの牙も溶かせる故、あん時ゃほかして良かったんおもーたもんやね】
【激痛のあまり幾度となく津波を発生させていた身とは、到底思えん発言であるな】

「「……」」((……))

 シュガールの言葉で明らかとなった事実に、思わず閉口するロウたち。

 そんな中でも比較的竜に対する理解のあった少年は、いち早く動揺から脱して話を進める。

「竜鱗すら切り裂けるなら、セルケトの切開も容易いでしょうね。ティアマトさんが切り開くとすると、俺が時魔法を構築して、出血や痛覚を遮断した方がいいですかね?」
「それでも良いが、汝は魔石のことに注力した方が間違いが無いであろうな。我ならば魔法と切開の両立など容易であるし、こちらが請け負っておこう」

「そういうことでしたら、よろしくお願いします」

 抜き身だった黒刀を鞘に収め、少年は人の身で操れる最大限の魔力を解放。精神を極限まで集中させる。

(……魔石の修復か。出来るかどうか見当もつかないけど、こいつの命がかかっている以上先延ばしなんて出来ない。全力でやり遂げるしかないな)

(フッ、これほどまでに真剣なロウというのも、中々に珍しい。なんのかんのと言いつつ、セルケトのことを大切に思っているんだな、お前さんは)
(サルガス、ロウは集中しているのですよ? 水を差さないでください)

「ふむ? 確かに今までにない表情だが……。ロウが我のことを重く考えているとは、普段の様子からは考えられん。……しかし、こうして気に掛けられるというのも、どうにも悪くは──」
「──はいはい。君は寝ていましょうねー」

 曲刀たちやセルケトの言葉を受け流したロウは、手術台で寝ている彼女の手足を土魔法で拘束し、施術の準備を完了させた。

「ぬぐっ。我の言葉をさえぎるとは、これが照れ隠しというやつか?」
「準備万端です、ティアマトさん」

「では、始めるか」

 拘束されてなお口を動かしているセルケトを無視した二人は、彼女の手術を開始したのだった。

◇◆◇◆

 金の魔力をたぎらせた手刀を正中線に走らせ、ティアマトは素手による開胸かいきょう切開を行った。

 地球での外科手術の場合、まず皮膚を鋭利な刃で切り裂き、次いで出血と共に現れる脂肪層・皮下組織を電気メスで止血しつつ切り開く。そうしてあらわとなった胸骨を電動のこで縦に分割してようやく、広さ十数センチメートルの手術視野を得るのだが……。

 ティアマトはそんな工程など知らぬと手刀を一閃。胸部から腹部まで一気にざっくり切り開く。

 どうせ回復魔法で跡形も残らぬのだからと、堂々たる切開であった。

「うひゃ~。切り開かれたのに血が噴き出ないってのも、中々に不思議な光景ですね……」

「妙なことを口走るのう。ロウは死体を解体したことがないのか? あれらを観察した経験があれば、血が噴き出ぬ様などありふれていようが」
「そりゃありますけど、人の身と結びつけないっていうか」

 時魔法によりものを言わなくなったセルケトをよそに、軽い会話を繰り広げるロウたち。

 もっとも、少年の場合は緊張をまぎらわせるという側面が強い。

(うへぇ。前に治癒の奇跡で自分の内臓を見てなかったら、ちょっと直視が躊躇ためらわれてたかもしれんな。素人には厳しい作業だぜ、全く)

 黄みがかった脂肪層や青黒い静脈群、照りを放つ臓器に抵抗を覚えるロウが、ティアマトの切開作業を見守ること十数秒。

 切り開いた箇所の固定を行っていた彼女が、セルケトの胸郭きょうかく内の一部分を指し示す。

「見えたぞ、ロウ。案の定、崩壊寸前と言ったところだ。素手で触れるのも危険やもしれん」

 血にまみれた指の先にあったのは、黒ずんだ拳大の結晶。

 しかしその形状は、通常の魔石のように正多面体ではなく、大小様々な触手のような先端が放射状に突き出る、奇妙な形であった。

「魔石って風には見えないですね、これ。ひび割れていますが、これを修復していく、ということでいいんでしょうか」

「いや、それでは対症療法にしかなるまい。いびつな構造故に高負荷に耐えられぬのが、此度こたびのセルケトの症例だ。魔石の構造そのものを創りかえねば、抜本的な解決とはならぬであろうな」
「魔石を創りかえる、ですか。中々に無理難題ですね。とはいえ……」

「やらねば死ぬぞ、セルケトは」
「ですよね」

 装飾の一切を排したティアマトの言葉で、ロウは限界まで高めていた集中力を更に研ぎ澄ませる。

「……」

 開かれた胸郭に手を入れ、真紅の魔力を滾らせて思い描くは、歪な魔石のあるべき姿。

 不均一な形状ではなく、均一な成長を遂げた結晶体。それを想像し、幼き魔神は己の操作可能な魔力の一切を込めて魔法をつむぐ。

 ──が、しかし。

「……ちいと不味いな。セルケトは人造魔物であるからか、魔神の魔力にさえ抵抗を有するようだ。今は再生と崩壊が拮抗しているが、再構築前に崩れかねん」

 ティアマトが鋭い表情で語る通り、ロウの創生魔法は瑕疵かしなく構築されたものの……魔石の再生は成らず。修繕されていく箇所と崩壊していく箇所が半々といったところだ。

 それは崩れては再生し、再生しては崩れ去るいたちごっこの様相を呈している。

 一方で、ひとたび崩れれば魔石全体が崩れ去る核という存在がある以上、長続きするものでもなかった。

「ぐ……。ここで止めたら、それこそ負荷が掛かっただけに、なるんじゃないですか?」
「そうであろうな。なれば、どうする?」

「力ずくで崩壊を止めます──サルガス!」
(任せろ!)

 言うが早いか、ロウの黒髪に銀のメッシュが入り──溢れる魔力が激増。曲刀を憑依させることで魔力操作能力を引き上げる秘技を、今この場で披露したのである。

【む!?】【人の身で、これほどか!】

 魔神として真に覚醒したその力を更に引き上げるそれは、この世界における最強の存在たちをも唸らせる領域にあった。

 されども、魔石の崩壊は止まらない。

 再生速度は数倍に引き上げられたものの……反面押し寄せる魔神の魔力により、崩壊速度も加速していたのだ。

「──再生、しきれねえ? クソが、ダメ押しだごら゛あ゛あ゛ッ!」

 憑依状態でも力及ばぬならと、幼き魔神は最後の切り札である己が権能を解放する。

 かざしていた右腕を毛むくじゃらの「降魔ごうま」状態としながら、“虚無”の魔力で魔石の崩壊を中和。勢いそのまま力押しで、魔石を再構築してみせた。

「!? ……降魔状態で押し切るとは。下手を打てば魔石が砕けていたぞ、全く。しかしどうやら、魔石の再構築も──!」

 ロウの強引な治療に嘆息したティアマトだったが、突如として響いた破砕音で言葉を中断する。

〈グゥ……〉

 音の正体は手術台の拘束具。

 破壊者は、魔物の紫とも魔神の赤ともつかぬ、ワインレッドの魔力を持つ異形。

「……!?」

 それは、正しく異形であった。

 黒き体毛が薄く覆う、漆黒の外骨格を有したさそり型の下半身。その下半身から生える、真珠のように白く輝く女体と、やはり対照的なまでに黒ずんだ腕部。

 上半身に当たる部位は、月もかくやという美しい曲線を描く女体ながら……その頭部は縦に裂けた口とその内でうごめく牙とが大部分を占めるのみ。頭が口そのものになったような様は、美しさとは無縁の造形である。

「……セルケト?」

 ロウが窺うように語り掛けるも、彼女に応じる気配はない。

 白と黒のコントラストが際立つ彼女の体には、先ほど胸骨から腹部まで切開されていたあとなど毛ほども見当たらなかった。そのことに気が付いた少年は、いぶかしむように零す。

「傷は消えてるけど……単純に治療が成功した、って訳じゃなさそうですね?」

「ふぅむ。この姿にこの魔力、魔神の『降魔』に酷似しておるのう」
【魔神かえ? ロウの魔力で、人造魔物が変質したゆーんか?】
【そのようだ。しかしこの濃さ、上位魔神並みか? 新たなる魔神の誕生に居合わせるとは、随分な奇縁よな──】

〈──グゥォォォオオッ!〉

 高みの見物とばかりに観察していた古き竜二柱が、少年の言葉に反応したところで──セルケトが咆哮。

 濃い赤紫色の魔力が吹き荒れ、周囲を爆砕した。
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