異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第七章 混沌の交易都市

7-15 覚悟

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 雨雲おおう宿の朝。その一室で睨み合う面々の空気は、外の空気よりもなお重い。

「──ロウ、どういうことなんだ? そいつ、異形の魔物だろ」

 部屋の主であるロウからうながされるままに椅子へ座ったアルベルトは、仲間であるレアとアルバも席に着いたところで話を切り出す。見据えるのはベッドのふちに腰掛ける因縁の相手──セルケトだ。

 青年の短い問いは真剣そのもので、さしもの少年も誤魔化すことは難しいと感じざるを得なかった。故に彼は脳漿のうしょうを絞り、まずセルケトとの関係を釈明する。

「えーっとですね。知っての通り俺はセルケトと殺し合ったんですが、最後の最後、瀕死まで追い込んだ時に、セルケトが人の姿になっちゃいまして。判断を一時保留にして目覚めるまで待って、そこで人を襲わないよう約束させたので、監視ついでに行動を共にするようになりました。こうして一緒にいるのは、そういうわけなんです。最初から手を組んでたなんてことはないです、はい」

「魔物に、約束? それが守られると?」

「約束したからって無責任に放ってるわけじゃないですよ。駄目な時はちゃんと伝えますし。監視名目で一緒に行動してきましたが、セルケトは人に近い感性を持ち、人の世の決まり事をしっかりと守る誠実さがあることが分かりました。こいつが誠実っていう話は、アルベルトたちも分かるんじゃないですか?」

「「「……」」」

 魔神としての力を使って叩きのめしただとか、自身が創りだした空間で保護しただとか。過程の一切をはぶき、ロウは説明を終えた。

(話の最後にあいつらが見逃されたってことを持ちだすあたり、お前さんは中々に策士だよな)
(俺が魔神だなんてことを疑われてもかなわんからなあ。納得してくれるといいけど)

 銀刀と少年の脳内会話にある通り巧みな誘導が功を奏したのか、固く目を瞑って黙っていたアルベルトはガシガシと側頭部をかき、口を開く。

「ふぅ。まあ、な。確かにあの時はぶった斬ってやったのに見逃されたし、恩にはむくいる真っ直ぐな性根ではあるんだろうな」
「おお、分かってくれます──」

「──だけど、魔物だろう。そいつは」

 みしりと机をきしませて、青年は本気の魔力を解放する。

 その黒き瞳は不動であり、強固な意志がほとばしる。少年はまたしても誤魔化しようがないことを直感した。

「……そうですね、人ならざる存在です。アルベルトは人を襲わないと分かっていても、魔物を許容することはできませんか?」

「俺はできねえし、レアやアルバだってそうだろう。魔物ってのは強大な存在で、人が技や術を尽くしてやっと渡り合えてる奴らだ。そんな奴が人のような知恵まで付けたんじゃ、こっちは手の付けようがない。セルケトのことだって、ずっと誠実のままなんて保証できんだろ」

「保証なら出来ます」

「……何?」「「っ!?」」

 いつ心変わりをするか分かったものではない──そう主張するアルベルトに対し、ロウは断言する。

「面倒を見ます。セルケトのことを理解できて、万が一の時は力ずくでも止められる俺が、この先も。しっかりと手綱たづなを握っとけば今までも大丈夫でしたし、これからもそうしてみせます」

「「「!」」」

「……ふむ?」「ふんっ」

 その言葉は、日頃責任から逃げている少年にあるまじき、重い覚悟をもったものだった。

「……」

 見ようによっては生涯の誓いにも思えるこのセリフ。しかし彼の脳裏を過るのは甘い情景ではなく、前日にあった竜たちとのやり取りである。

 ──竜は人を殺す。それも、呼吸するかの如く当然に。

 その事実を痛烈に感じた時、ロウは彼らに対して複雑な感情を抱いた。

 人を一切かえりみない、竜という存在への不快感。
 竜ならばそうであろうという、諦めにも似たやるせなさ。
 そして、仲間──友のことを何も知らなかった、踏み込もうとしなかった自分への怒り。

 それらは人としての拒絶感に、魔神としての受容、友としての義憤ぎふんであった。

 今までの人生において経験したことのないような名状めいじょうしがたい感覚に触れた少年は、いつもの様に背を向けることをせず、それらと向かい合うことを決意する。

 魔神として覚醒し人としての生涯に別れを告げた、大砂漠での訣別けつべつ。あの日から、ロウは人ならざるものとの関係性が変わる日を漠然と予感していたのだ。


 さておき、真っ直ぐに表明した少年を前に、しばし口をつぐんでいたアルベルト。間を置き考えをまとめた彼は、念を押すように確認を取る。

「異形の魔物を、面倒を見るってか。知恵ある魔物ってことは動物を飼うこととは根本が違うぞ。分かってるのか?」

「バレたら重罪、俺もセルケトも処刑されそうですよね。俺だけじゃなくて友達にも罪状が波及はきゅうするかもしれませんし、しっかりと秘密を守っていきたいと思います」
「ロウ。そこまで分かってて、どうして君はその魔物の面倒を見ようとするの?」

 知恵ある魔物を保護することの危険性をつらつらと述べる少年に対し、ここまで無言だった人間族と小人族ドワーフとの間に生まれた少女──アルバが口を挟む。

「元々は言葉を解するような知性を持ってなかったこいつを俺が討ち損じたことで、逃げ帰ったこいつに高い知性を持つような進化が起きちゃったみたいなんです。そうなると原因である俺が始末をつけるのが筋ですし、殺さないのなら面倒を見るのが正しいだろう……そう考えてます」

「そっか。そういうことなら、私から言う言葉はなにもない。あ、でも、セルケトには一発だけ拳を返しておきたいけど」

「むう」「アルバ……」

 ロウの答えを聞いた少女は小さく微笑み、最後に本気とも冗談ともとれない言葉をつけて追及を終えた。

「私も、ロウ君がしっかり面倒を見るっていうのなら異論はないかな~。アルベルトが斬りつけたあの時、本当なら私たちも殺されてたところだったし。ロウ君の言う通り約束はちゃんと守ってくれると思う」

「レアも、か。……ふぅ、俺だけ意地張ってたら狭量きょうりょうみたいだな」
「魔物を身内に抱え込むってなったら当然の反応だと思いますよ、アルベルト。それも、魔物と対することが多い冒険者であればなおのことです」

 アルバの言葉で潮目が変わり、机を囲んでいた者たちの空気はやわらいだものとなる。

 その変化を感じ取った少年は、何とか乗り切れそうだと愁眉しゅうびを開いたが──。

「人へと変ずる異形の魔物……。まさかアタシの同類がいようとはな」

 ──話を黙って聞いていたネイトが口を開いたことで、表情をゆがめてしまうこととなった。

「「「っッ!?」」」

(おんぎやあああッ!? なに突然暴露しちゃってんだこのムキムキ幼女ッ!)
(ムキムキ幼女て、お前さん中々酷いな)
(ロウは余裕がなくなると途端に口が悪くなるのです)

 苦悶の色を浮かべた少年が机に突っ伏している間にも、彼の頭上で話は進む。

「ネイトお前、魔物だったのか!?」「只者じゃないとは思ってたけど……」「街のことを知らなさすぎると思ったら、そういうこと」

「うう? なんだその反応は。そっちの女も魔物で、アルベルトたちは受容しただろう?」
「いや、それはそうだが」
「それとこれとは別問題というか、いきなり告白されちゃったら驚いちゃうかなー」
「まあでも、納得。……ネイトも、人なんて襲わないよね?」

「そこの少年に襲うなと念を押されている。アタシの力が全く通用しないような化け物にそむくなど、誰ができようか」

 黒髪金メッシュの少女がぶるりと震えて秘密を明かすと、アルベルトたちは安堵あんど半分、呆れ半分といった反応を見せる。呆れは当然、異形の魔物を打ちのめしたという褐色少年へのものである。

 しかし、数秒経ったところで先にあった少年の答弁との食い違いに気付き、アルベルトは疑問を零した。

「ん? ネイトはロウに負かされたのに、ロウの傍で行動しないのか?」

「この者はアタシを手駒にする気が無いということだったから去ったんだ。この者もアタシの行動を容認している」
「戦った場所が街から離れた森の中だったんで、人里に出ることは無いだろうって思って解放したんですけど。まさかこいつが都市にやってくるとはって感じです」

「アタシだって人の街へ近付こうと思って近付いたのではない。ねぐらの迷宮へ戻るはずが、竜の如き上位者に迎え撃たれてしまったんだ。そこから逃げている内に普段近付かない、人の領域付近へ出てしまったのだろう」

「竜だと?」「何?」

 青年への返答から話が流れネイトが撃退されたということに主題が移ると、それまで興味がないとばかりにくつろいでいた竜たちが反応を示す。

出鱈目でたらめを言うやつだな。妾たち以外の気配は感じんぞ」

「むっ。あの者は人の形をしていたが、明らかに桁の違う存在だった。確かに、竜かと問えば否と言っていたが」
「我の『眼』には強大な存在など何も映らぬ。汝は只ならぬ魔力を発しているが、我らとは比べるべくもない。単純に、己の力及ばぬ存在と鉢合わせただけであろう」

「うう~。こちらが下手に出ていればつけ上がる連中だ。おい、お前。この者たちは何なんだ?」

 竜たちから口々にけなされ憤慨ふんがいした少女は、八つ当たり気味に少年を睨みつけて情報を求めた。

「ん? うーん……色々とぶっ飛んでる人たち、かな。俺とそう変わらないような感じだから、少なくともお前よりは強いよ。変なことは考えない方がいい」

「なに? ……くう、迷宮では敵なしだったアタシも、外へ出れば弱者となるのか」
「はははっ。身の程を知ったようだな」「フム。分をわきまえたのなら見逃しておこう」

「迷宮っていうと、西の森の奥深くにあるっていう『神獣のほこら』か? それとも、南のガイヤルド山脈付近にある『獣のうろ』か?」

 項垂うなだれたネイトをなじるウィルムたちを尻目に、アルベルトは確認する様に少女へ問いかける。

「名前は知らないが近くに山など無い迷宮だ。遠ざかる時に夢中で走り回っていたし、方角は分からない」
「周囲に山が無いとなると『神獣の祠』か。あの迷宮は森の深奥にあるだけに、情報というものがとても少ないが……」
「昨日組合に行った時は異形の魔物に関する噂は無かったね。森に棲む魔物が活性化してるって話なら沢山あったけど」
「アタシは数日前まで迷宮を出たことがなかった。人の街で話に上がらないのも当然だろう」

 青年たちの疑問に何食わぬ顔で答えたネイトだったが、これは事実の半分である。

 貴重な資源や強力な魔物がいる迷宮は、冒険者にとって危険な場所であると同時に大きな見返りを狙える場所でもある。つまり森の奥深くにあろうとも、危険を省みずに向かい調査や狩猟を行う者たちはいるのだ。

 そういった者たちが何故迷宮にいた異形の魔物に気が付かなかったかといえば、彼女が己のテリトリーに入った異物を排除したからに他ならない。広大な迷宮故に彼女と鉢合わせなかった者も当然いたが、欲をかいて中心付近へ近付いた者たちは全てネイトに殺されていたのだ。

 しかしながら、彼女がこの事実を明るみに出すことはない。

 ここが人族の街である以上、同胞を殺して回ったという情報を伝えることに利点はない。そう考えた彼女が意図的に伏せていたのだ。ロウから魔石を修復されたことで、魔神の魔力と知識を吸収したが故の、したたかな回答である。

「そうか……。拾っちまったし亜竜の素材も売り払っちまったし、一応面倒は見るが。ネイトはこれからどうするつもりなんだ?」

 そんな少女の思惑など露知つゆしらず、アルベルトは彼女の言い分に納得して今後のことへと話を進めた。

「アルベルトたちには魔物への抵抗があるようだし、この少年の庇護ひごを受けるとしよう。既に一匹面倒を見ているのだし、アタシの提案を断りはしまい」

「お前って意外と図々しかったのな。魔物な以上アルベルトたちに任せるのは大変だし、引き受けるけどさ」
「悪いな、ロウ。後で素材売り払った分の金を渡すから、ネイトの生活費にしてやってくれ。それと……レルミナもこの宿に泊まってるから、セルケトとは会わせないように注意しろよ?」

「我の尾を斬り落としたあの女か。ふっ、今となっては指一本でひねり潰せよう」
「アホなこと言ってんじゃねえ。忠告ありがとうございます、アルベルト。レルミナさんもきてるとは思ってなかったので気を付けます」

 ベッドの縁で得意げな表情を浮かべるセルケトを黙らせたロウは、アルベルトたちに礼を伝え部屋を出ていく背を見送った。

「ふぃ~。一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったか」

「ようやく茶番ちゃばんが終わったか。ロウ、飯にせい」
「流石ウィルム、いつでも他人事極まってんな。じゃあえっと、ネイトだっけ? お前も食事にする?」
「大して腹は空いていないが、あるというのなら食べておこう」
「ほいほいっと。じゃあ食べながら自己紹介していくか」

 少女の答えを聞いた少年は、脳内で如何にして異空間の住人たちに説明を行うかを思案しつつ門を創る。

「っ!?」

「この中で食事をとるけど、あんまり騒がないようになー」

(やはりあの魔物の面倒を見ることになりましたね)
(てっきり町の外で出くわすものと思っていたが、人の街でばったり会うなんてのは予想できなかったな)
(ウィルムもそうだったけど、お前らも本当他人事だよな)

 目の前に開かれた白い門に驚愕する少女をよそに、感想を述べるばかりの曲刀たち。

 どちらの反応も軽く流したロウは、戸締りを行い異空間へと入っていった。
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