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第七章 混沌の交易都市
7-17 黒刀銀刀偃月刀
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曇天の交易都市。その中心部を屋根伝いで歩くロウは珍しく一人だ。
とはいっても、少年の相棒である曲刀たちも彼に同行している。一人ではあるが一人ではない、彼がここリマージュを出奔した時と同じメンバーである。
「──流石に貴族街となると一般人じゃ入れないか」
(衛兵の言い分だと普段は入れるみたいだったけどな。竜やお前さんが暴れた影響だろう)
(それに加えて「再誕の炎」……竜信仰の一団の活動も警戒しているのでしょう)
「その一団が貴族街に都市の中心、ここ貴族街にいるって話だけども。流石に今日見つけるのは難しいかなー」
そんな面子で雑談しつつ屋根から屋根へと飛び移っていくロウは、魔力探知を駆使して大きな屋敷を数件丸ごと詳らかにしていく。
せかせかと動き回る魔力、魔術ないし魔道具を使い何事かをしている魔力。何かに励んでいるのか、重なり合って動く魔力。人や道具の放つ様々な魔力を感知によって把握し、それらの中で怪しいものを探す少年。
「……普通に生活してるだけっぽい魔力しかないなー」
一時間ほど隠密行動を行い中心区域をぐるりと回ったロウだったが、どこも大人数で集まっているようなところはなかった。
(竜信仰の一団の代表というものも普段から集団で行動しているとも限りませんし、そう簡単にはいかないでしょうね)
「むーん、それもそうか。その代表が一人で行動してるんなら探知したって分かりっこないしなあ」
(明日あの犬人族が会いに行くと言っていたし、その後をつけるのが一番確実かもな)
「それが吉かね──ん?」
調査を切り上げようとしたロウだったが──不意に気の抜けていた表情を鋭くする。遠く離れたリマージュ行政府の建物に、己と同じようにして屋根の上に立つ人物をみとめたからだ。
少年が視界に捉えたのは、己より幾つか年齢が上と思われる黒髪ツインテールで褐色な美少女。
瞑想でもしているかのように直立不動で眼を閉じる彼女は、異国情緒漂う顔立ちながらもこの上なく端麗。遥か遠方だというのに、ロウはしばし呼吸も忘れ、その絵画世界から抜け出したような美貌に見入ってしまう。
「──さっきまでいなかったよな、あの褐色の子。いつの間に」
(これだけ離れてりゃ気が付かないこともあるだろう。それに、まさか屋根の上にいるとも思わないだろうし、意識の盲点にもなる。というか、お前さんの魔力感知には引っ掛からなかったのか?)
「引っ掛かってないな。今も全く感知できん。本気で気配を消したセルケト並みだ。目で見ないと分からんぞ」
(ロウが感知できないというのは異常事態ですね。あの少女と接触するのですか?)
「いや、こんな曇り空の屋根の上で突っ立てる子なんて、絶対ヤバい奴じゃん。関わらん方がよかろう」
((……))
己のことは全く棚上げした発言に曲刀たちは呆れ果てたが、それをさらりと流した少年は身を翻す。
──しかし。
彼が振り向いた先には、遠方にいたはずの黒髪美少女の姿。
それも、幅広の刃を具える青白い偃月刀を携え振りかぶる。
のみならず、深紅の魔力を伴って。
「私をヤバい奴呼ばわりするなんて、いい度胸ねー? 坊や」
「──うおッ!?」((!?))
妖しい微笑と共に振り下ろされた少女の凶刃が、即応した少年の銀刀とぶつかり合い──貴族屋敷ごと両断する重撃が、少年を壁面へと吹き飛ばす。
それすなわち、魔神同士のぶつかり合いを告げるのろしだった。
◇◆◇◆
「──ぐおッほぉ……。あのヤバい女、魔神、かよッ!?」
偃月刀の振り下ろしを銀刀抜き打ちで受け止めたロウは派手にぶっ飛び、不幸にも巻き込まれた屋敷の壁を豪快に破壊した──が、無傷。
神なる反射速度で蹴りと肘を壁に見舞い、衝突寸前に勢いを和らげた結果であった。
「!? 地震か!?」
「だ、旦那様、申し訳ありません。奥様のティーカップが……」
「壁に亀裂が!?」
「まさか、私たちにも『再誕の炎』の魔手が?」
他方、魔神の一撃により半壊してしまった屋敷の住人はといえば、訳の分からぬ現状に半狂乱で叫んでいた。幸か不幸か瓦礫が通路を塞いでいたため、被害の中心地たる少年の下へ近付く者はいない。
「けほ……あのイカレ女が元凶とはいえ、なんか悪いことしちまったな。これ以上は巻き込まないようにしないと」
軽く咳き込みながら瓦礫から起き上がったロウは、内心で謝罪しつつも彼らの目につかぬよう移動を開始。場所を移し、半壊した屋敷の人気がないフロアへ転がり込む。
(馬鹿な。あいつはスピカか!?)
(俄かには信じられませんが、どうも彼女であったようです。今のサルガスと真っ向から打ち合える大刀など、そう無いでしょう)
住人たちを襲った突然の悲劇に同情する少年と対照的に、奇襲による衝撃が抜けた曲刀たちは興奮気味に意見の共有を始めた。
「ああん? あのクレイジーな女、スピカっていうのか。お前ら魔神と知り合いかよ。呼び捨てていいの?」
(いや、女の方じゃなくて女が持ってる大刀の方だ。アレは俺たちと同じ──)
「──うっそ。まだ生きてるんだ? やるねー」
「!?」
会話中断、斬撃縦断。
少年の頭上より、魔神の少女が飛来する!
「うおあッ!? あぶねえな!」
「およ、これもか。でも、まだまだ!」
脳天目指して垂直落下した刃を、飛び退って回避するロウ。
ところが彼女はまだまだ追撃。軽やかな声と共に手首を返し、少女はゴルフクラブのスイングのように切り返す!
「──ッ!」
「あれ?」
──が、しかし。少年とて魔神である。
それも、数多の死線を潜り頂点たる強者たちに叩き上げられた、歴戦の。
そんな彼にとって、大振りの一撃など魔神の膂力で振るわれようとも恐れるに値しない。
故に少年は腰を屈めて沈み込み、相手の得物を下から摺り上げるようにして受け流す。
どころか、相手の刃を流すと同時に銀刀を片手に持ち替え、空いた逆手で黒刀抜刀。
振り抜いた状態で脇腹を曝す少女に向けて、抜き打ち一閃を叩き込むッ!
「一遍、死にやがれ──ッ!?」
「あっぶなー。いやいや、やるもんだねー」
──どっこい、上体を反らし尽くして逆Uの字型となった少女は、ロウの居合を軟体動物の如き柔軟さで見事に回避。
彼女も魔神。尋常ならざる手合いであった。
魔力の刃が空しく奔り、斬線の入った建物がずるりと動く。
埃を散らし、崩れ行く建造物。
身体を反らせたまま腰をぐるりと回し、偃月刀を半月状に薙ぎ払う褐色少女。
抜き打ったままに銀刀黒刀の二刀流へ移行して、迫る刃を真正面から食い止める褐色少年。
「「──!」」
甲高いというよりは重く鈍い音を響かせて、両者が刃を切り結ぶ。
しかしそれも束の間、ロウは振り抜かれた偃月刀に仰け反らされてしまった。
「ぬぐおッ!?」
「よっと!」
力負けした事実に目を剥く少年だが、対する少女は攻め手を更に加速させる。
「はっはっはー! 踊れ踊れぇ!」
(疾ッ! 多ッ! 重ッ!? 慣れねえ二刀じゃ、厳しいが。持ち替える暇もありゃしねえ!)
艶やかな黒のツインテールを躍らせる彼女なれど、その攻撃は舞踊などとは評せぬ無骨な重撃。斬撃の余波だけで床や壁面が抉れ吹き飛び、建物を崩壊寸前に追い込むほどだ。
「おぉッ!」
「おぉっ?」
その剛撃の只中へ、二刀を振るうロウは力ずくで踏み入っていく。
勢いの乗った振り下ろしは、内側からの二刀斬撃で弾き飛ばし。
連続回転による薙ぎ払い連撃には、二刀を使って広く守って、捌くと同時に自身も回転。小柄な身体を存分に生かし、衝撃を逃がしてやり過ごす。
瓦礫吹き飛び火花舞い散る中、服を振り乱しつつもじわりと詰める褐色少年。褐色少女はそれを見て、笑みをこぼして軽やかに語る。
「ねっ。ちょっと、楽しくなってきたんだけど!」
「知るかッ、この、イカレ女がァッ!」
ついに偃月刀を両刀で絡めとったロウは、問答無用と少女を蹴り飛ばす!
「ノリ悪ー」
得物の柄で受けた少女が、建物外に吹き飛ばされたところで──戦場となった建物が完全に倒壊した。
「おっとっと。ま、いいや。ノリ悪くても楽しいし、もっと続けよー──って、集まってきたかー」
吹き飛んだ先の庭園で青白い偃月刀を演舞のように振るい、衝撃波で周囲の芝生を禿げ上がらせていた少女だったが──人の気配を感じ取ると意気が消沈。黒いツインテールを揺らして美しい顔に不満げな表情を浮かべる。
「残念だけどしゃーなしだね。じゃあねー強い坊や。また会ったら続きやろっ!」
「な、何事だッ!?」
「旦那様、今度は奥様のパスタ皿がっ!」
「何の騒ぎだ、これは!?」
「また奴らの仕業か!」
慌ただしさを増す周囲を見回し一方的な別離を突きつけた少女は、漆黒の空間魔法を構築してその場を離脱。ロウはただ一人取り残されてしまう。
「訳分らん。なんだったんだ、あいつ」
(俺も全く分からんが、今はそれどころじゃないだろ。姿隠さないと不味いぜ)
(瓦礫に埋まっている人もいるようですし、助けた方が良いかもしれません)
「そうだな、まずは助けないと。……戦闘があったって説明するわけにもいかないし、俺は偶然居合わせただけってことにするか」
黒刀の提案を受け入れた少年は巻き込まれた住人たちの救助へとまわった。
その場に集まってきた衛兵たちと救助活動を行ったロウは、住人から感謝されたり衛兵から事情を聴取されたりとしばし時間をとられる。
長く続いた聴取が終わったのは、辺りも真っ暗となった夜中の八時ごろ。中央区の内外を隔てる城門も閉まる時間だったため、少年は夜間警備兵の休憩室を借りそのまま一夜を明かすこととなった。
◇◆◇◆
翌日。
衛兵たちの目を盗んで鍛錬を終えたロウは、竜信仰の一団のことや街の陰鬱な空気について彼らに聞き、城門が開くまでの時間を潰していく。
「『再誕の炎』か。竜の怒りを鎮めるために金品を差し出せとか、生贄を捧げろとか過激なことばかり言うし、つい先日には誘拐未遂事件まで起こしたんだ。危険極まりない連中だよ。昨日の一件だって、あいつらが絡んでたんじゃないかっていうのがもっぱらの噂だ」
「誘拐未遂に昨日の大爆発にと貴族が住む中央区が標的になったもんだから、『再誕の炎』を容認してた貴族連中は泡食って排斥派に取り入ってるみたいだな」
「その空気が伝播したのか、街の方でも昨日から排斥の声が高まってきてるみたいだぞ。君を聴取してたから俺は知らんが、城門の前に集まった市民たちが警備兵長に嘆願したそうだ」
休憩時間が暇なのか、衛兵たちも少年の質問にすらすらと答えた。
彼らから得た情報により推移していく状況の先を考えたロウは、早くも今日が山場になるのだろうと予測する。
(今日「黒の番犬」が「再誕の炎」の代表と会うって話だけど。排斥の空気を受け入れるにしても抗うにしても、何らかの行動を起こしそうだな。昨日戦ったあの魔神の動きも気になるが……)
(ロウ。昨日言いそびれたが、襲ってきた女が持っていた大刀は俺たちの姉弟、意志ある武器だ)
「は? マジ?」
「ん? 坊主、どうかしたのか?」
「いえ、すみません。ちょっとやり残してた仕事を思い出しちゃって」
「ああ、坊主は小さいのに冒険者だったか。仕事熱心なもんだな」
銀刀のもたらした情報でうっかり声を漏らすほど驚いた少年だったが、素早く且つ雑に誤魔化して事なきを得る。
(お前さんでもやっぱり驚くか)
(そりゃあ驚くわ。お前らって魔族に打たれたんだろ? それが人の世の、しかも魔神の手にあるとなったらなあ)
(あの大刀……スピカは、私たちとは異なり魔族の王へ献上されたはずです。そこから更に魔神の下へと渡ったのかもしれませんね)
(なるほど。その大刀と話はできたのか? 初対面だからそんな暇なかったか)
黒刀の言葉を受けて曲刀たちが盗難にあったという逸話を思い出した少年は、なんとなしに話題の転換を図った。
(私たちは彼女を知っていますが、ハダルの手元を離れた彼女は私たちのことを知りません。ですから、念話で話しかけても取り合ってもらえませんでした)
(ああ、後から打たれた姉弟のことなんてあっちは知りようがないのか。生き別れた姉弟が悲劇の再会を果たしたー的な)
(俺たちの親たるハダルの作品ではあるが、あんな魔神の手にあるようなら叩き折ってやっても構わんぞ、ロウ。どうせ意志ある武器なら折れたくらいじゃ死なないしな)
(お、おう。サルガスってよく分からないところで暴力的だよな。肉親相手にそれはちょっと引くわ)
(竜や魔神を殴り飛ばしてきたお前さんがそれを言うか?)
ロウが銀刀の容赦なく叩っ斬る宣言に戦慄している内に、開門を告げる鐘が鳴り響く。
「それじゃあ、お世話になりました」
「おう。気を付けて帰れよー」「じゃあなー坊主」
気のいい衛兵たちと別れた少年は、放置してきた竜たちが問題を起こしていないか不安に思いつつも、宿への帰路についたのだった。
とはいっても、少年の相棒である曲刀たちも彼に同行している。一人ではあるが一人ではない、彼がここリマージュを出奔した時と同じメンバーである。
「──流石に貴族街となると一般人じゃ入れないか」
(衛兵の言い分だと普段は入れるみたいだったけどな。竜やお前さんが暴れた影響だろう)
(それに加えて「再誕の炎」……竜信仰の一団の活動も警戒しているのでしょう)
「その一団が貴族街に都市の中心、ここ貴族街にいるって話だけども。流石に今日見つけるのは難しいかなー」
そんな面子で雑談しつつ屋根から屋根へと飛び移っていくロウは、魔力探知を駆使して大きな屋敷を数件丸ごと詳らかにしていく。
せかせかと動き回る魔力、魔術ないし魔道具を使い何事かをしている魔力。何かに励んでいるのか、重なり合って動く魔力。人や道具の放つ様々な魔力を感知によって把握し、それらの中で怪しいものを探す少年。
「……普通に生活してるだけっぽい魔力しかないなー」
一時間ほど隠密行動を行い中心区域をぐるりと回ったロウだったが、どこも大人数で集まっているようなところはなかった。
(竜信仰の一団の代表というものも普段から集団で行動しているとも限りませんし、そう簡単にはいかないでしょうね)
「むーん、それもそうか。その代表が一人で行動してるんなら探知したって分かりっこないしなあ」
(明日あの犬人族が会いに行くと言っていたし、その後をつけるのが一番確実かもな)
「それが吉かね──ん?」
調査を切り上げようとしたロウだったが──不意に気の抜けていた表情を鋭くする。遠く離れたリマージュ行政府の建物に、己と同じようにして屋根の上に立つ人物をみとめたからだ。
少年が視界に捉えたのは、己より幾つか年齢が上と思われる黒髪ツインテールで褐色な美少女。
瞑想でもしているかのように直立不動で眼を閉じる彼女は、異国情緒漂う顔立ちながらもこの上なく端麗。遥か遠方だというのに、ロウはしばし呼吸も忘れ、その絵画世界から抜け出したような美貌に見入ってしまう。
「──さっきまでいなかったよな、あの褐色の子。いつの間に」
(これだけ離れてりゃ気が付かないこともあるだろう。それに、まさか屋根の上にいるとも思わないだろうし、意識の盲点にもなる。というか、お前さんの魔力感知には引っ掛からなかったのか?)
「引っ掛かってないな。今も全く感知できん。本気で気配を消したセルケト並みだ。目で見ないと分からんぞ」
(ロウが感知できないというのは異常事態ですね。あの少女と接触するのですか?)
「いや、こんな曇り空の屋根の上で突っ立てる子なんて、絶対ヤバい奴じゃん。関わらん方がよかろう」
((……))
己のことは全く棚上げした発言に曲刀たちは呆れ果てたが、それをさらりと流した少年は身を翻す。
──しかし。
彼が振り向いた先には、遠方にいたはずの黒髪美少女の姿。
それも、幅広の刃を具える青白い偃月刀を携え振りかぶる。
のみならず、深紅の魔力を伴って。
「私をヤバい奴呼ばわりするなんて、いい度胸ねー? 坊や」
「──うおッ!?」((!?))
妖しい微笑と共に振り下ろされた少女の凶刃が、即応した少年の銀刀とぶつかり合い──貴族屋敷ごと両断する重撃が、少年を壁面へと吹き飛ばす。
それすなわち、魔神同士のぶつかり合いを告げるのろしだった。
◇◆◇◆
「──ぐおッほぉ……。あのヤバい女、魔神、かよッ!?」
偃月刀の振り下ろしを銀刀抜き打ちで受け止めたロウは派手にぶっ飛び、不幸にも巻き込まれた屋敷の壁を豪快に破壊した──が、無傷。
神なる反射速度で蹴りと肘を壁に見舞い、衝突寸前に勢いを和らげた結果であった。
「!? 地震か!?」
「だ、旦那様、申し訳ありません。奥様のティーカップが……」
「壁に亀裂が!?」
「まさか、私たちにも『再誕の炎』の魔手が?」
他方、魔神の一撃により半壊してしまった屋敷の住人はといえば、訳の分からぬ現状に半狂乱で叫んでいた。幸か不幸か瓦礫が通路を塞いでいたため、被害の中心地たる少年の下へ近付く者はいない。
「けほ……あのイカレ女が元凶とはいえ、なんか悪いことしちまったな。これ以上は巻き込まないようにしないと」
軽く咳き込みながら瓦礫から起き上がったロウは、内心で謝罪しつつも彼らの目につかぬよう移動を開始。場所を移し、半壊した屋敷の人気がないフロアへ転がり込む。
(馬鹿な。あいつはスピカか!?)
(俄かには信じられませんが、どうも彼女であったようです。今のサルガスと真っ向から打ち合える大刀など、そう無いでしょう)
住人たちを襲った突然の悲劇に同情する少年と対照的に、奇襲による衝撃が抜けた曲刀たちは興奮気味に意見の共有を始めた。
「ああん? あのクレイジーな女、スピカっていうのか。お前ら魔神と知り合いかよ。呼び捨てていいの?」
(いや、女の方じゃなくて女が持ってる大刀の方だ。アレは俺たちと同じ──)
「──うっそ。まだ生きてるんだ? やるねー」
「!?」
会話中断、斬撃縦断。
少年の頭上より、魔神の少女が飛来する!
「うおあッ!? あぶねえな!」
「およ、これもか。でも、まだまだ!」
脳天目指して垂直落下した刃を、飛び退って回避するロウ。
ところが彼女はまだまだ追撃。軽やかな声と共に手首を返し、少女はゴルフクラブのスイングのように切り返す!
「──ッ!」
「あれ?」
──が、しかし。少年とて魔神である。
それも、数多の死線を潜り頂点たる強者たちに叩き上げられた、歴戦の。
そんな彼にとって、大振りの一撃など魔神の膂力で振るわれようとも恐れるに値しない。
故に少年は腰を屈めて沈み込み、相手の得物を下から摺り上げるようにして受け流す。
どころか、相手の刃を流すと同時に銀刀を片手に持ち替え、空いた逆手で黒刀抜刀。
振り抜いた状態で脇腹を曝す少女に向けて、抜き打ち一閃を叩き込むッ!
「一遍、死にやがれ──ッ!?」
「あっぶなー。いやいや、やるもんだねー」
──どっこい、上体を反らし尽くして逆Uの字型となった少女は、ロウの居合を軟体動物の如き柔軟さで見事に回避。
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魔力の刃が空しく奔り、斬線の入った建物がずるりと動く。
埃を散らし、崩れ行く建造物。
身体を反らせたまま腰をぐるりと回し、偃月刀を半月状に薙ぎ払う褐色少女。
抜き打ったままに銀刀黒刀の二刀流へ移行して、迫る刃を真正面から食い止める褐色少年。
「「──!」」
甲高いというよりは重く鈍い音を響かせて、両者が刃を切り結ぶ。
しかしそれも束の間、ロウは振り抜かれた偃月刀に仰け反らされてしまった。
「ぬぐおッ!?」
「よっと!」
力負けした事実に目を剥く少年だが、対する少女は攻め手を更に加速させる。
「はっはっはー! 踊れ踊れぇ!」
(疾ッ! 多ッ! 重ッ!? 慣れねえ二刀じゃ、厳しいが。持ち替える暇もありゃしねえ!)
艶やかな黒のツインテールを躍らせる彼女なれど、その攻撃は舞踊などとは評せぬ無骨な重撃。斬撃の余波だけで床や壁面が抉れ吹き飛び、建物を崩壊寸前に追い込むほどだ。
「おぉッ!」
「おぉっ?」
その剛撃の只中へ、二刀を振るうロウは力ずくで踏み入っていく。
勢いの乗った振り下ろしは、内側からの二刀斬撃で弾き飛ばし。
連続回転による薙ぎ払い連撃には、二刀を使って広く守って、捌くと同時に自身も回転。小柄な身体を存分に生かし、衝撃を逃がしてやり過ごす。
瓦礫吹き飛び火花舞い散る中、服を振り乱しつつもじわりと詰める褐色少年。褐色少女はそれを見て、笑みをこぼして軽やかに語る。
「ねっ。ちょっと、楽しくなってきたんだけど!」
「知るかッ、この、イカレ女がァッ!」
ついに偃月刀を両刀で絡めとったロウは、問答無用と少女を蹴り飛ばす!
「ノリ悪ー」
得物の柄で受けた少女が、建物外に吹き飛ばされたところで──戦場となった建物が完全に倒壊した。
「おっとっと。ま、いいや。ノリ悪くても楽しいし、もっと続けよー──って、集まってきたかー」
吹き飛んだ先の庭園で青白い偃月刀を演舞のように振るい、衝撃波で周囲の芝生を禿げ上がらせていた少女だったが──人の気配を感じ取ると意気が消沈。黒いツインテールを揺らして美しい顔に不満げな表情を浮かべる。
「残念だけどしゃーなしだね。じゃあねー強い坊や。また会ったら続きやろっ!」
「な、何事だッ!?」
「旦那様、今度は奥様のパスタ皿がっ!」
「何の騒ぎだ、これは!?」
「また奴らの仕業か!」
慌ただしさを増す周囲を見回し一方的な別離を突きつけた少女は、漆黒の空間魔法を構築してその場を離脱。ロウはただ一人取り残されてしまう。
「訳分らん。なんだったんだ、あいつ」
(俺も全く分からんが、今はそれどころじゃないだろ。姿隠さないと不味いぜ)
(瓦礫に埋まっている人もいるようですし、助けた方が良いかもしれません)
「そうだな、まずは助けないと。……戦闘があったって説明するわけにもいかないし、俺は偶然居合わせただけってことにするか」
黒刀の提案を受け入れた少年は巻き込まれた住人たちの救助へとまわった。
その場に集まってきた衛兵たちと救助活動を行ったロウは、住人から感謝されたり衛兵から事情を聴取されたりとしばし時間をとられる。
長く続いた聴取が終わったのは、辺りも真っ暗となった夜中の八時ごろ。中央区の内外を隔てる城門も閉まる時間だったため、少年は夜間警備兵の休憩室を借りそのまま一夜を明かすこととなった。
◇◆◇◆
翌日。
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「『再誕の炎』か。竜の怒りを鎮めるために金品を差し出せとか、生贄を捧げろとか過激なことばかり言うし、つい先日には誘拐未遂事件まで起こしたんだ。危険極まりない連中だよ。昨日の一件だって、あいつらが絡んでたんじゃないかっていうのがもっぱらの噂だ」
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「その空気が伝播したのか、街の方でも昨日から排斥の声が高まってきてるみたいだぞ。君を聴取してたから俺は知らんが、城門の前に集まった市民たちが警備兵長に嘆願したそうだ」
休憩時間が暇なのか、衛兵たちも少年の質問にすらすらと答えた。
彼らから得た情報により推移していく状況の先を考えたロウは、早くも今日が山場になるのだろうと予測する。
(今日「黒の番犬」が「再誕の炎」の代表と会うって話だけど。排斥の空気を受け入れるにしても抗うにしても、何らかの行動を起こしそうだな。昨日戦ったあの魔神の動きも気になるが……)
(ロウ。昨日言いそびれたが、襲ってきた女が持っていた大刀は俺たちの姉弟、意志ある武器だ)
「は? マジ?」
「ん? 坊主、どうかしたのか?」
「いえ、すみません。ちょっとやり残してた仕事を思い出しちゃって」
「ああ、坊主は小さいのに冒険者だったか。仕事熱心なもんだな」
銀刀のもたらした情報でうっかり声を漏らすほど驚いた少年だったが、素早く且つ雑に誤魔化して事なきを得る。
(お前さんでもやっぱり驚くか)
(そりゃあ驚くわ。お前らって魔族に打たれたんだろ? それが人の世の、しかも魔神の手にあるとなったらなあ)
(あの大刀……スピカは、私たちとは異なり魔族の王へ献上されたはずです。そこから更に魔神の下へと渡ったのかもしれませんね)
(なるほど。その大刀と話はできたのか? 初対面だからそんな暇なかったか)
黒刀の言葉を受けて曲刀たちが盗難にあったという逸話を思い出した少年は、なんとなしに話題の転換を図った。
(私たちは彼女を知っていますが、ハダルの手元を離れた彼女は私たちのことを知りません。ですから、念話で話しかけても取り合ってもらえませんでした)
(ああ、後から打たれた姉弟のことなんてあっちは知りようがないのか。生き別れた姉弟が悲劇の再会を果たしたー的な)
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(お、おう。サルガスってよく分からないところで暴力的だよな。肉親相手にそれはちょっと引くわ)
(竜や魔神を殴り飛ばしてきたお前さんがそれを言うか?)
ロウが銀刀の容赦なく叩っ斬る宣言に戦慄している内に、開門を告げる鐘が鳴り響く。
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これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
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勤続10年目10度目のレベルアップ。
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なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
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基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
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