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第7話 ~帰路~
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「いやー、やっぱり強いですね。ここだけの話、余裕で勝てるつもりだったんですけれど」
「本人に向かって話している時点で、ここだけの話は成立しないからな」
「まあまあ、言葉の綾ってやつですよ。あんまり揚げ足取りばかりだと、嫌われちゃいますよ? この不肖、美少女に!」
「全く見当たらないが、君は現実世界でも特殊なスキルを習得しているのか?」
「おおっと。『黙っていれば可愛いランキング』上位入賞が予想される私に向かって喧嘩を売ろうとはいい度胸ですね! その心意気もセットで買いましょう!」
「……はぁ」
「はい、溜息禁止!」
二人で昇降口へと歩を進めながら、軽口を叩き合う。
試合は白雪の勝利で終了。下校時刻を過ぎていたので、すぐにログアウトして部室を後にした。
「それにしても、暁先生は何処へ行ったんでしょう?」
「さあな。見回りにでも出ているんじゃないのか」
「明日からの活動許可をもらいたかったんですけどね」
「……世間一般的にはゴールデンウィークなんだが」
「関係ありません! わたしのモチベーションはハリケーン! 青春は待ってくれないんです!」
ぐっと両手を握りしめて、力強く宣言する。
つまりは他の部活動に倣って、休日返上で練習に打ち込もうというわけか。特に予定はないから構わないけれど。
「……まあいい。暁先生には俺から確認しておく。リアテンドも返さないといけないしな」
「了解です! 連絡はさっき教えたアドレスにお願いしますね。……と、彼にも伝えとかなきゃ」
「もう一人の部員か?」
記憶が正しければ、俺を含めて三人集まったからこそ部として認可されたはずだ。つまり白雪以外にも後一人、峯ヶ崎学園に入学しておきながらFBをやりたがる物好きがいるわけで。
「ですです。ウィルくんなんですけど……覚えてないですよね?」
「舐められたもんだな。君は俺を馬鹿にしすぎだ」
「散々わたしを罵倒しておいて、なぜ堂々としていられるんでしょう……」
「全く記憶にない」
「しかも想像通りじゃないですか!」
そんなに驚くことじゃないだろうに。
……しかし、ウィルくん? やけに変な名前だな。
「ちなみに、どんな奴なんだ? 名前からして嫌な予感しかしないんだが」
「うーん……、一言で表すならかなり強烈な男の子、ですかね」
「それは君よりもか?」
「え? わたしはとてもノーマルですよ? ですよね?」
ぐいぐい詰め寄ってくるな。近いしウザい。
白雪が自分のことを過小評価している点も問題だが、彼女が強烈と形容するのであれば、かなりの変人だということは間違いないだろう。
「ねえ、不知火くん。目を逸らしてないで答えて下さいよ。ねえねえねえ」
「悪い。何だって?」
「……はぁ。これだから難聴系主人公は」
「溜息は禁止じゃなかったのか?」
「揚げ足取りには余念がないですね!?」
そんなこんなで中身のない話をしている内に、校門にたどり着く。他の部活動は定刻で下校したのか、周囲に生徒の姿は見当たらなかった。
「さて、わたしは駅の方なんですけれど、不知火くんは逆方向ですよね」
「どうして知っている。もしかしてストーカーの類だったか」
「違いますよ! いつも速攻で帰っているから逆に目立つんです!」
確かに陽姉からの呼び出し地獄に苛まれるまでは、誰よりも早く学校を去っていたからな。その様子を見られていたということか。
「それじゃ、また明日! ……かどうか、ちゃんと教えて下さいね!」
変わらず快活に言い残し、西日へ向かって踏み出そうとした白雪の背中に――
「……聞かないのか?」
「ふぇ?」
無意識のうちに、言葉を投げ掛けてしまった。
白雪は理解したはずだ。俺が試合に勝てないプレイヤーだということを。あれほどに決定的な勝機を、例え初心者でも逃すべくもない勝利を、自ら放棄したのだから。
FBプレイヤーとして決定的に致命的な問題を、試合後から彼女は言及しようとしない。いや、意図的に避けているとまで思える。デリケートな事項だと判断して、気を遣っているだけかもしれない。けれど――
『不知火くんは、大丈夫ですか?』
試合前に待機空間での言葉が、すべてを見透かしたかのような表情が、白雪らしからぬ姿が、どうしても頭から離れなかった。こんな曖昧な感情を持ち越すのは信条に反する。
「悪い、単に興味がないだけなら――」
「怖かったんです」
「……え?」
予想外の言葉と共に振り返った白雪は、茶髪を揺らしながら、揺るぎない眼差しで。
「わたし、今日とっても楽しかった。Fantasy Battleを始めてから一番。これからも不知火くんと戦いたいし、色々と教えて欲しいんです。でも――」
心を奮い立たせるかのように、胸の前で両手を強く握りしめて紡ぐ。
「不知火くんがもしも二度とプレイしたくないなら……わたしには止める権利はありませんから。だから、曖昧にしておけば、これからも付き合ってくれるかなって……思って……」
尻すぼみに、消え入りそうな声で吐露した想いは、きっと本心なのだろう。正直、どうして俺なのかは皆目見当もつかない。
少なくとも、俺の知る限りでは白雪との間に繋がりなんて無いのだから。
だとしても、たった数時間の付き合いだけれど、彼女の一挙手一投足からFBへの情熱が嫌というほど伝わってきた。かつての俺たちのように。
「……君は要所要所で神経質なんだな」
「あはは、すみません。キャラが定まっていなくて」
「余計なことに気をまわしすぎるな。胃に穴が開いても知らないぞ」
「あの、これでもわたし、真剣に話しているつもりなんですけれど……」
「だから、そういうことだ」
「はい?」
まったく、察しが悪い奴だな。
「俺はマゾヒズムじゃないからな。嫌なことはハッキリ断る」
「それって――」
「練習には付き合うよ。ただし、試合形式は遠慮してくれ。勝敗の決まったゲームなんてお互いにメリットがないからな」
俺からすれば当然の回答。陽姉に入部先を決めさせておいて、気に入らなかったからサヨウナラなんて無責任が過ぎる。
それに、白雪との戦闘を楽しんでいた自分がいたのも事実で。……調子に乗る姿が目に浮かぶので、断じて伝えるつもりはないが。
「……ホント……ですか?」
「俺は冗談は言っても嘘は吐かない」
「本当に、屁理屈ばっかり」
口に手を添えて、クスリと微笑む。声を張り上げるでもなく、感情を殺したわけでもない、素のリアクションにようやく彼女の本質を垣間見た気がした。
「了解しました! もう変に気遣ったりしません! 不知火くんからアクションがあるまで、知らぬ存ぜぬを貫き通しますから、覚悟してくださいねッ!」
「ああ、容赦なく鍛えてやるから覚悟しておくんだな」
「ふふん、すぐに追い抜いてやります! じゃ、今度こそまた明日です!」
そう言い放つと、俺が返事をする間もなく駅の方へと駆けて行った。その姿を校門の前で見送り、俺も踵を返して帰路についた――その時。
ピコンと聞き馴染みのある電子音が再生されたのと同時に、視界に受信メッセージが表示された。
From:羽美ちゃん
Title:例の件について
……しまった。リアテンドを装着したままだ。俺は急いで端末を首から外し電源をオフにする。というか、通知設定くらい切っておけよ陽姉。
幸いメール形式での連絡だったので、内容まで踏み込むことにはならなかった。けれど、なんとも意味深なタイトルを完全に記憶から除外するのは困難で。
羽美と陽姉も昔馴染みなので、連絡を取り合っていること自体に不思議はないし、俺の知るところではないのだけれど。俺をFB部へ放り込んだ、陽姉にしてはやや強引な行動が妙に引っ掛かっていた。
……まさかな。
自然と頭に浮かび上がった、しかし到底ありえない可能性を振り払うために、今日の出来事を思い返す。
白雪奏音。天真爛漫、明朗快活、底抜けの明るさを持ちながらも、どこか掴みどころのない女子。わざわざFB部を立ち上げようと一か月間奮闘していたようだし、伊達や酔狂ではなく本気で全国大会を目指しているのだろう。
「全国大会……か」
独り言ち、不意に空を見上げる。
そこには三人で誓い合った時と何ら違いのない、仮想世界と全く同じ、赤く染まった空が、海が、世界を包み込んでいた。
「本人に向かって話している時点で、ここだけの話は成立しないからな」
「まあまあ、言葉の綾ってやつですよ。あんまり揚げ足取りばかりだと、嫌われちゃいますよ? この不肖、美少女に!」
「全く見当たらないが、君は現実世界でも特殊なスキルを習得しているのか?」
「おおっと。『黙っていれば可愛いランキング』上位入賞が予想される私に向かって喧嘩を売ろうとはいい度胸ですね! その心意気もセットで買いましょう!」
「……はぁ」
「はい、溜息禁止!」
二人で昇降口へと歩を進めながら、軽口を叩き合う。
試合は白雪の勝利で終了。下校時刻を過ぎていたので、すぐにログアウトして部室を後にした。
「それにしても、暁先生は何処へ行ったんでしょう?」
「さあな。見回りにでも出ているんじゃないのか」
「明日からの活動許可をもらいたかったんですけどね」
「……世間一般的にはゴールデンウィークなんだが」
「関係ありません! わたしのモチベーションはハリケーン! 青春は待ってくれないんです!」
ぐっと両手を握りしめて、力強く宣言する。
つまりは他の部活動に倣って、休日返上で練習に打ち込もうというわけか。特に予定はないから構わないけれど。
「……まあいい。暁先生には俺から確認しておく。リアテンドも返さないといけないしな」
「了解です! 連絡はさっき教えたアドレスにお願いしますね。……と、彼にも伝えとかなきゃ」
「もう一人の部員か?」
記憶が正しければ、俺を含めて三人集まったからこそ部として認可されたはずだ。つまり白雪以外にも後一人、峯ヶ崎学園に入学しておきながらFBをやりたがる物好きがいるわけで。
「ですです。ウィルくんなんですけど……覚えてないですよね?」
「舐められたもんだな。君は俺を馬鹿にしすぎだ」
「散々わたしを罵倒しておいて、なぜ堂々としていられるんでしょう……」
「全く記憶にない」
「しかも想像通りじゃないですか!」
そんなに驚くことじゃないだろうに。
……しかし、ウィルくん? やけに変な名前だな。
「ちなみに、どんな奴なんだ? 名前からして嫌な予感しかしないんだが」
「うーん……、一言で表すならかなり強烈な男の子、ですかね」
「それは君よりもか?」
「え? わたしはとてもノーマルですよ? ですよね?」
ぐいぐい詰め寄ってくるな。近いしウザい。
白雪が自分のことを過小評価している点も問題だが、彼女が強烈と形容するのであれば、かなりの変人だということは間違いないだろう。
「ねえ、不知火くん。目を逸らしてないで答えて下さいよ。ねえねえねえ」
「悪い。何だって?」
「……はぁ。これだから難聴系主人公は」
「溜息は禁止じゃなかったのか?」
「揚げ足取りには余念がないですね!?」
そんなこんなで中身のない話をしている内に、校門にたどり着く。他の部活動は定刻で下校したのか、周囲に生徒の姿は見当たらなかった。
「さて、わたしは駅の方なんですけれど、不知火くんは逆方向ですよね」
「どうして知っている。もしかしてストーカーの類だったか」
「違いますよ! いつも速攻で帰っているから逆に目立つんです!」
確かに陽姉からの呼び出し地獄に苛まれるまでは、誰よりも早く学校を去っていたからな。その様子を見られていたということか。
「それじゃ、また明日! ……かどうか、ちゃんと教えて下さいね!」
変わらず快活に言い残し、西日へ向かって踏み出そうとした白雪の背中に――
「……聞かないのか?」
「ふぇ?」
無意識のうちに、言葉を投げ掛けてしまった。
白雪は理解したはずだ。俺が試合に勝てないプレイヤーだということを。あれほどに決定的な勝機を、例え初心者でも逃すべくもない勝利を、自ら放棄したのだから。
FBプレイヤーとして決定的に致命的な問題を、試合後から彼女は言及しようとしない。いや、意図的に避けているとまで思える。デリケートな事項だと判断して、気を遣っているだけかもしれない。けれど――
『不知火くんは、大丈夫ですか?』
試合前に待機空間での言葉が、すべてを見透かしたかのような表情が、白雪らしからぬ姿が、どうしても頭から離れなかった。こんな曖昧な感情を持ち越すのは信条に反する。
「悪い、単に興味がないだけなら――」
「怖かったんです」
「……え?」
予想外の言葉と共に振り返った白雪は、茶髪を揺らしながら、揺るぎない眼差しで。
「わたし、今日とっても楽しかった。Fantasy Battleを始めてから一番。これからも不知火くんと戦いたいし、色々と教えて欲しいんです。でも――」
心を奮い立たせるかのように、胸の前で両手を強く握りしめて紡ぐ。
「不知火くんがもしも二度とプレイしたくないなら……わたしには止める権利はありませんから。だから、曖昧にしておけば、これからも付き合ってくれるかなって……思って……」
尻すぼみに、消え入りそうな声で吐露した想いは、きっと本心なのだろう。正直、どうして俺なのかは皆目見当もつかない。
少なくとも、俺の知る限りでは白雪との間に繋がりなんて無いのだから。
だとしても、たった数時間の付き合いだけれど、彼女の一挙手一投足からFBへの情熱が嫌というほど伝わってきた。かつての俺たちのように。
「……君は要所要所で神経質なんだな」
「あはは、すみません。キャラが定まっていなくて」
「余計なことに気をまわしすぎるな。胃に穴が開いても知らないぞ」
「あの、これでもわたし、真剣に話しているつもりなんですけれど……」
「だから、そういうことだ」
「はい?」
まったく、察しが悪い奴だな。
「俺はマゾヒズムじゃないからな。嫌なことはハッキリ断る」
「それって――」
「練習には付き合うよ。ただし、試合形式は遠慮してくれ。勝敗の決まったゲームなんてお互いにメリットがないからな」
俺からすれば当然の回答。陽姉に入部先を決めさせておいて、気に入らなかったからサヨウナラなんて無責任が過ぎる。
それに、白雪との戦闘を楽しんでいた自分がいたのも事実で。……調子に乗る姿が目に浮かぶので、断じて伝えるつもりはないが。
「……ホント……ですか?」
「俺は冗談は言っても嘘は吐かない」
「本当に、屁理屈ばっかり」
口に手を添えて、クスリと微笑む。声を張り上げるでもなく、感情を殺したわけでもない、素のリアクションにようやく彼女の本質を垣間見た気がした。
「了解しました! もう変に気遣ったりしません! 不知火くんからアクションがあるまで、知らぬ存ぜぬを貫き通しますから、覚悟してくださいねッ!」
「ああ、容赦なく鍛えてやるから覚悟しておくんだな」
「ふふん、すぐに追い抜いてやります! じゃ、今度こそまた明日です!」
そう言い放つと、俺が返事をする間もなく駅の方へと駆けて行った。その姿を校門の前で見送り、俺も踵を返して帰路についた――その時。
ピコンと聞き馴染みのある電子音が再生されたのと同時に、視界に受信メッセージが表示された。
From:羽美ちゃん
Title:例の件について
……しまった。リアテンドを装着したままだ。俺は急いで端末を首から外し電源をオフにする。というか、通知設定くらい切っておけよ陽姉。
幸いメール形式での連絡だったので、内容まで踏み込むことにはならなかった。けれど、なんとも意味深なタイトルを完全に記憶から除外するのは困難で。
羽美と陽姉も昔馴染みなので、連絡を取り合っていること自体に不思議はないし、俺の知るところではないのだけれど。俺をFB部へ放り込んだ、陽姉にしてはやや強引な行動が妙に引っ掛かっていた。
……まさかな。
自然と頭に浮かび上がった、しかし到底ありえない可能性を振り払うために、今日の出来事を思い返す。
白雪奏音。天真爛漫、明朗快活、底抜けの明るさを持ちながらも、どこか掴みどころのない女子。わざわざFB部を立ち上げようと一か月間奮闘していたようだし、伊達や酔狂ではなく本気で全国大会を目指しているのだろう。
「全国大会……か」
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