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消された記憶
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「目に余る秩序の崩壊、──それは、我が国の現状も該当すると考えて宜しいですか……?」
殊更真剣な表情と声色で問うロイドに、ユージーンは肯定も否定も無く、一つ笑みを返した。
「大教会として本格的に調査をするのであれば、ゴルド国王陛下並びに宰相閣下に許諾を頂かねばならない。ですが、今は件の地震の被害対策が急務でしょう。その中で、我々の独断で出来る事は限られます」
ロイドは眉尻を下げ苦い笑みを零す。事実として、やらねばならない事は山積みだ。
国王と宰相は目下、近隣諸国への救援要請の采配と調整に時間を取られている。地震の被害への対策だけでなく、毒を盛られたアリシアの件にしても、ロイド自身今日報告を受けたばかりで、部下に采配はしたものの、本格的に動くのはこれからだ。
「我々が調査をしたからと言って、解決策が提示出来る保証もありません。しかしながら、何も知らなければ先には進めない、いずれにせよ情報を集める事は必要になるでしょう」
ユージーン達は元より招聘された理由から大きく外れて、救援支援の協力にも動いている。
ロイドは答えを急いでしまった事を今になって恥じていた。
「ロイド卿、先程些か説教じみた前提の整理を行ったのは、情報を集める際に、先入観による盲目的な取捨選択を防ぐためです」
顔を上げ瞬きをするロイドに、メイアが補足する。
「人は、自身の立てた仮説に対して、無意識のうちに都合の良い情報ばかりを集めてしまう傾向があります。仮にその結果が正しくとも、重要な情報を見落としてしまう事も」
「なるほど……。肝に銘じておきましょう」
「さて、国の内部に関わる踏み込んだ調査をするなら、少なくとも宰相閣下には裁可を頂かねばならない。ならば、一先ずは動けるところを」
独断での調査が許される範囲、即ち現状においては、大義名分の通る教会の管理下にある治癒士の件に限定して、ユージーン達はロイドに改めて調査の協力を仰いだ。
客間のテーブルの上には、近衛騎士団と王都教会が管理する国内で洗礼を受けた治癒士の名簿が積まれた。
「……猊下、お気付きになりましたか?」
「ああ。……やけに多いな。」
メイアと共に束ねられた名簿の頁を捲りながら、ユージーンは訝しげな顔をしていた。
「多いとは?」
「治癒士の数です。ゴルドの総人口に対して治癒術式を授かっている人数が、恐らく、他国の三倍はおります」
淡々と答えるメイアに、ロイドは首を傾げる。
「そう……なのですか。しかし、水増しするようなものでもありませんし……我が国の王都教会は市井での施療院の設置に尽力しておりました。その影響では?」
「いえ、今はどこの国も国策として内政に力を入れている時勢ですので、その点でゴルド国が極端に特出しているという事は無いでしょう」
メイアが答えると、考え込むように名簿を捲っていたユージーンが手を止めた。
「年齢の若い治癒士が、他国と比較してかなり多い。十年ほど前を境に急激に増えている……」
三人は積み上げられた治癒士の名簿から、毎年洗礼で治癒の力に開花し教会に登録される人数を確認した。
「これが、今回の治癒士の能力喪失に関係しているのでしょうか」
実際に数字を目にするまで、ロイドはそれを把握していなかった事に困惑していた。治癒士は王都治癒院と、教会の運営する市井の施療院に分かれて配属される為に、その総数を意識した事など無かったのは事実だ。
「そればかりはまだ何ともお答え出来ませんが、むしろ、今は増えた原因の方が気に掛かりますね」
ユージーンは名簿を眺めたまま問うた。
「ロイド卿、十年前に何か、前兆あるいは切っ掛けとなるような出来事に覚えはありませんか?」
ロイドは顎に手を当て考え込むようにしばらく沈黙した。しかし次第に眉間に寄せ、表情を強ばらせていく。
「クロヌス猊下」
それから弾かれたような顔を上げると、ユージーンに向き直った。
「私は先程、この城が何らかの呪術に侵されているのでは無いかと、申し上げました。それまで私は、自分はその術の外にある者だと、そう、思っておりました」
顔色を無くしたように白くして、どこか呆然としたような声色は低く、焦りの色が見えた。
「……ですが、今まで思い至らなかった事が、恐ろしい。どうやら──私は、いくつかの記憶が消されているようです」
どこか鬼気迫る告白に、ユージーンとメイアは揃って目を丸くした。
しばらくの間室内に降りた沈黙は、その委細を問う前に、扉を叩く音で破られた。
「失礼致します。ロイド団長、宰相閣下がお呼びです」
宰相の呼び出しは、水の抜けた城の地下水路で死体が見つかったという報せだった。
殊更真剣な表情と声色で問うロイドに、ユージーンは肯定も否定も無く、一つ笑みを返した。
「大教会として本格的に調査をするのであれば、ゴルド国王陛下並びに宰相閣下に許諾を頂かねばならない。ですが、今は件の地震の被害対策が急務でしょう。その中で、我々の独断で出来る事は限られます」
ロイドは眉尻を下げ苦い笑みを零す。事実として、やらねばならない事は山積みだ。
国王と宰相は目下、近隣諸国への救援要請の采配と調整に時間を取られている。地震の被害への対策だけでなく、毒を盛られたアリシアの件にしても、ロイド自身今日報告を受けたばかりで、部下に采配はしたものの、本格的に動くのはこれからだ。
「我々が調査をしたからと言って、解決策が提示出来る保証もありません。しかしながら、何も知らなければ先には進めない、いずれにせよ情報を集める事は必要になるでしょう」
ユージーン達は元より招聘された理由から大きく外れて、救援支援の協力にも動いている。
ロイドは答えを急いでしまった事を今になって恥じていた。
「ロイド卿、先程些か説教じみた前提の整理を行ったのは、情報を集める際に、先入観による盲目的な取捨選択を防ぐためです」
顔を上げ瞬きをするロイドに、メイアが補足する。
「人は、自身の立てた仮説に対して、無意識のうちに都合の良い情報ばかりを集めてしまう傾向があります。仮にその結果が正しくとも、重要な情報を見落としてしまう事も」
「なるほど……。肝に銘じておきましょう」
「さて、国の内部に関わる踏み込んだ調査をするなら、少なくとも宰相閣下には裁可を頂かねばならない。ならば、一先ずは動けるところを」
独断での調査が許される範囲、即ち現状においては、大義名分の通る教会の管理下にある治癒士の件に限定して、ユージーン達はロイドに改めて調査の協力を仰いだ。
客間のテーブルの上には、近衛騎士団と王都教会が管理する国内で洗礼を受けた治癒士の名簿が積まれた。
「……猊下、お気付きになりましたか?」
「ああ。……やけに多いな。」
メイアと共に束ねられた名簿の頁を捲りながら、ユージーンは訝しげな顔をしていた。
「多いとは?」
「治癒士の数です。ゴルドの総人口に対して治癒術式を授かっている人数が、恐らく、他国の三倍はおります」
淡々と答えるメイアに、ロイドは首を傾げる。
「そう……なのですか。しかし、水増しするようなものでもありませんし……我が国の王都教会は市井での施療院の設置に尽力しておりました。その影響では?」
「いえ、今はどこの国も国策として内政に力を入れている時勢ですので、その点でゴルド国が極端に特出しているという事は無いでしょう」
メイアが答えると、考え込むように名簿を捲っていたユージーンが手を止めた。
「年齢の若い治癒士が、他国と比較してかなり多い。十年ほど前を境に急激に増えている……」
三人は積み上げられた治癒士の名簿から、毎年洗礼で治癒の力に開花し教会に登録される人数を確認した。
「これが、今回の治癒士の能力喪失に関係しているのでしょうか」
実際に数字を目にするまで、ロイドはそれを把握していなかった事に困惑していた。治癒士は王都治癒院と、教会の運営する市井の施療院に分かれて配属される為に、その総数を意識した事など無かったのは事実だ。
「そればかりはまだ何ともお答え出来ませんが、むしろ、今は増えた原因の方が気に掛かりますね」
ユージーンは名簿を眺めたまま問うた。
「ロイド卿、十年前に何か、前兆あるいは切っ掛けとなるような出来事に覚えはありませんか?」
ロイドは顎に手を当て考え込むようにしばらく沈黙した。しかし次第に眉間に寄せ、表情を強ばらせていく。
「クロヌス猊下」
それから弾かれたような顔を上げると、ユージーンに向き直った。
「私は先程、この城が何らかの呪術に侵されているのでは無いかと、申し上げました。それまで私は、自分はその術の外にある者だと、そう、思っておりました」
顔色を無くしたように白くして、どこか呆然としたような声色は低く、焦りの色が見えた。
「……ですが、今まで思い至らなかった事が、恐ろしい。どうやら──私は、いくつかの記憶が消されているようです」
どこか鬼気迫る告白に、ユージーンとメイアは揃って目を丸くした。
しばらくの間室内に降りた沈黙は、その委細を問う前に、扉を叩く音で破られた。
「失礼致します。ロイド団長、宰相閣下がお呼びです」
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