船と共に

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No.1

13 エンジン出力120%

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「エンジン始動」
総舵輪の近くにある始動スイッチをカバーを開いて押し上げると、少し遠くでモーターの回る音が聞こえてきてエンジンが回り始める振動がかすかに脚に感じられた。
たしかこの船のエンジンはシングルターボ搭載型の水冷8気筒2ストロークディーゼルエンジン(ユニフロー型)。熱効率が車のエンジンと比べて段違いに高い性能で、鬼トルクを発生させる。ただとてつもなく重いので船以外にはほぼ使えない。なんて話を誰かから聞いた気がする。ジョーさんが教えてくれたんだったかな?
そして船のエンジンにはクラッチに相当する機構が存在しない。だってプロペラの角度を調整すれば機械式にロックする形で接続しても水の抵抗程度しかエンジンを止める要因が無い為、クラッチ機構が無くてもエンジンが止まらないらしい。
「マリア、モニターの情報はどうだ?」
「全部止まってるみたい。GPS情報が無いから地図モニターは全く動いてない。それとソナーとレーダーだけど故障してるのかもしれない。あと無線に関してはそもそも相手がいないから確認できないかな?」
「了解。想定内だ。では錨を上げて試運転と行こうか」
総舵輪の近くにあるアンカーを引き上げるスイッチを入れると舳先の辺りでウインチが動き始める。エンジンの振動でどんな感じに動いているのか分からないが、スイッチの近くに表示されているランプが上死点まで錨が上がった事を示した。これでエンジンとプロペラを接続したら動き始めるはず。
非常用マニュアルの説明に沿ってスイッチを押すと船が少し強く振動した感じがした。

…進行方向の海を見ても何も目印になるものが無い為動いているのかどうかわからない。
「このサイズの船になると目視で舵を切ったりする事って出来ないな」
「なんとなく動いてる感じはするが…なぁマサル、本当にあの救命ボートの倍の速度が出ているのか?」
「動いてるような動いてない様な…」
セルビスもラルクアも船が動いているのかどうか分からないらしい。
「どこかに波が見えないか?後ろの方とか船の側面とか」
ラルクアとセルビスが左右の窓に走り外を見て声を上げた。
「なんかめっちゃ速く動いてるぞ!」
「水面が遠いからよく分からないけどかなりの速度が出てるみたいです!」
「えっ?見たい!!」
「俺も見たい!」
マリナと俺がそれぞれ船側の窓に走り寄ると、確かに押しのけられた波がかなりの速度で遠ざかっているのが見える。
「おぉ~これはテンション上がるなぁ!」
「ねぇ曲がったりできるんだよね?動かしてよ!!」
「任せておけ!オモ舵いっぱぁ~い!!!」
どっちがオモでどっちがトリなのか分からないけどとりあえず操舵輪を回るだけ右に回してみた。
「あっ!波の流れる感じが変わった!今度は反対に動かしてみて!」
「よっしやぁ!トリ舵イッパァーツ!違った!いっぱぁーい!!」
「おぉー波の角度が変わるなぁ」
「本当に動いてるんだな!すごい!」
操舵室に居る者達4人、かなりのハイテンションで少しの間総舵輪を限界まで回すような事をしてたらいきなり大きなブザーの音が鳴ってエンジンが止まった。
「あれっ?」
「なんだ?この大きな音は?」
「何か不具合でしょうか?」
「いきなり止まったなぁ…」
エンジンの状態を示すランプは緊急停止を示している。
「あぁ、これが原因だ。マリア、モニターを見てくれ。たぶん緊急停止プログラムが作動してるはずだ」
「あっ!忘れてた!ごめんー!!」
マリアがモニターの前に移動してそばに置いていたタブレットPCを見ながら何度かモニター周辺のスイッチを弄るとエンジンの状態を示すランプが停止状態を示すランプの点灯に変わった。
「これぐらいの時間モニターから離れていたら今の状態だと緊急停止プログラムが作動するみたいだな」
なんとなく10分ぐらいは放置しても大丈夫そうか?
「とりあえず街まで移動するのにガイドをしてくれる船との距離を確認しながらゆっくり移動する事になるから…2時間程度はマリアにはモニターを見続けてもらう事になると思うが、いけるか?」
「それぐらいなら先にトイレとか済ませておけば大丈夫かな?」
「そうだな。ついでに何かつまめる様な軽食と水分補給できる飲み物も用意してから明日船を動かそう」
「はーい。でさぁマサル、この船けっこうアッチコッチ移動してたけど、ハバキって来れるかな?」
「なぁセルビス、そこんとこどうなんだ?ハバキってこの船探せるのか?」
「まぁそうだなぁ…隊長はこの船の魔素の濃さを何度も確認してここまで飛んできてるはずだから少しぐらい移動しても問題ないと思うぞ」
「飛天翔族って人に見えない魔素を見たり読んだりする事が出来るそうなのでたぶん大丈夫です」
2人とも問題ないと思ってるみたいなので大丈夫だろう。
「まぁもしハバキが怒ったらマリアのキス一回で何とか許してもらえばいいだろう」
「絶対しないからね?」
「それならワインでもプレゼントして機嫌を取っておくよ」
「それは隊長が羨ましすぎるなぁ」
「出来れば私もあのお酒は欲しいです。なんなら今日も少しだけ飲ませてもらったりできれば幸せになれそうですが…」
ラルクアとセルビスの期待した目に早く寝ろって言えなかった俺は、今日も酒を引っ張り出してきて食堂で大騒ぎして明日への英気を養って休むことになった。

「おいマサル、そろそろ起きろ」
そして次の日、俺はマリアの尻の柔らかさを左手に感じて目が覚めた。
「ん?…朝か?」
「朝か?じゃぁない。お前らどんだけこの船を動かしたんだよ。見つけるのにかなり時間がかかったじゃないか。試運転するって昨日言ってたから探せたけどこんな所まで移動するのはどうなんだ?」
なんかハバキが若干切れ気味に説教しているが…
「えーっと…そんなに移動してたのか?昨日は確か10分ぐらい全速力で走らせたけど…この船の最大船速が確か25ノットぐらい…時速45kmぐらいのはずだから…10分…あ゛ー酒が残っていてなんかうまく計算できない」
※地球の極を通る直線で地球を輪切りにしたラインが4万km(ジャスト)になり、それを360度で割って、更に60で割った長さが1ノット。すなわち4万km/360/60=1.851kmとなる。その為25ノットという速さは地球の子午線上を1/360度の更に25/60分程度を1時間で移動するという事になる。時速換算するならば大体46km/hほどになる。
「まぁでも加速と減速の時間があったから正味5kmか6kmぐらいしか動かしていないと思うが…?」
「あのなぁ、俺の感覚だと昨日まで停まっていた辺りから街までの距離の半分ぐらいは動いているぞ」
「半分…あーまだ頭が動いていないからチョイ待ってて。おいマリア、そろそろお前も起きろよ」
「アダマイダイ…今日は寝てる…」
そう言えば昨日はこいつに酒を飲ましたな。
「まぁしょうがない。二日酔いに効く朝飯作ってやるから少しゆっくりしてろ」
「あーい♡」
「お前本当にマリアに激甘ちゃんになってきたな」
「マリアは特別だからしょうがないだろ?」
とりあえず厨房の入り口の辺りにある手洗い場でいつもの様に顔を洗いスッキリして戻ってきた。
「で?街から昨日の辺りまでの1.5倍の距離まで探してきたって話だったか?」
「大体そんな距離だったな」
「おかしいな。昨日動かしたのが10分間でこの船の最大船速が25ノットだから計算上は…7kmから8km程度。加減速の期間を考慮しても5~6kmぐらいしか動いて無いはずなのに、昨日の場所から街までの1.5倍の距離移動してるという事は、救命ボートの速度から大体11km以上動いてるって事だ。計算が合わない…もしかして速度が上がってるのか?」
「まぁそこらは私に聞かれても分からないのだが、性能が上がっているのであれば特別問題ないんじゃないのか?」
「そうとも言えないんだよな。問題になるのは燃費でな。速度が上がるって事は燃料をそれまで以上に使ってるって事になるんだ。だから予想していたよりも航続距離が減ってるかもしれないな」
「ふむ…まぁそこらへんに関しては代わりの燃料ってのがもしかしたら街で用意できるかもしれないんだろ?それと今日移動する分に関しては足りなくなるって事も無いはずだよな?」
「今日街に向かって移動する分に関しては間違いなく持つので問題ないな」
「ならば気にしてもしょうがないって事で、飯食ったら動かすって事でいいな?」
「あぁ了解。セルビスとラルクアも起こしてやってくれ。俺はマリアの胃に優しい飯を作るから」
「…なんかお前が父親になったらどんな風に子育てするか分かった気がするぞ」
「そりゃぁどうも。じゃぁ動くか」

その後、ハバキがセルビスとラルクアを起こした時に昨日の酒盛りに気づいたらしく、ちょっとした揉め事が発生したが、マリアの一喝で収まった。
いい感じにマリアの調教が進んでいる様で結構。

「とりあえずガイドの船はもう待機してるのか?気が早くない?」
「そうでもないだろ?海の深さを再確認しつつ岩礁なんかがある場所を避ける様にこの船を移動させる航路を決める必要があるから、朝一から街の猟師が総出で事にあたってくれている」
なるほど。確かにソナーなどの装備が無いのであれば人の手で確認するしかないのか。
フレンチトーストを全員で食べながら話をしていたら、20枚ぐらい用意してあったパンがあっという間になくなった。
「マリア、こいつをゆっくりでいいから飲んでおけ」
おやっさん特製のウコン入りスポーツドリンクコーヒー牛乳割りをマリアに渡して朝食の後片付けにかかる。
「うーわ…これなんかすごいニオイしてるけど本当に女の子が飲んでも大丈夫?」
「二日酔いを確実に押さえてくれる神レシピドリンクだからできるだけ飲んでおけ。でかい船だから酔う事は無いとは思うが早めに体調を戻しておいた方がいいと思うぞ」
「んー…分かった。飲む」
マリアは眉をひそめつつ息を止めて一口飲んだ後はそこまで不快では無かった様で、少し時間はかかったけど普通に全部飲んで洗い場までカップを持って来てくれた。
「いつもご飯作ってくれてありがとう。洗い物ぐらいは手伝うね」
「おう。とは言っても汚れをある程度シャワーで落としてそのまま食洗機に入れるだけだから、マリアが暇な時だけでいいからな」
「はーい」

子供にお手伝いしてもらってる親の気持ちってこんな感じなのかなぁ…嬉しい様な、助かる様な、そこまでしなくてもいいぞって感じというか…

洗い物が終わり操舵室に移動した俺達は船の移動を開始した。
ハバキが船の舳先の辺りに浮かんで船と街のライン上に移動する様に動いてくれるのに合わせて舵を切り追従する事1時間ちょっと。
「マサル、ガイドの船の旗が見えたぞ!」
「こっちも確認出来ました!」
操舵室の船側の窓に張り付いたラルクアとセルビスが声を上げた。
「蛇行してる感じか?」
「こっちはほとんど真っすぐですね」
「こっちは少し大きく曲がってる様に見えるが、特に狭い場所は無さそうだハバキ隊長の誘導に着いて行けば問題なさそうだな」
「了解。速度は今のままでハバキの動きを基に調節する感じに移動する」
操舵室の中には昨日ハバキが案内してきてくれた二人の飛天翔族のうちのマダラ羽根族のシルビィが待機している。何か問題があった場合にハバキにすぐに連絡を取る為に常駐してもらっている。もう一人の方は町側の連絡員としてあちらで指揮をとっている人の下で待機しているらしい。

「こうして見比べてみると俺達の街の猟師の乗る船が木の葉の様だな」
「本当にそうですね。これほどの巨大な船があるっていうのがまだ信じられませんよ」
ラルクアとセルビスが感想を言い合っているが人の力で動かしている技術レベルと機械化の進んだ世界の差というのはこんなものだよな。
そもそも大黒丸は20年ぐらい前の大型貨物船な訳で、最新コンテナ船などになると全長400m、全幅60m、2万4千TEUなんて化け物船が普通に存在してる。ここに漂流してきた船が大黒丸であったのはまだマシな状況だったのかもしれない。

ハバキが渡してくれた2枚目の海図を元にある程度の航路のイメージをつかんでいた俺は、街に近づいて船を街に対して横付けする感じに動かす為、少し右側に舵を切ると、ハバキがそれに伴って左側に移動する。
船を動かす話し合いは済ませておいたので、とりあえず問題ないだろう。
船速を微速モードに切り替えてドリフトする様に舵を切ると正面に見えていた町が少し左に移動して最終的に船の右側に大きく回って移動する様に見えて予定していた辺りに到着した。

「これでいいだろう。さすがに疲れたな」
「こっちはそんなに疲れてないけど、マサル、お疲れ様」
マリアが近づいてきてハグして見上げてきた。
「おう。とりあえずこれで錨を降ろして…あっそうだ。もう一個仕事が残ってたな」
一応この辺りの海にも潮の満ち引きがあるので、舳先にある錨だけでは船を安定して停めておけない。その為に船尾側にも一応補助の錨が存在しているのでそれを降ろさなければ船が潮の満ち引きでグルグル回りかねない。
そちらはウインチのある所に行って現場で直接操作する必要があるらしく、これから作業しなければならない。

大型の船は、なかなかにめんどくさい作業が必要だった。

その後船尾の錨を降ろして船を少し移動させて船がいい感じに固定されたのを確認してから最後の作業に取り掛かる。1時間程度の作業で何とか移乗用階段と浮き桟橋を固定して安全に移動出来る状態にしつつ、浮き桟橋の常駐兵士の受け入れを終えて、やっと料理に取り掛かる事になった。

「領主家族のお食事会は明日にして欲しいなぁ…」
「無理に決まってるだろ?そのかわり残りの食事会の開催に関しては少し時間を取る事になったので今日まで何とか頼む」
ハバキも街の防衛部隊の隊長職に就いているとは言いつつも言ってみれば中間管理職の様なもの。…大変そうだな。
ハバキに懇願された俺は今日の夕食時のメニューを思い出しつつため息が漏れた。
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