記憶喪失の司祭は罪人を飼う【R18BL】

堀川渓

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第一章・少年との出会い

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 ――ミハニア村で農夫から馬を借りて、朝陽が昇るのと同時に村を出てきたセレスが、隣町・アルムに辿り着いたのは昼前だった。

 アルムは、ミハニア村の五倍の敷地面積と十倍の人口を抱える大きな町である。国境近くの要所として、馬車や商人が絶え間なく行き交い、活気に溢れた宿場町となっていた。

 町に足を踏み入れてすぐ、セレスは何人もの司祭や重装備の兵士たちとすれ違った。

 彼らは屍人対策のためにこの町に常駐しているのだろう。その整った防衛体制を見るにつけ、セレスは独りで村を守り続けている自らの状況がいかに危うく脆いものであるかを痛感させられた。

 ジルベールを失ってから……人とともに戦うことを恐れていたセレスは、実は今日ここに来るまでに、本当に傭兵を雇うのか迷っていた。

 ともに戦う仲間が目の前で命を落とすところはもう見たくない――そんな恐怖や迷いを抱えながらもセレスがここに来たのは、あと一年の時間を稼ぐためであった。

 セレスは、王都や他のもっと安全な村へとミハニア村の村人全員を避難させるためには、少なくとも一年は必要だと考えていた。

 しかしそのためには、今のようにたった一人で防衛に当たる限界の体制では厳しいと判断したのだ。

『――セレス、貴方には大きな欠点がある。それは、困難を一人で抱え込み、人に頼ることをしないところです。人は助け合って生きていると理解していながら、自分が他者に尽くすことには精一杯でありながら、自分が人の助けを必要とすることを嫌っている』

 ジルベールが生前、教会に世話になることを申し訳ながったセレスに放った言葉を思い出し、セレスはふと天を仰いだ。

 村を守りたい。でも、そのためには人手が必要だ。ならば、迷っている場合ではない、雇うべきなのだ。

 幸いマーシャから託された資金もある。雇った傭兵がジルベールのように死んでしまったらと思うと怖いのならば、危なくなったらすぐに職務を放棄して逃げろと伝えておけば良いのだ。

 戦える者なら、自分一人の身を守って逃げ延びるくらいのことはできよう。

「――よし」

 セレスは一つ、深く息を吐いて覚悟を決めると、宿場町の中心に構えるギルドの重厚な扉を押し開いた。



――――――――――



「――いやぁ、この条件だと正直、難しいですねぇ」

 決死の覚悟で飛び込んだセレスだったが、数分後には早くも出鼻を挫かれていた。 

 カウンター越しに向かい合うのは、ギルドの看板娘であるフレイだ。小麦色の肌が健康的な彼女は、当初こそセレスのたおやかな美貌に見惚れて頬を染めていたが、提示された要望を聞くや否や、困ったように眉尻を下げた。

「難しい、ですか」

「ですです。今、屍人の対応のために、ある程度戦える人材はほとんど皆町の教会に雇われちゃってるんですよぉ。まともに戦える人を一年契約でってなると、司祭様の提示した金額ですと厳しいですね。戦闘員の価値がインフレしちゃってるんです」

 求職者のリストをパラパラとめくりながら、フレイがため息をつく。どうやら、屍人達の対応でギルドも忙しくしているらしい。

「……一年でなくとも、半年だけとか」

「うう~ん、半年かぁ……この金額だと、二ヶ月が限界ってところですねぇ」

 状況は、思ったより厳しいようだった。せっかくマーシャが資金を託してくれたのに、と沈んだ心地になっていた、その時だった。

 ふと、フレイが何気なくめくった頁に記載されていた、一人のプロフィールが目に留まったのは。

「――すみません、この方は?」

 次の頁に行ってしまう前に、慌てて手を伸ばしたセレスが指さす。フレイはぱちくりと瞬きしてその指の先を見つめると、途端に表情を強張らせ、引きつった苦笑いを浮かべた。

「あぁ……この子はちょっと、教会で雇うには相応しくないんじゃないかなって思いますけどぉ」

 セレスの目を引いたのは、その者の名前の異質な短さと、提示された給与の圧倒的な安さだった。

 名前はディー(Dee)、苗字は不明。十八歳の男性で、剣士。他の求職者たちが誇示するように経歴を書き連ねる中で、彼の欄は空白ばかりが目立っている。

 しかし、彼の条件であれば、今の資金でちょうど一年間契約することが出来るのだ。

「相応しくない……とは? 何か問題があるんですか」

 セレスが尋ねると、フレイはうんうんと唸って微妙な表情を浮かべた後、口元に片手を添え、声を潜めて言うのだった。

「……彼が安いのは、“首輪付き”だからなんですよぅ」

 その言葉に、セレスはその彼の給与が異常に低く設定されているわけを理解した。

 ――首輪付き。それは、“犯罪者”を濁して示すときの俗称である。窃盗や放火、暴行、傷害など罪を犯した者には、基本的に拘禁刑や罰金刑が下されるが、それとは別に罪人首輪をはめられるのだ。

 罪人首輪とは、金属製の首輪で、着用している者の魔力を完全に封印してしまう効果をもつ魔導具である。

 魔法が使えないとなると、戦士としての価値が大暴落するのはもちろん、農民達も地属性魔法や水属性魔法を駆使して農業を営んでいるため、どこにいってもまともな待遇では雇ってもらえなくなるのだ。

「剣士としての実力は確かみたいですけど、魔法が使えないんじゃ、ねぇ。それに、登録用紙には苗字も書きなさいって再三言ってるのに聞かないんです。こんなの明らかに偽名じゃないですか。安かろう悪かろうですよ、首輪付きなんか雇うもんじゃありませんって」

 フレイは忌々しげに次の頁をめくろうとする。しかし、彼女は知らなかったのだ。目の前にいる、美人で良識人な風に見える年若い司祭が、重度の記憶障害を患っていて……それゆえ常識に欠けており、その纏う清らかな空気も無知によって醸成されたものであることを。

 ――セレスは、あまりにも純粋に信じていた。どんな罪人も根は同じく善なるものであり、聖職者が導けば必ず更生できるはずだ、と。

「決めました。彼を雇います」

 セレスが凛とした声で告げると、フレイは虚を突かれたように口を半開きにし、おおよそ客に向ける目ではない、「こいつは正気か」という眼差しをセレスに向けるのだった。
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