5 / 6
第一章・少年との出会い
求人
しおりを挟む
――ミハニア村で農夫から馬を借りて、朝陽が昇るのと同時に村を出てきたセレスが、隣町・アルムに辿り着いたのは昼前だった。
アルムは、ミハニア村の五倍の敷地面積と十倍の人口を抱える大きな町である。国境近くの要所として、馬車や商人が絶え間なく行き交い、活気に溢れた宿場町となっていた。
町に足を踏み入れてすぐ、セレスは何人もの司祭や重装備の兵士たちとすれ違った。
彼らは屍人対策のためにこの町に常駐しているのだろう。その整った防衛体制を見るにつけ、セレスは独りで村を守り続けている自らの状況がいかに危うく脆いものであるかを痛感させられた。
ジルベールを失ってから……人とともに戦うことを恐れていたセレスは、実は今日ここに来るまでに、本当に傭兵を雇うのか迷っていた。
ともに戦う仲間が目の前で命を落とすところはもう見たくない――そんな恐怖や迷いを抱えながらもセレスがここに来たのは、あと一年の時間を稼ぐためであった。
セレスは、王都や他のもっと安全な村へとミハニア村の村人全員を避難させるためには、少なくとも一年は必要だと考えていた。
しかしそのためには、今のようにたった一人で防衛に当たる限界の体制では厳しいと判断したのだ。
『――セレス、貴方には大きな欠点がある。それは、困難を一人で抱え込み、人に頼ることをしないところです。人は助け合って生きていると理解していながら、自分が他者に尽くすことには精一杯でありながら、自分が人の助けを必要とすることを嫌っている』
ジルベールが生前、教会に世話になることを申し訳ながったセレスに放った言葉を思い出し、セレスはふと天を仰いだ。
村を守りたい。でも、そのためには人手が必要だ。ならば、迷っている場合ではない、雇うべきなのだ。
幸いマーシャから託された資金もある。雇った傭兵がジルベールのように死んでしまったらと思うと怖いのならば、危なくなったらすぐに職務を放棄して逃げろと伝えておけば良いのだ。
戦える者なら、自分一人の身を守って逃げ延びるくらいのことはできよう。
「――よし」
セレスは一つ、深く息を吐いて覚悟を決めると、宿場町の中心に構えるギルドの重厚な扉を押し開いた。
――――――――――
「――いやぁ、この条件だと正直、難しいですねぇ」
決死の覚悟で飛び込んだセレスだったが、数分後には早くも出鼻を挫かれていた。
カウンター越しに向かい合うのは、ギルドの看板娘であるフレイだ。小麦色の肌が健康的な彼女は、当初こそセレスのたおやかな美貌に見惚れて頬を染めていたが、提示された要望を聞くや否や、困ったように眉尻を下げた。
「難しい、ですか」
「ですです。今、屍人の対応のために、ある程度戦える人材はほとんど皆町の教会に雇われちゃってるんですよぉ。まともに戦える人を一年契約でってなると、司祭様の提示した金額ですと厳しいですね。戦闘員の価値がインフレしちゃってるんです」
求職者のリストをパラパラとめくりながら、フレイがため息をつく。どうやら、屍人達の対応でギルドも忙しくしているらしい。
「……一年でなくとも、半年だけとか」
「うう~ん、半年かぁ……この金額だと、二ヶ月が限界ってところですねぇ」
状況は、思ったより厳しいようだった。せっかくマーシャが資金を託してくれたのに、と沈んだ心地になっていた、その時だった。
ふと、フレイが何気なくめくった頁に記載されていた、一人のプロフィールが目に留まったのは。
「――すみません、この方は?」
次の頁に行ってしまう前に、慌てて手を伸ばしたセレスが指さす。フレイはぱちくりと瞬きしてその指の先を見つめると、途端に表情を強張らせ、引きつった苦笑いを浮かべた。
「あぁ……この子はちょっと、教会で雇うには相応しくないんじゃないかなって思いますけどぉ」
セレスの目を引いたのは、その者の名前の異質な短さと、提示された給与の圧倒的な安さだった。
名前はディー(Dee)、苗字は不明。十八歳の男性で、剣士。他の求職者たちが誇示するように経歴を書き連ねる中で、彼の欄は空白ばかりが目立っている。
しかし、彼の条件であれば、今の資金でちょうど一年間契約することが出来るのだ。
「相応しくない……とは? 何か問題があるんですか」
セレスが尋ねると、フレイはうんうんと唸って微妙な表情を浮かべた後、口元に片手を添え、声を潜めて言うのだった。
「……彼が安いのは、“首輪付き”だからなんですよぅ」
その言葉に、セレスはその彼の給与が異常に低く設定されているわけを理解した。
――首輪付き。それは、“犯罪者”を濁して示すときの俗称である。窃盗や放火、暴行、傷害など罪を犯した者には、基本的に拘禁刑や罰金刑が下されるが、それとは別に罪人首輪をはめられるのだ。
罪人首輪とは、金属製の首輪で、着用している者の魔力を完全に封印してしまう効果をもつ魔導具である。
魔法が使えないとなると、戦士としての価値が大暴落するのはもちろん、農民達も地属性魔法や水属性魔法を駆使して農業を営んでいるため、どこにいってもまともな待遇では雇ってもらえなくなるのだ。
「剣士としての実力は確かみたいですけど、魔法が使えないんじゃ、ねぇ。それに、登録用紙には苗字も書きなさいって再三言ってるのに聞かないんです。こんなの明らかに偽名じゃないですか。安かろう悪かろうですよ、首輪付きなんか雇うもんじゃありませんって」
フレイは忌々しげに次の頁をめくろうとする。しかし、彼女は知らなかったのだ。目の前にいる、美人で良識人な風に見える年若い司祭が、重度の記憶障害を患っていて……それゆえ常識に欠けており、その纏う清らかな空気も無知によって醸成されたものであることを。
――セレスは、あまりにも純粋に信じていた。どんな罪人も根は同じく善なるものであり、聖職者が導けば必ず更生できるはずだ、と。
「決めました。彼を雇います」
セレスが凛とした声で告げると、フレイは虚を突かれたように口を半開きにし、おおよそ客に向ける目ではない、「こいつは正気か」という眼差しをセレスに向けるのだった。
アルムは、ミハニア村の五倍の敷地面積と十倍の人口を抱える大きな町である。国境近くの要所として、馬車や商人が絶え間なく行き交い、活気に溢れた宿場町となっていた。
町に足を踏み入れてすぐ、セレスは何人もの司祭や重装備の兵士たちとすれ違った。
彼らは屍人対策のためにこの町に常駐しているのだろう。その整った防衛体制を見るにつけ、セレスは独りで村を守り続けている自らの状況がいかに危うく脆いものであるかを痛感させられた。
ジルベールを失ってから……人とともに戦うことを恐れていたセレスは、実は今日ここに来るまでに、本当に傭兵を雇うのか迷っていた。
ともに戦う仲間が目の前で命を落とすところはもう見たくない――そんな恐怖や迷いを抱えながらもセレスがここに来たのは、あと一年の時間を稼ぐためであった。
セレスは、王都や他のもっと安全な村へとミハニア村の村人全員を避難させるためには、少なくとも一年は必要だと考えていた。
しかしそのためには、今のようにたった一人で防衛に当たる限界の体制では厳しいと判断したのだ。
『――セレス、貴方には大きな欠点がある。それは、困難を一人で抱え込み、人に頼ることをしないところです。人は助け合って生きていると理解していながら、自分が他者に尽くすことには精一杯でありながら、自分が人の助けを必要とすることを嫌っている』
ジルベールが生前、教会に世話になることを申し訳ながったセレスに放った言葉を思い出し、セレスはふと天を仰いだ。
村を守りたい。でも、そのためには人手が必要だ。ならば、迷っている場合ではない、雇うべきなのだ。
幸いマーシャから託された資金もある。雇った傭兵がジルベールのように死んでしまったらと思うと怖いのならば、危なくなったらすぐに職務を放棄して逃げろと伝えておけば良いのだ。
戦える者なら、自分一人の身を守って逃げ延びるくらいのことはできよう。
「――よし」
セレスは一つ、深く息を吐いて覚悟を決めると、宿場町の中心に構えるギルドの重厚な扉を押し開いた。
――――――――――
「――いやぁ、この条件だと正直、難しいですねぇ」
決死の覚悟で飛び込んだセレスだったが、数分後には早くも出鼻を挫かれていた。
カウンター越しに向かい合うのは、ギルドの看板娘であるフレイだ。小麦色の肌が健康的な彼女は、当初こそセレスのたおやかな美貌に見惚れて頬を染めていたが、提示された要望を聞くや否や、困ったように眉尻を下げた。
「難しい、ですか」
「ですです。今、屍人の対応のために、ある程度戦える人材はほとんど皆町の教会に雇われちゃってるんですよぉ。まともに戦える人を一年契約でってなると、司祭様の提示した金額ですと厳しいですね。戦闘員の価値がインフレしちゃってるんです」
求職者のリストをパラパラとめくりながら、フレイがため息をつく。どうやら、屍人達の対応でギルドも忙しくしているらしい。
「……一年でなくとも、半年だけとか」
「うう~ん、半年かぁ……この金額だと、二ヶ月が限界ってところですねぇ」
状況は、思ったより厳しいようだった。せっかくマーシャが資金を託してくれたのに、と沈んだ心地になっていた、その時だった。
ふと、フレイが何気なくめくった頁に記載されていた、一人のプロフィールが目に留まったのは。
「――すみません、この方は?」
次の頁に行ってしまう前に、慌てて手を伸ばしたセレスが指さす。フレイはぱちくりと瞬きしてその指の先を見つめると、途端に表情を強張らせ、引きつった苦笑いを浮かべた。
「あぁ……この子はちょっと、教会で雇うには相応しくないんじゃないかなって思いますけどぉ」
セレスの目を引いたのは、その者の名前の異質な短さと、提示された給与の圧倒的な安さだった。
名前はディー(Dee)、苗字は不明。十八歳の男性で、剣士。他の求職者たちが誇示するように経歴を書き連ねる中で、彼の欄は空白ばかりが目立っている。
しかし、彼の条件であれば、今の資金でちょうど一年間契約することが出来るのだ。
「相応しくない……とは? 何か問題があるんですか」
セレスが尋ねると、フレイはうんうんと唸って微妙な表情を浮かべた後、口元に片手を添え、声を潜めて言うのだった。
「……彼が安いのは、“首輪付き”だからなんですよぅ」
その言葉に、セレスはその彼の給与が異常に低く設定されているわけを理解した。
――首輪付き。それは、“犯罪者”を濁して示すときの俗称である。窃盗や放火、暴行、傷害など罪を犯した者には、基本的に拘禁刑や罰金刑が下されるが、それとは別に罪人首輪をはめられるのだ。
罪人首輪とは、金属製の首輪で、着用している者の魔力を完全に封印してしまう効果をもつ魔導具である。
魔法が使えないとなると、戦士としての価値が大暴落するのはもちろん、農民達も地属性魔法や水属性魔法を駆使して農業を営んでいるため、どこにいってもまともな待遇では雇ってもらえなくなるのだ。
「剣士としての実力は確かみたいですけど、魔法が使えないんじゃ、ねぇ。それに、登録用紙には苗字も書きなさいって再三言ってるのに聞かないんです。こんなの明らかに偽名じゃないですか。安かろう悪かろうですよ、首輪付きなんか雇うもんじゃありませんって」
フレイは忌々しげに次の頁をめくろうとする。しかし、彼女は知らなかったのだ。目の前にいる、美人で良識人な風に見える年若い司祭が、重度の記憶障害を患っていて……それゆえ常識に欠けており、その纏う清らかな空気も無知によって醸成されたものであることを。
――セレスは、あまりにも純粋に信じていた。どんな罪人も根は同じく善なるものであり、聖職者が導けば必ず更生できるはずだ、と。
「決めました。彼を雇います」
セレスが凛とした声で告げると、フレイは虚を突かれたように口を半開きにし、おおよそ客に向ける目ではない、「こいつは正気か」という眼差しをセレスに向けるのだった。
10
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる