婚約者を兄に寝取られた不幸令息、魔性の吸血鬼王子に溺愛される

立花芹

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恋情の発露

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 ーー翌朝。いつも通りにフランの寝室に行くと、普段ならすぐに部屋を出て共に執務室へと向かうところが、今日は部屋の中へと招かれた。

(朝のうちに血を飲むおつもりなんだろうか……)

 心臓の音が早くなるのを感じながら、フランに促されてベッドの端に腰掛ける。寝具からはフランの良い香りがほんのりと香って、俺の鼓動を余計に高鳴らせた。

「悠馬、……隣、座るね」

 フランが俺の隣に腰掛け、深くため息をつく。

 ……その横顔は、思い詰めたように気怠げで、顔色が僅かに青白い。

「殿下ッ……じゃなくて、フラン様。血が足りないのではないですか、体調が優れないご様子ですが」

 早く血を飲んだ方が良いのではないか、そう思って首元のボタンを外そうとする俺の手を、フランの手がそっと掴んで止めてきた。

「ーー待って。その前に、話したいことがあるんだ」

 しっかりと手首を掴まれ、ぐっと距離が縮まって、俺は思わず息を呑んでしまった。

 フランの綺麗な顔が至近距離にあると、どうしても鼓動が高鳴り狼狽えてしまう。

 フラン以外の吸血鬼の顔を見たことがないからかも知れないが……こんなに美しい人を、俺は他に知らない。

 透き通るような青白い肌の儚さに、目を奪われる。眼鏡のレンズ越しに見えるその深紅の瞳と長い睫毛は、繊細な芸術品のようだ。

「フラン様、お話とは一体……」

 息が詰まる思いをしながら、やっとのことで話の続きを促すと、フランはふっと目を細めて俯いた。

「……この話をしたら、君は傷つくかも知れない、僕のことを嫌うかも知れない……それでも、聞いてくれる?」

 不安そうな、沈んだ声音。正体が吸血鬼であるとカミングアウトする時ですら不安そうにしていたのに、まだそれ以上の隠し事があるというのか。

 俺の手を掴んだフランの手が僅かに震えているのを感じて、俺はきゅっと胸が締付けられるような心地がした。

「フラン様の”お話”が何かは分かりませんが、私はどんなことを知っても決して貴方様のことを嫌ったりなどしません。誓います」

 王太子に対して言う”誓い”ほど重大なものはなかなかないが、俺には自信があったのだ。この先聞かされる話の内容がどんなものであっても、フランのことを嫌いになるなんてことはあり得ないと。

 俺のそんな言葉に覚悟を決めたのか、フランはゆっくりと顔を上げると、再び俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「……あのね、悠馬。今、君に求婚の手紙が大量に来ているでしょう」

「ッ……? は、はい、そうですけれど……」

 まさかその話を今されるとは思っていなかった俺は、予想外の展開に瞬きをした。

「……それ、全部断って欲しいんだ。こんなこと言われても、困るかも知れないけど」

 フランの手にぐっと力が入り、俺の手が強く握られる。

 静まり返った空気の中で、ふたりの視線だけが絡み合う。

 言葉を探すように、フランの唇がかすかに動く。しかし、迷いが生じたのか、再びきゅっと唇を引き結んでしまった。

 一度目線をそらして下を向き、深呼吸をする。それから、もう一度まっすぐにこちらを見据えて――。

 フランは、静かに言い放った。

「ーー悠馬のことが、好きだから」

 その一言が耳に届いた瞬間、俺はあまりの驚きに呼吸の仕方を忘れてしまった。

「子供の頃、君が僕を救ってくれた時から……ずっと君に恋い焦がれてた。君の剣の才能に惚れ込んで騎士に選んだのは、本当……だけど、恋しい君に側にいて欲しいっていう下心が無かったって言ったら嘘になる」

 フランの紡ぐ言葉の全てをすぐに飲み込んで理解するほどの余裕は、俺には無かった。

「好きだよ、悠馬……愛してる、他の誰にも渡したくない。君がどこかの令嬢と結婚するところを想像するだけで、胸が張り裂けそうになるんだ」

 切ない声音で訴えるように告白するフラン。

「ッ、フラン様、でも、俺は男で……」

 俺が狼狽えながらそう返すと、フランは悲しそうに微笑んで。

「……分かってる。それでも、悠馬のことが好きなんだ。……信じられないかな?」

 ぐっと距離を詰められて、両手で頬を包み込むように触れられる。その肌と肌が触れ合う感触に、俺の胸の奥で心臓がバクバクと激しく音を立てていた。

「どうしたら、本気だって伝わるかな……? キスしたら、信じてくれる?」

「ッ……!!」

「ーー嫌だったら、突き飛ばしていいよ。不敬罪になんてしないから……!!」

 ぐっと身を寄せられ、互いの吐息が混じり合うほど顔が接近する。

 数秒の猶予があって、そしてーー俺はフランに、唇を奪われた。

 抵抗する余裕も、拒否する自由も十分与えられていたはずなのに。

 俺は、不思議とそうする気が起きなかったのだ。

「ッ……」

 柔らかな唇同士がそっと触れ合うその感触に、危うい心地よさすら感じてしまう。

 共に数ヶ月を過ごし、フランの人柄に触れ、吸血によって快楽を知り……。

 いつからか俺は、本能ではフランとこうすることを望んでいたのかも知れない。

 そう思ってしまうくらいに、フランとする触れ合うだけの静かな口付けは、甘美で快いものだった。
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