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ひなのを襲う恐怖
しおりを挟むスー……スー…………
「……おい。テメェ何してんだ……?」
……!!?
「さっさと帰ってこいって言っただろうがあ!!病院で俺のこと話してないだろうなぁ!?余計なこと言ったら殺すからなぁ!!」
……いや……もうやめて……っ!!
「ッハァハァ……ハァハァ……」
……あれ?
今の、夢……?
そうだ、学校行ってから3日も経ってるんだよね。
あの人が怒ってる。早く帰らないと、またボコボコにされる……。
「ハッ……!!」
目を覚ますと、夢と現実の区別が半分つかないまま、突然あの人の恐怖でいっぱいになって、わたしは気づいたら部屋を飛び出してた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………」
まだ、夜明け前なんだと思う。
廊下は薄暗くて人もいない。
そんなシーンとする廊下を無我夢中で走った。
裸足なことにも、点滴が抜けて腕から血が流れてるのにも気がつかなくて、とにかく必死に出口を探した。
そして、廊下の角を曲がったらエレベーターが見えて、
これで外に行ける!!
と、思ったのに……
「………ハァハァ…………なん……で……?ハァハァ…………」
次の瞬間、それは絶望に変わった。
ここは小児科病棟。
ひなののように逃げだそうとする子どもがたくさんいる。
そんな子どもたちが逃げられないように、この階だけはエレベーターのボタンが高いところに設置されていた。
床から170cmほどの高さで、背が低い大人なら手を伸ばさないと届かないような位置だ。
精一杯腕を伸ばしても、ひなのには到底届かない。
「ハァハァ……なんで……っ、ケホケホッ……ハァハァ、ケホッ…………」
アドレナリンが出てたのか気づかなかったけど、息が苦しくて身体もフラフラする。
しかも左腕が痛い。血が出てる……。
手の届かないボタンを前に、その場でへたり込んだ。
「ハァハァ……ゲホゲホゲホッ……ハァハァ、ッハァ……」
あぁ、また苦しい。
なんでだろう……なんでこんな風になるの?
早く帰らなきゃいけないのに、もうやだ……。
と思ってると、
ドタドタドタドタドタッ——!!
遠くの方から、走ってくるような足音が聞こえてきた。
音の方に目を向けると、白衣を着た人が2人こっちに来る。
あぁ、捕まる……逃げなきゃ……また殴られる……!!
そう思って逃げようとしたけど、足に力が入らなくて起き上がりきれず、
パタッ……
前のめりに倒れてしまった。
すると、同時にさっきまでの足音も止まり、
「なにやってんだ!!」
ビクッ!!
突然低い声で怒鳴られて、咄嗟に身体を縮めて丸まった。
「ごめんなさぃ、ハァハァ……ゲホゲホッ……なさぃ……ハァハァ……ごめん……なさぃ……ハァハァ……ゲホゲホッ、ゲホッゲホゲホゲホッ……」
この声は五条先生だ。
すごく怒ってる。
いつもより低い声がすごく刺々しい。
怖い……
「ひなちゃーん、深呼吸しようね。落ち着いて、ゆーっくり息を吸って吐くよ」
あれ……?
こっちの声は……検査の時にいた藤堂先生?
このとても柔らかくて優しい声覚えてる。
なんでここにいるんだろう?
と思ったら、身体がふわっと持ち上げられて、目の前に五条先生の顔が現れた。
たぶん、わたし今座ったまま抱き抱えられてるけど……
怖い。
お願い、これ以上触らないで……。
ひな「ハァハァ、ごめんなさぃ……ハァハァ……ゲホゲホゲホッ……ごめ、ゲホゲホゲホッ……」
五条「大丈夫だから落ち着け。ちゃんと呼吸して。目は閉じるな!」
そんなこと言われても、勝手に視界がぼやけるから……。
藤堂「まこちゃん、処置室で吸入と点滴すぐ準備お願い!!五条先生と連れてくから!」
え、まこちゃんいるの?
でも、もう目が見えないな。
耳もキーンって聞こえないし……。
ひな「ッハァ……ッハァ……ゲホゲホゲホッ……ハァハァ……ゲホゲホッ……ッハァ…………」
五条「おい、ひな!しっかりしろ!」
藤堂「ひなちゃん!お目目開けるよ!寝ないように頑張るよー!」
先生たちなんて言ってるの……?
ごめんなさい、もうわかんない……。
そして、わたしは意識を手放した。
***
~病室~
藤堂「もう、悠仁……。さっきあんなに怒鳴るから、ひなちゃんびっくりしちゃったでしょ……」
五条「……逃げようとするのが悪いんです」
藤堂「そうだけど、怖い夢でも見てパニックになっただけかもしれないし、今はもっと優しくしてあげないと。それに、そんな心配そうな顔して不器用な男だなー」
五条「すみません」
藤堂「そしたら、俺は医局へ戻るから。また何かあればいつでも呼んで」
五条「藤堂先生、ありがとうございました」
それから、ひなのの目が覚めるまで、五条はずっとそばについていた。
***
——数時間後
ひな「スー……スー……ん……」
あれ……?
わたし、病室にいる。
あれからどうなったんだっけ……?
五条「……目覚めたか?」
ビクッ……
五条先生……
五条「気分は?悪くないか?」
声が優しくなった。
怒ってないのかな……?
五条「なんでさっき逃げたんだ?なんで逃げようとした?」
ビクッ……
やっぱり怒ってる……?
五条「怒ってないし、怒らないから言いなさい」
な、なんでわたしの考えてることがわかったの……?
それに五条先生のすごく綺麗な瞳の奥には、まるで全てを見透かすかのような鋭い光が灯ってる。
そんな目で聞かれて答えないわけにはいかないよ……。
ひな「……ぃ……ぇ……」
五条「ん?」
ひな「家に……帰らないと、殴……怒られる……」
五条「そういうことか……。それならもう大丈夫だ。もう帰らなくていい。ここが家だ」
え……?
今、なんて……?
五条「家の人は警察に捕まった。だから、もう家には帰らなくていい。帰る場所もない。ここにいれば安全だから、もう心配しなくていい」
五条先生の言葉に目を見開いた。
あの人が、捕まった……?
もういない、いなくなった。
やっと地獄の日々から解放されるの?
でも、わたしには帰る場所がないって、そんなのこれからどうすればいいの……?
昨日の喘息の話といい、あまりに突然のことで話が全然入ってこない。
入ってこないどころか、頭は真っ白になった。
そして、気づくと涙を滝のように流してた。
ひな「ハァハァ、ッ……ハァハァ……ッハァ…………」
泣いてるせいかまた呼吸が苦しくなって、身体を横に向けた。
五条「深呼吸して」
と言って、五条先生の手が背中に伸びると、
ビクッ!!
触れられるとまた一気に恐怖心が湧き起こり、身体の震えが止まらなくなる。
ひな「ハァッ……ハァハァ……ッハァ……ッハァ……ハァハァ……ケホケホッ……」
五条「落ち着いて。ゆっくり呼吸してごらん」
そんなこと言われてもできない……
なんかもう、全部わけわかんない……
ひな「ハァハァ……ケホッ、ゃめ……ケホケホケホッ……離し、ハァハァッ……ハァッ……ハァッ……」
気づけば、わたしはまた意識を飛ばしてしまってた。
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