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意地っ張りの代償
しおりを挟む*ひなのside
——翌朝
夜明け前に目が覚めた。
11月に入って、日の出もだいぶ遅くなってる。
昨日は夢を見た。
五条先生と家で一緒にごはんを食べて、一緒に勉強して宿題教えてもらったり、ソファーに座ってテレビを見たり。
覚えた料理を作って帰りを待ってたら、そんなことしなくていいと言いつつ上手にできてるって褒めてくれたり。
なにも特別なことのない、だけどすごく幸せな時間。
五条先生はそんな時間を早く取り戻そうとしてくれてたのに、修学旅行なんて一時の楽しみじゃなくて、ずっと楽しい毎日が送れるようにって。
なのに、あんな意地になって反抗してわたしバカみたい……
あんなに五条先生怒らせて……
ひな「はぁ……」
ひとつため息をついて、トイレに行こうとベッドから起き上がり部屋を出た。
トイレを出ると、まだ暗くてシーンとした廊下の空気にエレベーター事件を思い出す。
ひな「……ふふっ」
裸足で腕から血を流して必死に走る自分の姿を想像すると、急におかしくなって1人で笑ってしまった。
寝起きだからか少しほてっててフラつく身体に、廊下のほんのり冷たい空気がスッとして気持ちいい。
すぐに病室へは戻らず、談話スペースのソファーに腰掛けた。
少しずつ明るくなっていく窓の外を眺めながら、少しの間ぼーっとしてると、
五条「ひな……」
ビクッ……
五条、先生……
すぐ後ろにいるのはわかってる。
だけど、振り返る勇気がなくてうつむいた。
五条「朝早くこんなとこでいたら冷えるぞ」
ビクッ……
五条先生の優しくて低い声とともに、後ろからふわりと白衣をかけられた。
ふわっと五条先生の匂いも香った。
五条「部屋戻るぞ」
って言われても……
昨日までのことを思うと、どう振舞ったらいいのかわかんない。
すると、五条先生の足が視界に入ってきて、
ぽんぽん……
五条先生の大きな手が優しく頭に乗っかって、その瞬間涙が溢れてきた。
五条「昨日は悪かった。しんどくなるから早く部屋行こう」
五条先生の手が頭から離れて、今度は手を握られた。
そして、そのまま五条先生に手を引かれながら部屋へトボトボ歩いてると、
フラッ……
急に足に力が入らなくなって、五条先生の背中に倒れそうになると、わたしが倒れるより先に体の向きを変えて受け止めてくれた。
五条「ほら、言わんこっちゃない……」
ひな「……グスン……グスン……ヒック……」
五条「泣かなくて大丈夫だ」
五条先生は片手でわたしをひょいっと抱っこして、もう片手で点滴スタンドを押しながらシーンとした廊下を進んだ。
病室に戻ってきてベッドに降ろされる。
五条「熱測るな」
わたしの背中を支えながら、器用に片手でパジャマのボタンを2つ開けて脇に体温計を挟む。
五条先生の手が少し冷んやり感じる。
熱を測ってる間は脇を軽く押さえられて、手首で脈も測られてた。
ピピッ……
音が鳴って体温計を抜いたあとは、残りのボタンも全部開けて聴診してる。
わたしは涙を流しながらずっとうつむいてるのに、五条先生は昨日のことなんてなかったみたいにいつも通り診察する。
そして聴診が終わると、両手で優しく顔を挟まれて、そっと上にあげられて、五条先生とついに目が合ってしまった。
五条「こんな熱出てフラフラになって、しんどかっただろ?」
しんどいって自覚はなかったけど、そう言われた途端、
自分の身体や鼻から抜ける息が熱いことにも、
胸からヒューヒュー音がしてることにも、
肩で息してることにも気がついて……
ひな「……ぅ……うぅ……ごじょぉせんせぇ……ヒック……」
五条「夜も発作起きて苦しかったんじゃないか?意地張るのも大変だったろ。ひとりで辛かっただろ?」
うん。すごくつらかった。
身体のつらさもだけど、何より心がつらかった。
素直になれない自分が嫌になった。
五条先生が来てくれないのも本当はすごく寂しかった。
ひな「コクッ……」
頷くと、五条先生の胸に顔が引き寄せられた。
五条「もう大丈夫だから。早く元気になって一緒に家帰るぞ」
ひな「ぅ……ヒック、五条先生……う、うぅ…………ごめんなさぁぃ!!……ヒック、ヒック、グスン……ケホケホ……ハァハァ」
五条「よし、ひな横になろう。心配しなくて大丈夫だから、呼吸だけゆっくりしっかりしてな」
言って、五条先生はわたしを横に寝かすと、ナースコールでいろんな指示を出した。
すると、少ししてまこちゃんと神崎先生が来てくれて、
真菰「ひなちゃん、頭上げるね~」
まこちゃんが氷枕を敷いてくれて、
神崎「ひなちゃ~ん、マスクつけるよ~」
神崎先生に酸素マスクをつけられる。
ひな「ハァ……ハァ……コホコホコホッ……」
少し前まではなんともない気がしてたのに、結構苦しくてしんどい……
神崎「熱いくつあるの?」
五条「39度5分です」
そんなにあるんだ……
神崎「肺炎かもな、レントゲン撮ろう。まこちゃん、今から行けるか確認取ってくれる?」
真菰「かしこまりました」
神崎「レントゲン終わったら血液検査も入れとくよ」
五条「はい、お願いします」
そんな会話が聞こえてくるころ、わたしはもうしんどくてうっすら目を開けてるので必死。
なんとなく怖くなって、ベッドから手を伸ばして五条先生の白衣を掴んだ。
すると、五条先生が手を握って頭を撫でてくれる。
五条「ひな~?しんどいけど熱下がるまで少し頑張ろうな。寝れそうだったら寝たらいいぞ」
と言われたので、わたしはそっと目を閉じた。
***
レントゲンを撮るとやはり肺炎になっていたようで、咳も高熱もなかなか治らなかった。
目は閉じてるけど、なんとなく周りの声がずっと聞こえてて、寝てるというよりずっとぼーっとする感じ。
そんな状態が4日も続いてる。
ひな「ゴホゴホゴホッ……ハァ……ハァ……ゴホゴホゴホッ……」
宇髄先生が胸や喉にもチェストピースを当てて音を聴いてる。
宇髄「痰が絡みだしてるな。工藤、吸引の準備頼む」
工藤「はい」
今日は朝から五条先生が来ない。
神崎先生もいないのか、代わりに宇髄先生と工藤先生が来てる。
五条先生どこ行っちゃったんだろう。
宇髄「ひなちゃーん、わかる?聞こえる?」
宇髄先生の声に頷く。
宇髄「これから少しお口開けて頑張るぞー」
と、酸素マスクが外された。
うっすら目を開けると、宇髄先生は手袋をはめてて、なにかを手に持ってる。
すっごい嫌な予感が襲ってくると、
工藤「ひなちゃん、動かないようにじっとしててなー」
工藤先生に頭を押さえられて、わたしの恐怖心が爆発した。
ひな「嫌ぁ!!!ゴホッゴホゴホゴホッ……」
工藤「ひなちゃーん!大丈夫大丈夫、怖くないから落ち着こう!な!」
工藤先生は頭から手を離して、今度は身体を押さえようとしてくる。
でも、わたしはきっととんでもないことをされるとわかってるので必死に抵抗した。
宇髄「ひなちゃん、何もしないから一旦落ち着こう。息も苦しくなっちゃうぞー」
宇髄先生にも身体を押さえられ、さすがにムキムキの2人に抵抗を続けるのは不可能で、呆気なく両サイドから身体を押さえつけられてしまった。
ひな「ゴホゴホゴホッ……ヒック……ゴホゴホゴホッ……」
なんで、五条先生は来ないの……?
わたしは一体なにをされるの……?
と思ってたら、
五条「遅くなりました!」
扉の開く音とともに五条先生の声がして、重たい目を必死に見開いた。
手術でもしていたのか、白衣は着てなくて汗だくのスクラブ姿だった。
五条「ひな~、暴れたらしんどいぞ?ごめんな、なかなか来られなくて。痰が絡んで苦しくなってるから、今からそれ取るぞ」
と、五条先生はわたしの頭を押さえて、工藤先生には身体を押さえられたまま。
宇髄先生は機械を操作して手に細いチューブを持ってる。
宇髄「よし、ひなちゃんお口あーんってしよう」
怖くて口をギュッと閉じたけど、気が緩んだ隙に宇髄先生の指が口に入ってきてもう閉じられない。
そして……
ひな「オェ"……!! ゴボッ……ゲホッ……!!」
喉の奥にチューブが入れられて痰を吸引される。
この世の終わりかと思うくらい苦しくて、息もできない。
工藤「ひなちゃん、危ないから頑張ってじっとしてようなー!」
と、工藤先生。
宇髄「ひなちゃーん、えらいぞ~、もう少しだからな~」
と、宇髄先生は容赦なく痰を吸い取っていく。
頭も身体も屈強な先生たちにがっちり押さえられてるから、どんなに抵抗しても身動きは取れない。
目からは涙がポロポロ。
苦しすぎる……
宇髄「よーし。ひなちゃん頑張った!えらかったぞ」
やっと宇髄先生がチューブを抜いてくれて、苦しさから解放された。
ひな「コホコホコホッ……うぅっ……ヒック……コホコホコホッ……」
五条「苦しかったな、でも少し楽になっただろ?」
五条先生が酸素マスクをつけて頭を撫でてくれる。
でも、さっきのが苦しすぎて疲れすぎて楽になったかなんてわからない。
五条「泣くなひな。痰が出だしたから熱もそろそろ下がってくる。たくさん寝たらいいからな」
と言って、次は五条先生が聴診してくれた。
その間に眠くなってきて、わたしは久しぶりに深い眠りについた。
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