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トラウマの火種②
しおりを挟む夏樹「五条先生と付き合ってもう2年半くらい経ってるだろ……。同棲含めたら6年ずっと一緒にいるのにキスもしてなかったとは……。その様子じゃ、ひょっとして手繋いだこともないか?」
ひな「手、手くらいは繋がれたことあるからっ!」
七海「例えば?」
ひな「え?」
七海「例えばどんな時?どんな風に手繋ぐの?」
ひな「どんなって……熱でうなされてる時とか、治療の時とか、手術から目が覚めた時とか……病院のベッドにいる時が多いかな?しんどい時は、五条先生がよく手をギュッてしてくれて……//」
「「……」」
ひな「……えっ?な、なんか言ってよ……」
夏樹「いやさ……それ手繋ぐというか、手握られたって言わね……?」
七海「うん、だね。そもそもさっき、"繋がれたことある"って言い方した時点でそんな気がしたんだけど、ひなのの話聞いてるとさ、こう、お互いに気持ち通わせてって感じじゃないよね。いつも五条先生からで、ひなのから手繋いだこと、ある?」
言われてみれば……
ひな「ない気がする……。それに、街でカップルが手繋いで歩いてるような、ああいうのは一度もない……。ちゃんと手を繋ぐって、したことないのかも……」
夏樹「マジか。さすがにそのくらいはしてると思ってたわ……。てか、ひなのってそういうことしたいって思わないの?」
ひな「え?」
夏樹「恋人同士がするようなことだよ。手を繋ぐのもそうだし、ハグとかキスとか、もっと言うと……いや、まぁそういうのだ。なんて言うか、五条先生に触れたいって思わないの?」
触れたいって思ったこと……
五条先生に触れられると、すごくドキドキして、うれしくて、心地良いって思う。
ぎゅって抱きしめられるとこのままがいいなと思うことも、その手を離さないでって、ずっと触れてて欲しいと思うことはある。
でも、自分から触れようって……。
五条先生の手を繋いでみようとか、ぎゅってしたい、ましてやキスしたいだなんて……。
ひな「それは、考えたことなかった……かも……」
夏樹「いや、考えることじゃないんだ。頭で考えるんじゃなくて、自然とそうしたいなって気持ちになるんだよ」
と言われても、そういう気持ちになったことなかった……。
ひな「……あのさ、わたしって変?」
「「え?」」
ひな「好きな人にそういう感情を抱かないって、おかしい……?普通はみんなあるんだよね。好きな人とは……ハグとかキスとかするんだよね。それがないわたしって、五条先生のこと好きじゃないのかな……」
夏樹「いやいや、ちょっと待てひなの。ごめん、俺の言い方が悪かったかもしれないけど、そうじゃないんだ。ひなのが五条先生のこと好きなのはよーくわかるし、五条先生もひなのを愛してる。側から見てて2人はちゃんと恋人だぞ。だけど、ひなのはまだ抜け出せてないのかな……って、そう思ってさ」
ひな「抜け出せてないって?」
夏樹「ひなの、今まで人が怖かっただろ?男の人なんか特にさ……。黒柱や俺といるうちに治ったかなって、傑ともすぐ仲良くなれたし、もう大丈夫かって思ってたけど、どこかに恐怖心が残ってるんじゃないか……?だから」
七海「夏樹。話遮って悪いけど、その話続けて大丈夫なやつ?何となくだけど、ひなのが辛くなるような話ならやめといた方が……」
夏樹「あっ……そ、そうだな。ごめんひなの、思い出すよな。傑もいるし、これ以上はやめとくか。悪かった」
ひな「ううん、待って。わたし平気だから、夏樹が言いたいことちゃんと言って欲しい。昔のことはもう全然大丈夫なの。傑にも隠さなくていいから。だから、わたしたちの間で気遣って思ってること言わないのはなしにしよう」
夏樹「そうか、わかった。それじゃあ……」
***
——数時間後
"ひなのは自分でも意識しない部分で、まだ人に対する恐怖心があるんだと思う。五条先生に手を握ってもらったり、抱きしめられると安心する。だけど自分からは触れようと思わないってのは、五条先生が嫌いとかじゃなくて、ひなのの本能がそうさせてるんだと思う"
"五条先生はひなのよりもひなののことわかってる人だから、何も言わないし求めたりしないけど、五条先生も男だからな。本当は、もっと恋人らしいこともしたいんじゃない?"
"心にブレーキなんてかけずにさ。殻破って、五条先生に飛び込んでみたら?五条先生、ずっと待ってるんだと思うぞ。ひなのが下ろしてるその帳(とばり)、ひなのが解いてくれるのずっと待ってるんだと思う"
2人と別れて病室に戻ってから、夏樹に言われたことが頭の中で繰り返される。
あの後、夏樹は自分の思うことをちゃんと話して伝えてくれた。
わたしも、なぜノワールへ来たのか、五条先生と暮らすまでになったのか、昔のことを傑に全部話せた。
"恋人らしいことしたいんじゃない?"
"五条先生、ずっと待ってるんだと思う"
五条先生と、恋人のはずなのにな……。
わたし、五条先生のこと好きなのに……。
夏樹の話を聞いて、傷付いたり落ち込んだりしてるわけではない。
むしろ、夏樹が言ってくれなきゃ気づかなかったと思う。
だけど、気づいてしまったからには考えちゃう。
わたし、どうして五条先生に触れようとしてこなかったんだろうって。
"殻破って、五条先生に飛び込んでみたら?"
殻を破る……って、どうしたらいいんだろう。
***
*五条side
神崎「五条先生、お疲れさま!」
五条「ありがとうございます。お疲れ様でした」
たった今、担当患者が1人退院していった。
神崎先生と一緒にロビーで見送りを終え、
神崎「ふぅ~。さてと、16時過ぎか。五条先生、ちょっとカフェで休憩して行かない?俺、甘いもの飲みたい気分だから付き合って!」
五条「えぇ、もちろん。ご一緒します」
と、神崎先生と一緒に3階のカフェへ。
神崎「あれ?あそこにいるのひなちゃん?」
レジに並びながら空いてる席を探していたら、奥の方にひなと夏樹と傑の3人が。
五条「ひなですね。少し前、藤堂先生から夏樹と傑が見舞いに来てるって連絡入ってました」
神崎「あ~。じゃあ、あれが藤堂先生の甥っ子くん。どんな話してるんだろう。ひなちゃん、ちょっと浮かない顔してない?」
言われてひなの表情を見ると、確かに何か考え込むような悩むような顔してる。
五条「そうですね……」
神崎「盗み聞きしたいところだけど、バレそうな席しか空いてないね。まぁ、青春の邪魔するのはやめとこうか!」
と、結局飲み物だけ買って、医局に戻った。
***
コンコンコン——
五条「ひな~」
あの後、医局に戻ってからもカフェでのひなが少し気になってたんで、仕事がひと段落したところでひなの病室に。
ちょうど夕食の最中だったので、俺はベッド横の丸椅子に腰掛けた。
……が、何かおかしい。
ひなは俺に気づいてないのか全く反応しない。
五条「ひな?」
真横から声を掛けるが、ひなはぼーっとしながら口をモグモグさせてる。
……ゲージの中で草食ってるうさぎか?
いや、うさぎでももうちょっと反応するよな……。
と思いながら、
五条「おい、ひな??」
ひなの顔の前で手を振ってみると、ビクッとしてようやく俺に気づいた。
けれど俺の顔を見るなり、目を見開いて固まってる。
五条「……大丈夫か?そんな驚くほどぼーっとして」
と言うと、
ひな「………大丈夫……です」
そう呟いたひなの目はみるみる曇っていく。
ひな、やっぱり変だな……。
あいつらと何かあったのか?
五条「どうした。何かあったか?」
ひな「なんでもないです……」
そう答えるひなの目にはあっという間に雨雲が広がり、今にも雨が降り出しそうに。
五条「ひな……急にどうしたんだよ……」
ひなの手を取って握ると、
ひな「五条先生……」
五条「ん?」
ひな「……」
五条「何があった?それともしんどいのか?」
ひな「……」
五条「ひな?」
ひな「……ごめんなさい。少し、1人になりたい……」
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