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ポリクリ③
しおりを挟む藤堂「ひなちゃん、少しお話させて」
体の向きを少しこちらに座り直す藤堂先生。
横並びで座る藤堂先生の膝が、わたしの膝に少し当たる。
藤堂「ごめんね、ひなちゃん。突然実習が中……」
ひな「今からワクチン打てないですか?すぐに打てば有効なはずなんです……」
この難を逃れる方法が何かないのか。
麻しん患者と接触した場合、72時間以内であれば緊急ワクチン接種という手があったはず。
頭の引き出しを全部開けて、どこで覚えたかも覚えてない知識を引っ張り出して投げてみる。
でも、
藤堂「緊急予防接種は有効だよ。よく勉強してたね。でも、ひなちゃんにはやっぱり接種してあげられない」
ひな「……」
ここで接種できるなら、きっと最初からそうしてる。
そんな可能性初めからあるわけないのに、食い気味に聞いてなんでこんなバカなんだろう。
藤堂「ひなちゃん。実習停止にはなったけど、まだ誰も麻しんだと確定したわけじゃなくて、あくまでも万が一に備えて健康観察をするだけだよ。だから、まずは3日、このお部屋で過ごしてもらえるかな?患者の結果が陰性であれば、実習に戻れるから」
ひな「麻しんの検査をしたということは、それなりの症状があったからですよね?結果はきっと陽性です……」
藤堂「いくら症状があっても、確定はできないから検査をするんでしょう?陽性も陰性も、可能性は半々でしかないよ」
ひな「なら、自宅待機じゃいけませんか……?普通は自宅待機になるんじゃ……」
藤堂「自宅待機してもらうケースももちろんある。けれどね、もしひなちゃんが感染していたら、発症時のリスクは相当高い。だから今回は、ひなちゃんが感染者を増やすことより、ひなちゃんが麻しんに罹った時のことを考えて、この対応になったの」
ひな「じゃあ、検査結果が陽性だったら……患者さんが麻しんで間違いないとすれば、わたしはいつ実習に戻れますか……?」
藤堂「その時は……発症すれば1ヶ月かかると思っておいて」
ひな「1ヶ月……」
短期間でいろんな科を回るポリクリにおいて、1ヶ月はあまりにも大きすぎる。
それに、今の藤堂先生の少しの間。
たぶん、潜伏期間は10日くらい。
わたしが感染してたとして、発症しなければそのくらいで戻れるはず。
でも、藤堂先生は最初から"発症すれば"って……。
やっぱり、麻しんでほぼ確実なんだ。
だから、わたしが麻しんになるのも確実なんだ。
じゃないと、藤堂先生があんなに焦っていたのも、クルズスを止めてまで連れ出されたのも、他に考えられる理由がなにもない……。
ひな「……」
黙り込んだわたしに、藤堂先生はまた少し座り直し、
藤堂「ひなちゃん、この間に貧血の治療をゆっくりしておこう。夜にって言ってたけど、少し落ち着いたら後で診察するね。具合は今平気?目眩とかない?」
診察はあとでと言いながら、膝の上で握りしめるわたしの手をさらりと取って、さらりと脈を取りながら言う。
クルズスに藤堂先生が入ってきた時は、貧血のことでわたしを呼びに来たのかと一瞬思った。
朝ちゃんと藤堂先生に連絡したのに、五条先生がすぐ診てとかなんとか言ったのかなって。
今となっては、そうであればよかったのにと思う。
ひな「はぃ……」
小さなため息を吐くような、か細い返事をすると、
藤堂「うん。そしたら、少し休んで待っててね。部屋は出られないから、何かあればナースコールするんだよ。些細なことでも遠慮しなくて大丈夫だから。必要なものは五条先生が持って来てくれるって。着替えも持って来るって言ってたから病衣は用意してないけど、すぐに着替える?持って来ようか?」
ひな「いえ、大丈夫です……」
藤堂「うん、わかった。それと、お昼は今日何か持って来てた?食べに行くつもりだったかな?」
ひな「持ってきてます。みんなでお弁当を食べる予定だったので」
藤堂「本当?そしたら、お昼はそれを食べておいてね」
と、藤堂先生は部屋を出て行った。
***
……はぁ。
藤堂先生が部屋を出ると、ソファーにこてんと横になった。
最後に藤堂先生から聞かれたこと。
お昼ごはんがあるなんて、咄嗟についた嘘だった。
みんなで食べる予定だったのは本当。
ポリクリ中はお昼も班のみんなと一緒だから。
ただ、今日は休憩時間がはっきりしてたから、みんなで食堂に行くつもりだった。
お昼がないと言えば、藤堂先生が絶対に用意する。
でも、今は食欲なんてとてもない……。
ひな「……」
目の前にある病室の景色をぼんやり眺める。
頭の中はずっと考え事をしてるのに、ただぼーっとしているだけで時間が過ぎていく不思議な感じ。
そうして、どのくらい時間が経ったのか、
コンコンコン——
ドアをノックする音が聞こえて起き上がると、藤堂先生と祥子さんが来た。
藤堂「ひなちゃんごめんね、遅くなって。お昼は食べた?」
ん?遅くなった……??
そういえば時計を見ていなかったけど、どのくらい時間が経ったんだろう。
そう思いつつ、
ひな「はい、食べました」
口からはもう勝手に自然に嘘が出る。
藤堂「うん。そしたら少し診察しようか。ベッドにいける?」
ひな「はい」
言われて、ソファーを立ってベッドに上がろうとすると、
藤堂「ひなちゃん、白衣は脱いでおこうか」
ひな「あっ、はい」
と、白衣を脱いでベッドに上がった。
藤堂「五条先生から聞いたけど、氷食症になってるって?」
ひな「そうみたいです……。氷が無性に食べたくて……」
問診を受けながら、祥子さんに血圧を測られる。
祥子「血圧106/61です」
藤堂「うん、ありがとう。いつから食べたくなったの?この前注射した時はそんなことなかったよね?ちょっと診ていくね」
言いながら、聴診器を首から外す藤堂先生。
祥子「お洋服上げるわね」
白衣の下には黒のTシャツを着ていたわたし。
形から入るタイプなので、スクラブ感が出るようにとVネックのTシャツを。
それを祥子さんが捲って持ってくれるんだけど、
藤堂「深呼吸ね」
祥子「ひなちゃん大きく息しようね。吸って~……」
2人掛かりだと、小さい子の診察みたいで恥ずかしい。
藤堂「うん、いいよ」
恥ずかしさから長く感じられた聴診が終わると、
藤堂「お腹は痛くなってない?」
ひな「大丈夫です」
藤堂「氷を食べるとお腹が冷えちゃうからね。お腹温かくするようにね」
そう言いながら、わたしの顔をじっと見て、下瞼の裏を見て、爪の色までチェックして、
藤堂「確かにこの前より良くないかな……。そしたら、数値を確認したいから採血もするね。祥子ちゃん、お願い」
祥子「はい。ひなちゃん、ベッドに背中つけてね。ベッド少し倒すわね」
と、座っていた背中をベッドに預け、背もたれを倒してもらい。
祥子「ひなちゃん、いくよ~?チクッとするね~……」
チクッ……
採血の針が刺さると、
……あ、あれ……?
ひな「ハァ、ハァ……」
藤堂「ひなちゃん気持ち悪い?」
ひな「……す、すこし……ハァ、ハァ……」
頭の先からスーッと血の気が引いていく感覚に……。
藤堂「ごめんねひなちゃん。もう終わるからちょっと頑張ろうね。祥子ちゃんごめん、採血1本で大丈夫。点滴のルート確保しておいて」
祥子「わかりました」
ひな「ハァ……、ハァ……」
藤堂「ひなちゃんゆーっくり深呼吸するよ。焦らなくていいからね」
言いながら、ズボンを緩めつつ、足の下にクッションを入れつつ、
ひな「ハァ……、ハァ……、……ぅっ……」
藤堂「気持ち悪いね。大丈夫大丈夫。もう採血終わったよ」
枕を取って、目元を覆うようにそっと手を乗せて、
藤堂「大丈夫だからね。ゆーっくり息してね。そうそう、目閉じてゆっくり深呼吸だよ」
優しい声をかけてくれる藤堂先生。
少しして治まると、祥子さんにまた血圧を測られて、
藤堂「だいぶ落ち着いたかな。急に気持ち悪くなってびっくりしたね。採血で久しぶりだったね」
ひな「ごめんなさい……」
藤堂「謝らなくていいんだよ。ただ、やっぱり貧血が酷くなってるみたいだから、検査結果を見てどう治療していくか決めようね」
ひな「はい……」
と、ようやく診察が終わった。
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