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ポリクリ④
しおりを挟むそれから、また部屋に1人となったわたしは、
いま何時だろう?
と、スマホを取り出して画面をつけた。
表示された時刻は13:50。
まだ14時前か……。
と思ったけど、
……あれ?
クルズス抜けた時は、たしかまだ10時半とかで……
ソファーで3時間近くぼーっとしてた……?
と、時間を無駄にしたことにため息が出てしまう。
そして、画面にはいくつかLIME通知も。
今度はそれをタップして、ポリクリのグループLIMEを開いた。
< ポリクリ7班☆(5)
みちこ
ひなのちゃん、あの後大丈夫だった? 12:26
Natsuki Kudo
どこ連れてかれたんだ? 12:27
賢太郎
今日の資料はまた共有するね 12:27
七海傑
ひなのお昼食べた?
悟にいじめられてない? 12:28
トーク画面には、みんなから心配のメッセージが並んでいる。
心配かけて申し訳ないな……。
と、画面をスクロールしていくと、
Natsuki Kudo
あの後医局長から説明あってさ
俺たちはポリクリ継続になった
クルズスはひなのも受けられるように
オンラインで繋ぐことになったからな 12:32
……そっか。
みんなはポリクリ停止にならなかったんだ。
うん、よかった……。
それに、クルズスをオンラインで受けられるようにしてくれて、本当に本当にありがたい。
だけど……
外来見学や実技実習には、どうしたって参加できない。
臨床現場を見られるのも、手技を学べるのも、それこそポリクリの醍醐味なのに……。
みんながたくさん学ぶ間、わたしは……
ひな「……」
もう決まったことは仕方がない。
それなのにまた、気持ちがずんずん沈んでいく。
わたしはそっとスマホを閉じて、
はぁ……。
またため息を吐きながら、ベッドの上で体育座りに。
するとそこへ、
コンコンコン——
五条「ひなー?」
五条先生が。
五条先生……。
てっきり夜になると思ってたのに、お昼のうちに来てくれた。
うれしい、ありがとう。
いつもならそうなるのに、気持ちが沈んでいる今来るのは、なんとも間が悪いというか……
五条「具合は大丈夫か?」
ひな「別に……。貧血で倒れてここにいるんじゃないですよ」
そんなこと言ってるんじゃないってわかっているのに、そんな風に返してしまう。
すると五条先生は、
五条「うん。ひなが元気なのはわかってる。でも、採血で気分悪くなったって聞いたから。その心配はしていいだろ?」
そう言って、ベッドにぽすんと座り、わたしの頭をぽんぽんっとした。
かと思えば、すぐに立ち上がり、
五条「着替えやタオル持ってきたから、ここ置いとくぞ。飲み物とかは冷蔵庫入れとくな」
今度は持って来た荷物をせっせと整理してくれて、それが終わると、
五条「ひな、お昼何も食ってないだろ?」
テイクアウトの袋を手に、再びベッドにぽすんと座った。
ひな「お昼……食べましたよ」
五条「嘘つけ」
そう言って、買ってきたごはんを袋から出していく五条先生。
五条「藤堂先生言ってたぞ?お昼食べたって、ひなにまた嘘つかれたって。さっき藤堂先生が来てくれた時、白衣着たままだったんだろ。ソファーから動いた様子もなくって、そりゃバレるわ。寝てたのか?」
なっ……!?
藤堂先生にバレてないと思ってたのに、バレてたなんて……。
ひな「寝てないです……それは本当に」
五条「"それは"って。じゃあ、飯食ってないのは事実か」
ひな「そ、それも本当です……」
五条「なら何食ったんだ?夏樹たちと食堂行くんじゃなかったのか?食べた後のゴミはどうした?」
ひな「っ、それは……」
言葉を返せなくなったわたしは、五条先生から顔を逸らす。
すると、
五条「お昼、何も食べてないんだろ? ほら、買ってきたから一緒に食おう。俺もまだ食べてないから。ん」
と、フォークを袋から取り出して、わたしの前に差し出してきた。
ひな「……いりません」
チラッとフォークに目をやるも、またすぐに顔を逸らす。
五条「いらないじゃなくて。ここ、ひな好きな店だろ?」
そう言う五条先生が買ってきたのは、最近近くにできたおにぎり屋さんのおにぎり。
ふっくらしたおにぎりが美味しくて、量も調整しやすいから、お昼や五条先生がいない日の夜ごはんによく買っている。
少しおかずなんかも売っていて、ほんのり甘い厚焼き玉子と野菜がごろっと入った肉団子がお気に入り。
ひな「食欲ないんです……」
五条「食欲なくても、腹は減ってるだろ」
ひな「別に減ってないです。ひとりで食べてください。どうせ全部食べられるでしょ……」
そう言って、構ってくれるなというように、体育座りの膝をぎゅっと抱えて小さくなる。
すると……
五条「……なぁ、ひな?」
五条先生がわたしの背中に優しくそっと手を添える。
声のトーンが急に変わって、怒られるのかと思ったのに、
五条「ひなな、ちょっと、1回深呼吸してごらん」
落ち着いた声と温かい手に包み込まれて、思わず顔を上げてしまう。
五条「朝からずっとパニックになってるだろ。ひなは今、どうしてここにいるんだっけ? 自分で説明できるか?」
ひな「……」
言われてることはわかるけど、口がうまく開かない。
五条先生の目を見つめて、口をキュッと一文字に結ぶ。
五条「身体の調子が悪くてここにいるわけじゃないだろ?食事しないで身体が弱ったら、麻しんにならなかった時どうするんだ」
ひな「……」
五条「ひなは今、感染の可能性があって健康観察のためにここにいるだけ。それなのに、全然関係ないところで引っかかって、ポリクリに戻れなくなったらどうする」
ひな「……」
五条「飯はちゃんと食わないと、元気なものも元気じゃなくなる。ほら、ひなの好きな卵焼き」
そう言って、五条先生はわたしの口に、厚焼き玉子をひとくち運んだ。
口元に持って来られた厚焼き玉子は、反射的に開いた口の中に収まった。
ほわっと広がる、微かな甘み。
モグ……モグ……
噛むと、さらに広がる、ほのかな甘み。
モグ、モグ……、モグモグ……
いつも食べてるこの卵焼きは、美味しくて好きだけど、普通っちゃ普通のなんでもない卵焼き。
今日だって、いつもと変わらぬ味をしている。
それなのになぜか、
ひな「……グスッ……グスン……ッ」
さっきから喉の奥が苦しくて、鼻の奥がツーンとして、
ひな「グスン……グスン……ッ……」
何か特別なものでも食べたみたいに、ぽろぽろ涙が溢れてきた。
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