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Pastel (0)
四、シロネコ
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「こんな絵だったら得意なんだけどなあ」
水菜はどうして今、手元にあるのかも分からない灰色のパステルと、真っ白な薄いメモ帳をどうしようかと悩んだ。その挙げ句、とりあえずベッドに寝転んで、普段キャンバスに描いているような風景画ではなくて、思いつくままに落書きをはじめていた。学校のテストで退屈になったら、よく裏紙にも動物やら草花やらの簡単な絵を暇つぶしに描いていた水菜にとっては、水彩画と違ってお手の物だった。
「う……でも描きづらっ。パステルとかあんまし使ったことないし」
とりあえず描いてみたのは、一匹のネコ。目を細めて顔を洗うような仕草をさらさらと、メモ帳にものの数秒で描き上げる。
「かわいい。飼いたいなあ、ネコ。でもこのお家だと家中爪とぎでボロボロにされちゃうから無理なのよね」
水菜は、ベッドから起き上がるとパステルとメモ帳を作業台に置きなおす。そのまま出窓の方へ向かって、先ほどの灰色のネモフィラを眺めていた。声は突然だった。
「なら、ボクを飼えばいいんじゃなかな?」
(――!)
驚いて後ろを振り返るとそこには、先ほど描いた一匹のネコが、作業台の上で顔を前足を使って洗いながら、器用にこちらに視線を投げかけていた。
「あなた……なに? どこから入ったの? というか、私がさっき描いたネコ……だよね? しゃべってる……。これってそのパステルで描いたからってこと……? え? ちょっと待ってこれってどういう……」
「まあまあ、おちつこうよ、キミ。ボクが何者かとか、しゃべれるかとか、その他諸々そういうのは後で説明するとして、、まさにキミが今そのパステルで描いた結果がこれさ」
「え……ちょっと意味分かんない」
「キミはそのパステルをメモと一緒に使った。ただそれだけのことさ」
「一緒に?」
「そう。一緒に」
「このパステルでこのメモ帳に描くとこんな不思議なことが起こるっていうこと?」
「そう。描いたものを描いた色で具現化できる。だけど、そこらへんの紙切れとか、画用紙とかに描いてもダメ。そうしてみても、本当にもうただのパステルで普通の絵を描いてるのと何も変わらない。二つでセットさ」
「だから当然、きみが描き散らかしてるキャンバスなんかに、そのパステルで描いても何の意味もないからね。ま、芸術的な意味はどうなのか、ボクにはわからないけど」
皮肉を言われてちょっとだけカチンときたが、そんな水菜の表情も無視してネコは続ける。
「で、ちなみにそのメモは十二枚しかないから注意するように」
「十二枚……ちょうど干支の動物さんたちを描けば十二枚……」
「……いまキミ、変なこと言わなかったかな?」
「あ……いやあ……」
「まあいいさ。そう。十二枚。それを使ったらもうパステルは使えなくなるんだ。あ、最初のボクを描いた一枚は下描き用のサービスね。それと今はその灰色一色だけ」
「残り十二回……私の好きなものを好きなようにこの世界に描ける」
「そう。キミの好きなようにね。好きな世界をさ」
床に無造花に置いてあった水葉の外出用リュックをクッションか何かと勘違いしたのか、白いネコはそこにちょこんと座ると、まっすぐに彼女を見据えていた。
「うーんとね、言っとくけど、私の名前は水菜だから。みずなしみずな。キミキミっていうのはやめてよね」
「ミズナシ? なんだか変な響きだけど……ミズナ……うん、いい名前だな。キミの名前は」
「だからっ」
茶化されつつも水菜はうすうすと感じていた。なんだかもしかすると、これはとんでもない世界に巻きこまれてしまったのかもしれない、と。
水菜の銀に反射する髪が夕焼けにかすかに染まった。これから始まる水菜の運命をまるで語りかけているような淡いパステルカラーだった。
「さあミズナ。キミは……最初の一枚に、一体何を描くんだい?」
(Pastel (1)に続く)
水菜はどうして今、手元にあるのかも分からない灰色のパステルと、真っ白な薄いメモ帳をどうしようかと悩んだ。その挙げ句、とりあえずベッドに寝転んで、普段キャンバスに描いているような風景画ではなくて、思いつくままに落書きをはじめていた。学校のテストで退屈になったら、よく裏紙にも動物やら草花やらの簡単な絵を暇つぶしに描いていた水菜にとっては、水彩画と違ってお手の物だった。
「う……でも描きづらっ。パステルとかあんまし使ったことないし」
とりあえず描いてみたのは、一匹のネコ。目を細めて顔を洗うような仕草をさらさらと、メモ帳にものの数秒で描き上げる。
「かわいい。飼いたいなあ、ネコ。でもこのお家だと家中爪とぎでボロボロにされちゃうから無理なのよね」
水菜は、ベッドから起き上がるとパステルとメモ帳を作業台に置きなおす。そのまま出窓の方へ向かって、先ほどの灰色のネモフィラを眺めていた。声は突然だった。
「なら、ボクを飼えばいいんじゃなかな?」
(――!)
驚いて後ろを振り返るとそこには、先ほど描いた一匹のネコが、作業台の上で顔を前足を使って洗いながら、器用にこちらに視線を投げかけていた。
「あなた……なに? どこから入ったの? というか、私がさっき描いたネコ……だよね? しゃべってる……。これってそのパステルで描いたからってこと……? え? ちょっと待ってこれってどういう……」
「まあまあ、おちつこうよ、キミ。ボクが何者かとか、しゃべれるかとか、その他諸々そういうのは後で説明するとして、、まさにキミが今そのパステルで描いた結果がこれさ」
「え……ちょっと意味分かんない」
「キミはそのパステルをメモと一緒に使った。ただそれだけのことさ」
「一緒に?」
「そう。一緒に」
「このパステルでこのメモ帳に描くとこんな不思議なことが起こるっていうこと?」
「そう。描いたものを描いた色で具現化できる。だけど、そこらへんの紙切れとか、画用紙とかに描いてもダメ。そうしてみても、本当にもうただのパステルで普通の絵を描いてるのと何も変わらない。二つでセットさ」
「だから当然、きみが描き散らかしてるキャンバスなんかに、そのパステルで描いても何の意味もないからね。ま、芸術的な意味はどうなのか、ボクにはわからないけど」
皮肉を言われてちょっとだけカチンときたが、そんな水菜の表情も無視してネコは続ける。
「で、ちなみにそのメモは十二枚しかないから注意するように」
「十二枚……ちょうど干支の動物さんたちを描けば十二枚……」
「……いまキミ、変なこと言わなかったかな?」
「あ……いやあ……」
「まあいいさ。そう。十二枚。それを使ったらもうパステルは使えなくなるんだ。あ、最初のボクを描いた一枚は下描き用のサービスね。それと今はその灰色一色だけ」
「残り十二回……私の好きなものを好きなようにこの世界に描ける」
「そう。キミの好きなようにね。好きな世界をさ」
床に無造花に置いてあった水葉の外出用リュックをクッションか何かと勘違いしたのか、白いネコはそこにちょこんと座ると、まっすぐに彼女を見据えていた。
「うーんとね、言っとくけど、私の名前は水菜だから。みずなしみずな。キミキミっていうのはやめてよね」
「ミズナシ? なんだか変な響きだけど……ミズナ……うん、いい名前だな。キミの名前は」
「だからっ」
茶化されつつも水菜はうすうすと感じていた。なんだかもしかすると、これはとんでもない世界に巻きこまれてしまったのかもしれない、と。
水菜の銀に反射する髪が夕焼けにかすかに染まった。これから始まる水菜の運命をまるで語りかけているような淡いパステルカラーだった。
「さあミズナ。キミは……最初の一枚に、一体何を描くんだい?」
(Pastel (1)に続く)
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