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なぎ

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三、Pastel !

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「さて、と」

 水菜の眼前には先ほどの小包が、作業台の上にすっかり腰を落ちつかせていた。物欲しそうに開封をまっているようにはとても見えない。ただぽつんとこちらをじっと眺めているようだった。

(――開けなきゃ意味ないよね……)

 水菜は心の中でそう呟くと、作業台で身じろぎもしない小包に向かい合った。先ほどの心配を再確認するように小包に聞き耳を立てたり、くんくんとにおいを嗅いだりしている。

「もういい。開けちゃうから」

 意を決して水菜は小包をとりまいているガムテープをおそるおそる引き剥がしにかかった。
 ぱりぱり、とゆっくりテープを外していくと、小包をくるんでいた薄茶色の紙の隙間から、ざらざらとした感触が指先と視界に飛び込んでくる。水菜の瞳孔が少しだけ大きくなる。

「……木?」

 こうなると水菜の好奇心は止めどなく進んでいった。薄い包装紙の残りをばりばりと手早く破ると、その下からひょっこり顔をのぞかせたのは、ベージュの簡素な木箱だった。水平にスライドさせるようなフタが取り付けられていて、なんだか海外でよくみる高級な紅茶の箱みたいだった。

「紅茶の木箱………? うんうん、紅茶は好きなんだよね。でもこれってフタにも箱にも何にも書いてないよね。どこのメーカーなの?」

 くるくると箱を回転させて上下左右を確認しても、メーカーとか品種とか消費期限とかどこにも書いていない。最近はこういうのが流行っているのだろうかと水菜はふと考える。オーガニックとか、超レアものの最上級茶葉が詰まってるかもしれないと思うと、水菜の期待は瞳孔の膨らみでそれに応えた。

「日曜に最高級の紅茶とか、なんかついてる私。ありがとう、どこの誰だかわかんない送り主さん」

 先ほどまで中身がなんなのか訝しんでいたのも忘れて、水菜の想像の翼は、ちょっと前に雑貨屋さんで買ったばかりのティーセットの準備と、優雅なアフタヌーンティータイムに羽ばたいていた。
 そうして小箱を両手で大事そうに持ち直したとき、ふいに、ことっ、と小箱の中から何かが音を立てた。

(――あれ?)

 不思議に思った水菜は、小箱をゆっくり振ってみる。ことこと、と、先ほどの音が繰り返し小さな声できこえてくる。その頃にはもうすでに、中身が爆弾の可能性なんて水菜の頭の中からは雲散霧消している。

「紅茶なら、こんな音しないよね」

 優雅なアフタヌーンティーの空想は消えつつあるが、水菜の瞳孔はよりまん丸になっていた。もう思い切ってあけるしか考えは浮かばなかった。

「えいやっ」

 水菜はどうでもいい気合いを声にすると同時に、作業台に置き直した木箱を右手でつかんで、フタを掴んだ左手ですーっと蓋をスライドさせる。
 少しずつ中身が見えてくる。

「え? からっぽ?」

 そう思った瞬間、木箱の底で隅に小さくうずくまっていた、赤茶色に錆びた小さな金属片の鈍い光が水菜の瞳に反射した。
 水菜はすぐにそれに手を伸ばすと、その小さなかたまりを拾い上げる。
 指先につままれたそれに、先ほど木箱にしたのと同じ動作で、上下左右から忙しく視線をおくる。

「え? 鍵……だよね」

 見覚えはなかった。

「うちの鍵じゃなさそうだなあ。こんなに丸っこい形してないもん」

 何度みつめても見覚えはない。
 鍵らしきものの形は、よくある平たい形のものではなく、中心に空洞のある丸い軸に、ハの字型をしたような突起がついていた。大きさは、普通の鍵よりも一回り小さい。水菜にはなんだかそれが、映画なんかの古い物語で登場するような、不思議なアイテムか何かに見えた。

「うーん、まあ鍵だとして……どこの鍵だろ。もしかして配達間違い? でもちゃんと私宛てになってたしなあ」

 頭の中で、今までに使ったことのある鍵を思い出しながら、色と形を照合していくが、どれもこの鍵に合うらしき物体には合致しない。

 どうしようかと悩んで、一人首を横に振ったり、部屋の中を見回してみたりする。ふと水菜の視界に、出窓のフォトフレーム中にある微笑がふと飛び込んできた。
 微笑の先には、四角くて水菜の身体の大きさくらいある、大きなトランクが部屋の隅でホコリを被って静かに横たわっている。

「あ……」
「もしかして……」

「これとか?」

 水菜は無言のトランクに近づくと、茶色い馬皮の表面に積もった白っぽい粒子を一撫でする。

「ずいぶんとほったらかしだったもんね」

 ざらざらとする感触を、華奢な人差し指の先でひとしきり味わうと、表面にふーっとゆっくり息を吹きかける。銀色にキラキラと舞い上がる埃が空中で風鈴のような音色を奏でて、水菜は、こんこん、と小さな咳を二度した。

「うわ。すごい埃。でも」

 言いさした時には、水菜の透き通った白い手はトランクの把手の辺りを探っていた。もしあるならこの辺りに鍵穴があるはずだった。
 水菜の陰になっていて、トランクも大きくて動かしにくいものだから、薄暗い手元を指先だけで探っていく。そうこうするうちに、丸っこい小さなへこみに触れた。

「あった。きっとこれ」

 先ほど木箱に戻しておいた鍵らしきものを勇んで取りに戻ると、小箱をひっくり返してその金属片を拾い上げる。すぐにトランクにとって返して、丸いへこみに、軸に穴の開いた丸い円柱状の物体を重ね合わせてみる。

「形はなんとなく合いそう」

 ゆっくりと鍵穴に差し込んでいく。かりかり、と金属の擦れる音がした。長いこと開けていなかったのだろう。
ところどころに引っかかりがあるが、これ以上進まないところまで突き当たった感触が、水菜の親指に微かに伝わった。

(――これで回れば……)

 右手を反時計回りに回転させると、カチッと何かが外れる金属音が部屋に鋭く反響した。


「え? ホントに? 開いた……よね?」

  なんだか嘘みたいな展開に半ば唖然としながらも、水菜の両手は本人も気がつかない速さで、トランクの蓋に手をかけていた。
 のりで張り付いているみたいに硬い蓋を強引に持ち上げると、バリッという乾いた音を立てながら、トランクから古いカビたみたいな空気を放出される。
 ぐいと力を入れた拍子に、トランクの中につんのめって身体ごとトランクに飛び込んでしまう。、嫌でもカビたにおいが鼻の中を占領する。見計らったかのように蓋が水菜の背中に向かって噛み付いてきて、水菜はトランクからサンドイッチの具みたいに挟まれてしまった。

「いててて……。こういうとき、いつもこうなのよね、私って」

  サンドイッチみたいにトランクに頭を突っ込んだまま、ぷーっと頰を膨らますと、口の中にためた空気を、はあっと吐き出す。トランクから脱出しようと左手を底についた瞬間、何か小さな塊に掌が触れた。

「ん? あれ?」

  どこかで感じたことのある手触りだった。

(チョーク?)

 水菜は左手にざらざらとした細長い物体を握りしめると、右手でトランクの蓋を押し開けてむくりと起き上がる。改めて左手をみると、そこには辺り一面にあるキャンバスに塗りたくられた灰と同じ色をした円柱状の物体が握りしめられていた。

「うん?……パステル?」

 トランクの前に座り直して、もう一度中身をのぞき込んでみる。別の白い小さなかたまりが目に飛び込んできた。

「こっちは……メモ用紙?」
「それに……一色だけのパステル。しかも灰色。何かの暗号……とか?」


 水菜は両手にとりあげた、よく意味の分からない掘り出し物をまじまじと眺めて首をすくめるばかりだった。
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