23 / 92
第3章 〈くろいうさぎ〉の切ない願い
3
しおりを挟む
「あれ、香坂玲伊……さん? やだ。わたし、大ファンなんですよ。去年テレビでお店の紹介されていたときからの」
鳴海ちゃんはお母さんを見上げた。
「お母さん、このお兄さんのこと、知ってるんだ」
「知ってるも何も。この方、とっても有名なのよ」
「いや、そんなことはないですよ」と謙遜する玲伊さんの言葉を制して、鳴海ちゃんのお母さんは力説した。
「いいえ! ママ友とよく話してるんですよ。一度でいいから〈リインカネーション〉で香坂玲伊さんに施術してもらいたいよねーって」
「いや、光栄です。そんなふうに言っていただけて」
玲伊さんが微笑んで軽く会釈をすると、鳴海ちゃんのお母さんの顔も一瞬で真っ赤に染まった。
わたしにもよくわかる。その気持ち。
玲伊さんの笑顔の破壊力は、ほんとに計り知れない。
その後も「お写真いいですか」とか「もう、早くみんなに自慢したい」とか言って、なかなか帰ろうとしない母親に焦れて、鳴海ちゃんは口を尖らせた。
「お母さん、もう帰ろうよ。お腹空いた」
「あ、そうね。じゃあ、優紀さん。またお願いしますね」
「ぜひ、うちの店にもいらしてください」と玲伊さんに言われ、まだまだ名残惜しそうな顔をしているお母さんの手を引いて、鳴海ちゃんは帰っていった。
「よく懐いているんだな、あの子」
「2年生のときから、来てくれているから」
「なんか昔の優ちゃんを思い出したよ。それにしても残念だったな。優ちゃんの読み聞かせが聞けなくて」
わたしが出した麦茶を飲みながら、玲伊さんは言った。
「なあ、今から俺に読んでくれない? 優ちゃんの声、優しくて好きだから」
落ち着け、自分。
また、いつもの冗談。
真に受けたらだめだから。
「いえ、恥ずかしいから嫌です」
「そう言わずに。ほら」
そう言って、机の上に置いてあった絵本を手渡そうとする。
しかもそれ『しろいうさぎとくろいうさぎ』だし。
好きな人の前で、このお話はとても読めない。
「嫌ですって」
ちょっとの間、押し問答していると、奥から祖母の声がした。
ちょうど買い物から帰ってきたところだった。
「玲伊ちゃん、いるのかい? 一緒にごはん食べていく?」
わたしはほっと息をついた。
おばあちゃん、ナイスタイミング。
「あ、藍子さん。ごはんはいいけど、話があるんだ。少しだけ、こっちに来てもらえますか」
「なんだい?」
祖母は居間に入ってきた。
「これから2、3カ月ほどの間なんですけど、ちょっと優ちゃんにうちに通ってもらいたくて」
「うちって。玲伊ちゃんの店に?」
「はい」
玲伊さんは企画書を祖母に渡し、事情を説明した。
「書店のお仕事に支障がないように配慮はしますが、藍子さんにもご迷惑をかけてしまうかもしれませんのでご了承いただけるとありがたいのですが」
にこにこしながら祖母は「いいよ、いいよ」と快諾した。
「いやいや、店の方はなんとかなるよ。どうせ、そう客が来る訳じゃなし。それより、こっちからお願いしたいぐらいだよ。優紀、もう25歳にもなるのに、色気もしゃれっ気もなくて、気を揉んでいたぐらいだからさ」
「そう言っていただけて、良かったです」と彼は嬉しそうに微笑んで立ちあがった。
「もう帰るのかい?」
「はい。お邪魔しました。じゃ、優ちゃん。またね」と言いながら、玲伊さんは帰っていった。
「しかし、いつ見てもいい男だねえ、玲伊ちゃんは。眼福、眼福」
彼が帰ったあと、しみじみとそう漏らし、祖母は台所に戻っていった。
わたしは心のなかで、鳴海ちゃんのお母さんや祖母に完全に同意していた。
うん、玲伊さんほど素敵な人なんて、他にはいない。
だから余計、あんなふうに、わたしをからかうのはやめてほしい。
望みのない期待なんて、抱きたくない。
わたしはさっき読んだ絵本を思い出していた。
でも、現実はいつもハッピーエンドになる訳ではないのだ、と。
鳴海ちゃんはお母さんを見上げた。
「お母さん、このお兄さんのこと、知ってるんだ」
「知ってるも何も。この方、とっても有名なのよ」
「いや、そんなことはないですよ」と謙遜する玲伊さんの言葉を制して、鳴海ちゃんのお母さんは力説した。
「いいえ! ママ友とよく話してるんですよ。一度でいいから〈リインカネーション〉で香坂玲伊さんに施術してもらいたいよねーって」
「いや、光栄です。そんなふうに言っていただけて」
玲伊さんが微笑んで軽く会釈をすると、鳴海ちゃんのお母さんの顔も一瞬で真っ赤に染まった。
わたしにもよくわかる。その気持ち。
玲伊さんの笑顔の破壊力は、ほんとに計り知れない。
その後も「お写真いいですか」とか「もう、早くみんなに自慢したい」とか言って、なかなか帰ろうとしない母親に焦れて、鳴海ちゃんは口を尖らせた。
「お母さん、もう帰ろうよ。お腹空いた」
「あ、そうね。じゃあ、優紀さん。またお願いしますね」
「ぜひ、うちの店にもいらしてください」と玲伊さんに言われ、まだまだ名残惜しそうな顔をしているお母さんの手を引いて、鳴海ちゃんは帰っていった。
「よく懐いているんだな、あの子」
「2年生のときから、来てくれているから」
「なんか昔の優ちゃんを思い出したよ。それにしても残念だったな。優ちゃんの読み聞かせが聞けなくて」
わたしが出した麦茶を飲みながら、玲伊さんは言った。
「なあ、今から俺に読んでくれない? 優ちゃんの声、優しくて好きだから」
落ち着け、自分。
また、いつもの冗談。
真に受けたらだめだから。
「いえ、恥ずかしいから嫌です」
「そう言わずに。ほら」
そう言って、机の上に置いてあった絵本を手渡そうとする。
しかもそれ『しろいうさぎとくろいうさぎ』だし。
好きな人の前で、このお話はとても読めない。
「嫌ですって」
ちょっとの間、押し問答していると、奥から祖母の声がした。
ちょうど買い物から帰ってきたところだった。
「玲伊ちゃん、いるのかい? 一緒にごはん食べていく?」
わたしはほっと息をついた。
おばあちゃん、ナイスタイミング。
「あ、藍子さん。ごはんはいいけど、話があるんだ。少しだけ、こっちに来てもらえますか」
「なんだい?」
祖母は居間に入ってきた。
「これから2、3カ月ほどの間なんですけど、ちょっと優ちゃんにうちに通ってもらいたくて」
「うちって。玲伊ちゃんの店に?」
「はい」
玲伊さんは企画書を祖母に渡し、事情を説明した。
「書店のお仕事に支障がないように配慮はしますが、藍子さんにもご迷惑をかけてしまうかもしれませんのでご了承いただけるとありがたいのですが」
にこにこしながら祖母は「いいよ、いいよ」と快諾した。
「いやいや、店の方はなんとかなるよ。どうせ、そう客が来る訳じゃなし。それより、こっちからお願いしたいぐらいだよ。優紀、もう25歳にもなるのに、色気もしゃれっ気もなくて、気を揉んでいたぐらいだからさ」
「そう言っていただけて、良かったです」と彼は嬉しそうに微笑んで立ちあがった。
「もう帰るのかい?」
「はい。お邪魔しました。じゃ、優ちゃん。またね」と言いながら、玲伊さんは帰っていった。
「しかし、いつ見てもいい男だねえ、玲伊ちゃんは。眼福、眼福」
彼が帰ったあと、しみじみとそう漏らし、祖母は台所に戻っていった。
わたしは心のなかで、鳴海ちゃんのお母さんや祖母に完全に同意していた。
うん、玲伊さんほど素敵な人なんて、他にはいない。
だから余計、あんなふうに、わたしをからかうのはやめてほしい。
望みのない期待なんて、抱きたくない。
わたしはさっき読んだ絵本を思い出していた。
でも、現実はいつもハッピーエンドになる訳ではないのだ、と。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~
藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
とろける程の甘美な溺愛に心乱されて~契約結婚でつむぐ本当の愛~
けいこ
恋愛
「絶対に後悔させない。今夜だけは俺に全てを委ねて」
燃えるような一夜に、私は、身も心も蕩けてしまった。
だけど、大学を卒業した記念に『最後の思い出』を作ろうなんて、あなたにとって、相手は誰でも良かったんだよね?
私には、大好きな人との最初で最後の一夜だったのに…
そして、あなたは海の向こうへと旅立った。
それから3年の時が過ぎ、私は再びあなたに出会う。
忘れたくても忘れられなかった人と。
持ちかけられた契約結婚に戸惑いながらも、私はあなたにどんどん甘やかされてゆく…
姉や友人とぶつかりながらも、本当の愛がどこにあるのかを見つけたいと願う。
自分に全く自信の無いこんな私にも、幸せは待っていてくれますか?
ホテル リベルテ 鳳条グループ 御曹司
鳳条 龍聖 25歳
×
外車販売「AYAI」受付
桜木 琴音 25歳
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる