もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那

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第3章 〈くろいうさぎ〉の切ない願い

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「あれ、香坂玲伊……さん? やだ。わたし、大ファンなんですよ。去年テレビでお店の紹介されていたときからの」

 鳴海ちゃんはお母さんを見上げた。
「お母さん、このお兄さんのこと、知ってるんだ」

「知ってるも何も。この方、とっても有名なのよ」

「いや、そんなことはないですよ」と謙遜する玲伊さんの言葉を制して、鳴海ちゃんのお母さんは力説した。

「いいえ! ママ友とよく話してるんですよ。一度でいいから〈リインカネーション〉で香坂玲伊さんに施術してもらいたいよねーって」

「いや、光栄です。そんなふうに言っていただけて」

 玲伊さんが微笑んで軽く会釈をすると、鳴海ちゃんのお母さんの顔も一瞬で真っ赤に染まった。

 わたしにもよくわかる。その気持ち。
 玲伊さんの笑顔の破壊力は、ほんとに計り知れない。

 その後も「お写真いいですか」とか「もう、早くみんなに自慢したい」とか言って、なかなか帰ろうとしない母親に焦れて、鳴海ちゃんは口を尖らせた。

「お母さん、もう帰ろうよ。お腹空いた」

「あ、そうね。じゃあ、優紀さん。またお願いしますね」

「ぜひ、うちの店にもいらしてください」と玲伊さんに言われ、まだまだ名残惜しそうな顔をしているお母さんの手を引いて、鳴海ちゃんは帰っていった。

「よく懐いているんだな、あの子」
「2年生のときから、来てくれているから」
「なんか昔の優ちゃんを思い出したよ。それにしても残念だったな。優ちゃんの読み聞かせが聞けなくて」

 わたしが出した麦茶を飲みながら、玲伊さんは言った。

「なあ、今から俺に読んでくれない? 優ちゃんの声、優しくて好きだから」
 
 落ち着け、自分。
 また、いつもの冗談。
 真に受けたらだめだから。

「いえ、恥ずかしいから嫌です」
「そう言わずに。ほら」

 そう言って、机の上に置いてあった絵本を手渡そうとする。

 しかもそれ『しろいうさぎとくろいうさぎ』だし。
 好きな人の前で、このお話はとても読めない。

「嫌ですって」

 ちょっとの間、押し問答していると、奥から祖母の声がした。
 ちょうど買い物から帰ってきたところだった。

「玲伊ちゃん、いるのかい? 一緒にごはん食べていく?」

 わたしはほっと息をついた。
 おばあちゃん、ナイスタイミング。

「あ、藍子さん。ごはんはいいけど、話があるんだ。少しだけ、こっちに来てもらえますか」
「なんだい?」
 祖母は居間に入ってきた。

「これから2、3カ月ほどの間なんですけど、ちょっと優ちゃんにうちに通ってもらいたくて」
「うちって。玲伊ちゃんの店に?」
「はい」

 玲伊さんは企画書を祖母に渡し、事情を説明した。

「書店のお仕事に支障がないように配慮はしますが、藍子さんにもご迷惑をかけてしまうかもしれませんのでご了承いただけるとありがたいのですが」

 にこにこしながら祖母は「いいよ、いいよ」と快諾した。

「いやいや、店の方はなんとかなるよ。どうせ、そう客が来る訳じゃなし。それより、こっちからお願いしたいぐらいだよ。優紀、もう25歳にもなるのに、色気もしゃれっ気もなくて、気を揉んでいたぐらいだからさ」

「そう言っていただけて、良かったです」と彼は嬉しそうに微笑んで立ちあがった。

「もう帰るのかい?」
「はい。お邪魔しました。じゃ、優ちゃん。またね」と言いながら、玲伊さんは帰っていった。


「しかし、いつ見てもいい男だねえ、玲伊ちゃんは。眼福、眼福」
 彼が帰ったあと、しみじみとそう漏らし、祖母は台所に戻っていった。

 わたしは心のなかで、鳴海ちゃんのお母さんや祖母に完全に同意していた。
 うん、玲伊さんほど素敵な人なんて、他にはいない。

 だから余計、あんなふうに、わたしをからかうのはやめてほしい。

 望みのない期待なんて、抱きたくない。

 わたしはさっき読んだ絵本を思い出していた。

 でも、現実はいつもハッピーエンドになる訳ではないのだ、と。
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