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第6章 〈レッスン3〉 ハグ+キスの真の効用

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***

「ただいま」と店に入ってゆくと、祖母が驚いた顔でわたしを見た。
「おや、今日はずいぶん早いんだね」
「うん。ていうか明日から、もうずっとあそこには行かない」

 祖母は顔をしかめて訊いてきた。
「何か、あったのかい?」

「よくわからないけれど、雑誌側の都合でモデルが変わることになって」
「変わるって、じゃあ優紀はもうお払い箱ってことかい」
「そうだよ。だから、明日からはもうおばあちゃんに迷惑かけないですむから。今までごめんね」

 荷物を置いて、すぐ戻るね、と言って2階に上がろうとしたとき、祖母がわめくように言った。

「なんだってそんなことになるのさ。優紀がどれだけ頑張ってたか、玲ちゃんだって、その編集さんだって知っているはずじゃないか」

「おばあちゃん、違うの。玲伊さんや担当の紀田さんのせいじゃない。皆さん、ちゃんと謝ってくれたから」

「でも、優紀はくやしくないの、苦手な運動も一生懸命やって、好きなものも食べずに我慢……」

「仕方ないことなんだよ。おばあちゃん、お願い。もうそれ以上、言わないで」
 なんとかそれだけ言って、わたしは自室に向かった。

 涙がにじむ。
 もちろん、悔しい気持ちはある。
 やっと、いろんなことに慣れてきたところだった。

 エクササイズも薬膳の食事も。
 毎日鏡を見るのが楽しみになるなんて、少し前までは思ってもみなかったことだった。

 でも仕方がないことだ。
 自分ではどうすることもできない。

 それに、今夜はもう一つの試練が待っている。
 ちゃんと心を立て直しておかなければ。
 みっともなく泣き出したりしないように。
 
 着替えを終えて店に降りていくと、おばあちゃんがすまなそうな顔でわたしを見た。

「さっきはごめんよ。つい、カッとして、言わなくてもいいことを言っちまって」

 わたしは微笑んで首を横に振った。
「ううん、わたしのためを思って言ってくれたんじゃない。悪いことなんてない。ねえ、おばあちゃん、奥で休んでて。〈リインカネーション〉に通い始めてから、ずっと負担かけてたし。今日はもうゆっくりして」

 祖母はまだ何か言いたそうに口を開きかけたけれど、そのまま奥に入っていった。

 ふーっと大きなため息をひとつついて、わたしはレジ前の椅子に腰をかけ、伝票の整理をはじめた。
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