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1・秘めた想い
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室長はにこやかにうなずいた。
大人の色気を感じさせる、その笑顔で。
そうか。みんな、これにやられちゃうのか。
佐藤千隼室長、34歳。
彼は社内外の女子たちに絶大の人気を博している。
ちなみに、いまだに独身。
今日もお気に入りのアルマーニをばっちり着こなしている。
日本人離れした華やかな雰囲気を持つ彼には、このイタリアのブランドがとてもよく似合う。
一昨年、異例の速さで第3プランナー室長に抜擢され、その後、次々とヒット企画を飛ばし、社内はおろか業界でも一目おかれる存在。
わたしがこのプランニング室に入った当初、彼はチームリーダーだったので、プランナーのイロハを伝授してくれた恩人でもある。
自分の席に戻り、メールチェックを始めると、さっそく室長からメールがきた。
――『El Topo』で待ってる。仕事が終わり次第、来てくれ。
『El Topo』はこの近くにあるスペイン・バルで、この会社の御用達だ。
そこで合流してから都心の店舗に行くつもりなのかな。
先月、恵比寿に直営の新店舗がオープンしたところだから、たぶんそこに行くんだろう。
昨年の春から、うちの社はメインターゲットの20代向けブランドに加えて、30~40代向けブランドに進出を始めた。
恵比寿の店舗は、富裕層の主婦向けの旗艦店で、先週まで企画に追われていた新ブランドはそのセカンドラインにあたる。
顧客に直結する現場の声を聞くことは、プランナーにとって重要な仕事、と、これも室長からの受け売りだけど。
了解の返信をしてから他のメールをチェックしていると、突然、ファイルかなにかで後ろから頭をはたかれた。
「イタっ」
振り返らなくてもわかる。
こんなことをするのは1人しかいない。
同期入社のデザイナー、都築匡。
専門学校の同級生でもあり、通算9年の付き合いになる。
「よっ」
「『よっ』じゃないでしょ。そんなもんで叩かれたら痛いって」
切れ長の目と薄くて形のいい唇が特徴の、精悍な顔つき。
肩まで伸ばした黒髪を無造作にくくっているヘアスタイルも、じつによく似合ってる。
そして、さすがは売れっ子デザイナー。
淡い空色のシャンブレーのシャツにチノパンにスニーカーという限りなくラフな格好なのに、ミラノの街角にでも立っていそうに垢抜けて見える。
「何で都築がここにいんの?」
「何って、お前のとこの室長に呼ばれたんだよ。俺が選んだ素材じゃあ予算オーバーだって」
「もう、都築もほんと懲りないよね。それでいっつも室長と揉めてるのに」
「妥協はしたくないからさ。それにもしかしたら、今回は通るかもしれないじゃん」
「いや、それはないわ。ここんとこ売り上げ厳しいから」
「くそっ。一度でいいから、コスト度外視の仕事、やってみてーな」
ぶつぶつ呟きながら、都築は室長の席に向かっていった。
「わあ、朝から都築さんを拝めるなんて、超ラッキー!」
隣のデスクで麻央が浮かれている。
「あんた、都築担だっけ?」
「はい! 入社以来ずっとです。新入社員研修で都築さんが挨拶してくださったとき、あー、この会社に入ってよかったー、って心底思ったんですから。既婚者なのが残念だけど。でも、都築さんなら、6人目の女だろうが7人目だろうが、わたし的にはまったく問題なしですけど」
ラインストーンで美しく飾りたてたネールで、ぽりぽりと頭をかきながら、麻央が言う。
大人の色気を感じさせる、その笑顔で。
そうか。みんな、これにやられちゃうのか。
佐藤千隼室長、34歳。
彼は社内外の女子たちに絶大の人気を博している。
ちなみに、いまだに独身。
今日もお気に入りのアルマーニをばっちり着こなしている。
日本人離れした華やかな雰囲気を持つ彼には、このイタリアのブランドがとてもよく似合う。
一昨年、異例の速さで第3プランナー室長に抜擢され、その後、次々とヒット企画を飛ばし、社内はおろか業界でも一目おかれる存在。
わたしがこのプランニング室に入った当初、彼はチームリーダーだったので、プランナーのイロハを伝授してくれた恩人でもある。
自分の席に戻り、メールチェックを始めると、さっそく室長からメールがきた。
――『El Topo』で待ってる。仕事が終わり次第、来てくれ。
『El Topo』はこの近くにあるスペイン・バルで、この会社の御用達だ。
そこで合流してから都心の店舗に行くつもりなのかな。
先月、恵比寿に直営の新店舗がオープンしたところだから、たぶんそこに行くんだろう。
昨年の春から、うちの社はメインターゲットの20代向けブランドに加えて、30~40代向けブランドに進出を始めた。
恵比寿の店舗は、富裕層の主婦向けの旗艦店で、先週まで企画に追われていた新ブランドはそのセカンドラインにあたる。
顧客に直結する現場の声を聞くことは、プランナーにとって重要な仕事、と、これも室長からの受け売りだけど。
了解の返信をしてから他のメールをチェックしていると、突然、ファイルかなにかで後ろから頭をはたかれた。
「イタっ」
振り返らなくてもわかる。
こんなことをするのは1人しかいない。
同期入社のデザイナー、都築匡。
専門学校の同級生でもあり、通算9年の付き合いになる。
「よっ」
「『よっ』じゃないでしょ。そんなもんで叩かれたら痛いって」
切れ長の目と薄くて形のいい唇が特徴の、精悍な顔つき。
肩まで伸ばした黒髪を無造作にくくっているヘアスタイルも、じつによく似合ってる。
そして、さすがは売れっ子デザイナー。
淡い空色のシャンブレーのシャツにチノパンにスニーカーという限りなくラフな格好なのに、ミラノの街角にでも立っていそうに垢抜けて見える。
「何で都築がここにいんの?」
「何って、お前のとこの室長に呼ばれたんだよ。俺が選んだ素材じゃあ予算オーバーだって」
「もう、都築もほんと懲りないよね。それでいっつも室長と揉めてるのに」
「妥協はしたくないからさ。それにもしかしたら、今回は通るかもしれないじゃん」
「いや、それはないわ。ここんとこ売り上げ厳しいから」
「くそっ。一度でいいから、コスト度外視の仕事、やってみてーな」
ぶつぶつ呟きながら、都築は室長の席に向かっていった。
「わあ、朝から都築さんを拝めるなんて、超ラッキー!」
隣のデスクで麻央が浮かれている。
「あんた、都築担だっけ?」
「はい! 入社以来ずっとです。新入社員研修で都築さんが挨拶してくださったとき、あー、この会社に入ってよかったー、って心底思ったんですから。既婚者なのが残念だけど。でも、都築さんなら、6人目の女だろうが7人目だろうが、わたし的にはまったく問題なしですけど」
ラインストーンで美しく飾りたてたネールで、ぽりぽりと頭をかきながら、麻央が言う。
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2021/05/29 公開
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