初恋の呪縛

泉南佳那

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6・想い想われ

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 千隼さんはニヤッとすると、背後からわたしの肩に手をおき、首筋に噛みつく真似をする。

「ち、ちょっと……」
 もう、千隼さん。悪ノリがすぎますって。

「ああ、もう、ヤバすぎて鼻血出そう。残念。スマホ持ってくれば良かった」
「冗談やめてよ。写真はNG」

「なんだ、久保、いつもとあんま変わんねーな」
 都築だった。

「女装させられんのかと思ってたけど」
「女装って何よ。あんたこそ、普段着じゃん。それ」

 都築はパイレーツ・オブ・カリビアンのジャック・スパロウ。
 ハマりすぎで、逆にコメントしづらい。

 いつもの調子でやり合っていると、ふと視線を感じた。

 千隼さんがいつもより少し険しい目つきでこっちを見ていた。
 すぐにいつもの穏やかな表情に戻ったけど。

「あー、もーこの会社、役者が揃いすぎてて、ほんとにツライっす」

「そういう君もなかなかイケてるけど」

「きゃー、都築さんにそんなこと言われたら、もう、今、命が尽きても本望」とジタバタしている。
 
 でも、麻央がいてくれて良かった。

 わたしは誰にも気づかれないように、ふっとため息をついた。
 
「なんか飲みますか? 取ってきますよ」
 わたしはみんなに声をかけた。

 すると「あっ、わたしも行きます」と麻央もめずらしく気をきかせた。


 ショールームの片隅には、会社にはおよそ不釣り合いなアンティークのバー・カウンターが設置されている。
 社長の趣味だそうだ。

 家に置こうとしたら、あまりにも存在感がありすぎて、奥様から却下されたらしい。

「ビール4杯、お願いします」
 で、バーテンの仮装をした社長手ずから、ビールを注いでくれる。

「かしこまりました、なんてね」
 ご満悦な様子だ。

「いやー、アパレル会社立ち上げる前はバーテンになりたかったんだよね。トム・クルーズの『カクテル』観てさ」

 両手にグラスを持って、千隼さんと都築のところに戻りかけると、ふたりは壁に寄りかかり、腕を組んで、なにやら深刻な顔で話し込んでいた。

 吸血鬼と海賊には、まったく似つかわしくないシリアスな雰囲気で。

 千隼さんがわたしたちに気づき、ふたりは話を中断した。

「お待たせしました」

 ビールを渡して、しばらく4人で話していると、「都築さーん」とデザイン室の子たちが声をかけてきた。

「なんか呼ばれてるから行くわ」

 その別れ際、都築は言った。
「じゃあ、久保、24日空けとけよ」

「だからまだわかんないって」

 そう言ったけれど、わたしの返事は無視して、都築はさっさと呼ばれたほうに歩いていった。

「24日って?」
 千隼さんに訊かれる。

「あの、卒業した専門学校のコンペがあって。都築が審査員をするそうなんですけど、わたしも呼ばれているらしくて」

「そう、なんだ……」

 まずかったかな、さすがに24日は。
 あとでちゃんと話さなきゃ。
 
 それから2時間ほど経ち、お開きの時間になった。
 社長の挨拶の最中、わたしの携帯に電話がかかってきた。
 
 イタリアで開催されている生地の展示会に行っている同僚からだった。

「久保? 良かった。会社の電話、誰も出ないから」
「今日、忘年会」

「あっ、そっか。今、会社だよな。ちょっと確認してほしいことがあって」
「うん、わかった。こっちからかけなおす」

 締めの一本で盛り上がっている会場を離れ、わたしはオフィスに急いだ。
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