24 / 30
6・想い想われ
4
しおりを挟む
確認に手間取り、結局解決に30分ぐらいかかった。
そのあいだにみんな着替えをすませ、2次会に向かう準備を整えていた。
一足遅れて衣装を脱ぎ、洗面所でメイクを落としてオフィスに戻ると、残っているのは千隼さんだけだった。
「あれ、みんなは?」
「先に二次会に行かせた。用事を済ませ方々、久保と一緒に合流するって言っておいたよ」
「だいぶお待たせしました?」
「いや、そうでもない」
「じゃあ、行きましょうか。みんな待ってるでしょうし」
わたしは先に立ってドアのほうに向かい、電灯のスイッチを切った。
彼が後ろに立つ気配を感じたとたん、背中から肩を掴まれた。
「朱利」
振りむくと、そのまま壁に押し付けられ、強引に唇を奪われた。
手にしていたバッグが床に落ち、大きな音を立てる。
千隼さんの、熱を帯びた舌に口腔を蹂躙される。
むずがゆいような、居ても立ってもいられないような感覚に襲われ、わたしは彼の背に手を回してすがりついた。
これまでで一番長いキスから解放されると彼は自嘲気味に呟いた。
「自分はもっと理性的な人間だと思ってたんだけど、違ってたようだ」
千隼さんはわたしの耳たぶを軽く食み、それから首筋に唇を押しあててくる。
湿ったその感触にぞくりと背筋が震えた。
「嫉妬したんだよ。都築に」
「千隼……さん」
「朱利が僕には見せたことがない表情をするからさ……ははっ、ザマないな。忘れなくていいなんて、カッコつけてたのに」
千隼さんは、ごめん、飲みすぎたようだ、と呟き、わたしから身体を離した。
「ごめんなさい」
「君が謝ることじゃない」
かすかにざらついた声で、千隼さんは言った。
ここで言わなければいけないんだ、本当は。
都築なんて、もう関係ないと。
わたしはあなたのことしか眼中にないと。
でも、言えなかった。
その場を取り繕っても仕方ないと、心のどこかで思っていた。
結局、またあのときの二の舞になるんだろうか。
千隼さんもやはり、わたしから離れていってしまうんだろうか。
二次会会場の『El Topo』に向かう道々、千隼さんはすでに気を取り直していつもの調子に戻っていた。
並んで歩きながら、彼は曇りひとつない晴れやかな声で話しかけてくれた。
「年末年始は何か予定ある?」
「家族と過ごすぐらいで、特には」
「良ければ、旅行しないか」
「旅行?」
「うん。おいしいものを食べて、ゆったり温泉に浸かって」
そう言いながら、微笑んでわたしを見つめる。
千隼さんは優しい。
早く気持ちの整理をつけろと、なじられても文句なんて言えないのに。
なんの不足があるというのだろう、彼に。
あるはずがない。
なのに、わたしはどうしても最後の最後で、彼の気持ちに応じきれずにいる。
彼の、優しくて、少し哀しげな瞳の色に気づくたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
自分がそうさせているのだと、痛いほどわかっているのに、そのときのわたしは何もできなかった。
そのあいだにみんな着替えをすませ、2次会に向かう準備を整えていた。
一足遅れて衣装を脱ぎ、洗面所でメイクを落としてオフィスに戻ると、残っているのは千隼さんだけだった。
「あれ、みんなは?」
「先に二次会に行かせた。用事を済ませ方々、久保と一緒に合流するって言っておいたよ」
「だいぶお待たせしました?」
「いや、そうでもない」
「じゃあ、行きましょうか。みんな待ってるでしょうし」
わたしは先に立ってドアのほうに向かい、電灯のスイッチを切った。
彼が後ろに立つ気配を感じたとたん、背中から肩を掴まれた。
「朱利」
振りむくと、そのまま壁に押し付けられ、強引に唇を奪われた。
手にしていたバッグが床に落ち、大きな音を立てる。
千隼さんの、熱を帯びた舌に口腔を蹂躙される。
むずがゆいような、居ても立ってもいられないような感覚に襲われ、わたしは彼の背に手を回してすがりついた。
これまでで一番長いキスから解放されると彼は自嘲気味に呟いた。
「自分はもっと理性的な人間だと思ってたんだけど、違ってたようだ」
千隼さんはわたしの耳たぶを軽く食み、それから首筋に唇を押しあててくる。
湿ったその感触にぞくりと背筋が震えた。
「嫉妬したんだよ。都築に」
「千隼……さん」
「朱利が僕には見せたことがない表情をするからさ……ははっ、ザマないな。忘れなくていいなんて、カッコつけてたのに」
千隼さんは、ごめん、飲みすぎたようだ、と呟き、わたしから身体を離した。
「ごめんなさい」
「君が謝ることじゃない」
かすかにざらついた声で、千隼さんは言った。
ここで言わなければいけないんだ、本当は。
都築なんて、もう関係ないと。
わたしはあなたのことしか眼中にないと。
でも、言えなかった。
その場を取り繕っても仕方ないと、心のどこかで思っていた。
結局、またあのときの二の舞になるんだろうか。
千隼さんもやはり、わたしから離れていってしまうんだろうか。
二次会会場の『El Topo』に向かう道々、千隼さんはすでに気を取り直していつもの調子に戻っていた。
並んで歩きながら、彼は曇りひとつない晴れやかな声で話しかけてくれた。
「年末年始は何か予定ある?」
「家族と過ごすぐらいで、特には」
「良ければ、旅行しないか」
「旅行?」
「うん。おいしいものを食べて、ゆったり温泉に浸かって」
そう言いながら、微笑んでわたしを見つめる。
千隼さんは優しい。
早く気持ちの整理をつけろと、なじられても文句なんて言えないのに。
なんの不足があるというのだろう、彼に。
あるはずがない。
なのに、わたしはどうしても最後の最後で、彼の気持ちに応じきれずにいる。
彼の、優しくて、少し哀しげな瞳の色に気づくたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
自分がそうさせているのだと、痛いほどわかっているのに、そのときのわたしは何もできなかった。
1
あなたにおすすめの小説
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ジャンヌ・ダルクがいなくなった後
碧流
恋愛
オルレアンの乙女と呼ばれ、祖国フランスを救ったジャンヌ・ダルク。
彼女がいなくなった後のフランス王家
シャルル7世の真実の愛は誰のものだったのか…
シャルル7世の王妃マリー・ダンジューは
王家傍系のアンジュー公ルイ2世と妃アラゴン王フアン1世の娘、ヨランの長女として生まれ、何不自由なく皆に愛されて育った。
マリーは王位継承問題で荒れるフランス王家のため、又従兄弟となるシャルルと結婚する。それは紛れもない政略結婚であったが、マリーは初めて会った日から、シャルルを深く愛し、シャルルからも愛されていた。
『…それは、本当に…?』
今日も謎の声が彼女を追い詰める…
アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚
日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる