1 / 59
第一章 樹下の接吻
一
しおりを挟む
月の明るい晩であった。
旧暦でいえば、弥生の十三夜。
ほんのわずか欠けた月は、煌々と惜しみなく地上を照らしていた。
吉田伯爵家の次女桜子は、その月あかりに誘われたように屋敷の庭園にそっと降り立った。
付文は無事届いたかしら。
もし、他の誰かが先にあの文を見つけてしまっていたら……
一抹の不安を抱えながら、桜子は池の淵を回って、暗い中を庭外れのクスノキの大樹のもとに急いだ。
一邸宅の庭とはいえ、かつて大名屋敷であった敷地は広く、さらに緩やかに傾斜しているので、池の向こうまで行けば、人がいても母屋から見えないはずだ。
さらにそのクスノキは、樹齢数百年を越える、庭で最も大きな樹。
木陰はどこよりも闇が深い。
いくら今夜のように月が明るくても、二人の姿を隠してくれるだろう。
桜子は、はやる気持ちをどうにか沈めて、砂利の敷き詰められた小道を、なるべく音を立てないように注意深く歩いた。
髪型は当世風の結い流し。
背中に垂らした髪が風になびいている。
服はハイウエストで切り替えた、レースをふんだんにあしらった膝下丈のワンピース。
歩くたび、ひらりと裾がひるがえり、さながら闇に誘われて現れでた、異国の森に遊ぶ妖精のようだ。
梢でアオバズクが鳴いている。
バサバサと大きな羽音も聞こえる。
こんな時刻に、庭を歩いたことなどない。
木々の間から何やら妖しいモノが出てきそうで、思わず足がすくむ。
でも、どんなに怖くても戻るつもりはなかった。
もう気が遠くなるほど長い間、恋焦がれている人に逢うまでは。
ようやくクスノキの下にたどり着き、目当ての相手の姿を探した。
旧暦でいえば、弥生の十三夜。
ほんのわずか欠けた月は、煌々と惜しみなく地上を照らしていた。
吉田伯爵家の次女桜子は、その月あかりに誘われたように屋敷の庭園にそっと降り立った。
付文は無事届いたかしら。
もし、他の誰かが先にあの文を見つけてしまっていたら……
一抹の不安を抱えながら、桜子は池の淵を回って、暗い中を庭外れのクスノキの大樹のもとに急いだ。
一邸宅の庭とはいえ、かつて大名屋敷であった敷地は広く、さらに緩やかに傾斜しているので、池の向こうまで行けば、人がいても母屋から見えないはずだ。
さらにそのクスノキは、樹齢数百年を越える、庭で最も大きな樹。
木陰はどこよりも闇が深い。
いくら今夜のように月が明るくても、二人の姿を隠してくれるだろう。
桜子は、はやる気持ちをどうにか沈めて、砂利の敷き詰められた小道を、なるべく音を立てないように注意深く歩いた。
髪型は当世風の結い流し。
背中に垂らした髪が風になびいている。
服はハイウエストで切り替えた、レースをふんだんにあしらった膝下丈のワンピース。
歩くたび、ひらりと裾がひるがえり、さながら闇に誘われて現れでた、異国の森に遊ぶ妖精のようだ。
梢でアオバズクが鳴いている。
バサバサと大きな羽音も聞こえる。
こんな時刻に、庭を歩いたことなどない。
木々の間から何やら妖しいモノが出てきそうで、思わず足がすくむ。
でも、どんなに怖くても戻るつもりはなかった。
もう気が遠くなるほど長い間、恋焦がれている人に逢うまでは。
ようやくクスノキの下にたどり着き、目当ての相手の姿を探した。
0
あなたにおすすめの小説
十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです
よっしぃ
恋愛
若くして師範資格を得た天才香薬師のルシエル(20)。
彼女は王家の後継者争いの陰謀に巻き込まれ、少年リアンを救う代償に、自らは十年間もの昏睡状態に陥ってしまう。
ようやく目覚めた彼女を待っていたのは、かつて教え子だったはずのリアン。
だが彼は、ルシエルより年上の、〝氷の王〟と恐れられる冷徹な国王(22)へと変貌していた。
「もう二度と、あなたを失わない」
リアンは、世間では「死んだことになっている」ルシエルを王宮の奥深くに隠し、鳥籠の鳥のように甘く、執着的に囲い込み始める。
彼が再現した思い出の店、注がれる異常なまでの愛情に戸惑うルシエル。
失われた記憶と、再現不能の奇跡の香り《星紡ぎの香》の謎。
そして、〝氷の王〟による、彼女を陥れた者たちへの冷酷な粛清が、今、始まろうとしていた。
※一途な若き王様からの執着&溺愛です。
※じれったい関係ですが、ハッピーエンド確約。
※ざまぁ展開で、敵はきっちり断罪します。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
声(ボイス)で、君を溺れさせてもいいですか
月下花音
恋愛
不眠症の女子大生・リナの唯一の救いは、正体不明のASMR配信者「Nocturne(ノクターン)」の甘い声。
現実の隣の席には、無口で根暗な「陰キャ男子」律がいるだけ。
……だと思っていたのに。
ある日、律が落としたペンを拾った時、彼が漏らした「……あ」という吐息が、昨夜の配信の吐息と完全に一致して!?
「……バレてないと思った? リナ」
現実では塩対応、イヤホン越しでは砂糖対応。
二つの顔を持つ彼に、耳の奥から溺れさせられる、極上の聴覚ラブコメディ!
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる