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第二章 侯爵家の舞踏会と図書室での密会
八
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桜子はそっとドアノブに手をかけた。
真鍮のノブに鍵はかかっていない。
音がしないようにゆっくりと回し、ドアを押す。
明かりはついていない。
ドアの隙間から光が漏れるのを恐れて、付けていないのだろう。
桜子は半分ほどドアを開けたところで、すばやく部屋のなかに滑り込んだ。
天音は本棚の前に立っていた。
手に持っていた本を書棚に戻すと、ゆっくりと桜子に向かって歩いてくる。
背の高いアーチ型の窓から月光が射しこみ、臙脂色の絨毯に窓枠がうっすらと影を落としている。
「桜子」
腕を取られ、あっという間に天音の腕に包み込まれた。
この瞬間を待ち望んでいた。
抱きしめられ、彼の体温や鼓動を肌身に感じ、桜子の孤独は一瞬で癒される。
ふたりで過ごしたのはたったの2回。
それも、ほんの短い間だけ。
それでも、桜子の心はすっかり天音のものだった。
天音は腕のなかの桜子を一旦解放し、唇に笑みを浮かべた。
「桜子は知っている? この部屋の仕掛け」
「仕掛け? いいえ」
「俺も最近、偶然知ったんだが」
天音はそういうと、左手の書棚の前に立った。
そこは引き違いの棚になっていて、書棚が重なっている。
「実はここが引き戸になっているんだよ。その奥に部屋があるんだ」
天音は正面の書棚から本を一冊抜き出し、そこにあった取っ手に手をかけた。
すると棚が横にスライドし、奥から隠し部屋が現れた。
「まあ、知らなかった」
「趣味人の伯爵らしい仕掛けだな」
天音は桜子に、中に入るように促した。
押し入れを少し広くしたほどの空間だ。
入って右側の壁面は作りつけの書棚。
それ以外には、木製のライティングデスクと飴色の皮の寝椅子が置かれている。
そして、寝椅子の横の小さなサイドテーブルには、アールヌーボー調のシェードライトが置かれ、やわらかな光を放っていた。
デスクの上の壁面に金縁の小さな額縁があり、倫敦の風景を描いた銅版画が飾られていた。
天音は寝椅子の、肘掛のあるほうに桜子を座らせ、自分もその横に腰を下ろした。
「馬丁が『お嬢様だけを乗せて帰ってきた』と言っていたから」
「ええ、舞踏会なんて全く面白くないんですもの。早々に帰りたくなってしまって」
天音は少し首をかしげて、桜子を見つめ、言った。
「男たちにちやほやされなかった?」
「そんなこと、少しもありませんでしたわ」
ふと、高志の尊大な眼差しを思い出したが、すぐに頭から追いやった。
真鍮のノブに鍵はかかっていない。
音がしないようにゆっくりと回し、ドアを押す。
明かりはついていない。
ドアの隙間から光が漏れるのを恐れて、付けていないのだろう。
桜子は半分ほどドアを開けたところで、すばやく部屋のなかに滑り込んだ。
天音は本棚の前に立っていた。
手に持っていた本を書棚に戻すと、ゆっくりと桜子に向かって歩いてくる。
背の高いアーチ型の窓から月光が射しこみ、臙脂色の絨毯に窓枠がうっすらと影を落としている。
「桜子」
腕を取られ、あっという間に天音の腕に包み込まれた。
この瞬間を待ち望んでいた。
抱きしめられ、彼の体温や鼓動を肌身に感じ、桜子の孤独は一瞬で癒される。
ふたりで過ごしたのはたったの2回。
それも、ほんの短い間だけ。
それでも、桜子の心はすっかり天音のものだった。
天音は腕のなかの桜子を一旦解放し、唇に笑みを浮かべた。
「桜子は知っている? この部屋の仕掛け」
「仕掛け? いいえ」
「俺も最近、偶然知ったんだが」
天音はそういうと、左手の書棚の前に立った。
そこは引き違いの棚になっていて、書棚が重なっている。
「実はここが引き戸になっているんだよ。その奥に部屋があるんだ」
天音は正面の書棚から本を一冊抜き出し、そこにあった取っ手に手をかけた。
すると棚が横にスライドし、奥から隠し部屋が現れた。
「まあ、知らなかった」
「趣味人の伯爵らしい仕掛けだな」
天音は桜子に、中に入るように促した。
押し入れを少し広くしたほどの空間だ。
入って右側の壁面は作りつけの書棚。
それ以外には、木製のライティングデスクと飴色の皮の寝椅子が置かれている。
そして、寝椅子の横の小さなサイドテーブルには、アールヌーボー調のシェードライトが置かれ、やわらかな光を放っていた。
デスクの上の壁面に金縁の小さな額縁があり、倫敦の風景を描いた銅版画が飾られていた。
天音は寝椅子の、肘掛のあるほうに桜子を座らせ、自分もその横に腰を下ろした。
「馬丁が『お嬢様だけを乗せて帰ってきた』と言っていたから」
「ええ、舞踏会なんて全く面白くないんですもの。早々に帰りたくなってしまって」
天音は少し首をかしげて、桜子を見つめ、言った。
「男たちにちやほやされなかった?」
「そんなこと、少しもありませんでしたわ」
ふと、高志の尊大な眼差しを思い出したが、すぐに頭から追いやった。
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