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《分岐》オリバー・バルトフェルト
色違いのガラス玉
しおりを挟むダイア公国の服に着替えた私とお兄様はトラプラの町に来ていた。
衣装の設定は、私がお忍びで町に遊びに来た貴族令息風で、お兄様はその従者という感じだ。お忍び設定という事で、私は衣装の上にフード付きのケープを羽織り、お兄様は帽子を目深に被っている。
お兄様が従者とか格好良すぎる。
従者が町民に変装してます、って衣装も素敵過ぎて、眼福以外のなにものでもない。
(お兄様、めちゃくちゃ格好良いです……!!)
そして、見るからに『ああ、お忍びで来た人達だな』という雰囲気を醸し出しているからか、町人達の私達に対する態度はすこぶる良好だ。
これでもスペード王国五大商家のひとつ、バルトフェルト家のお嬢様だからね。お忍びで来ました系の雰囲気は任せて下さい。
「そこの坊っちゃん、うちのフリーバを食べて行かないかい?!」
「俺んとこの串焼きの方が美味いぞ!」
なんか色々と声をかけられる。
困窮している町だと聞いていたけど、商売人は逞しいね。屋台の数自体はかなり少ないけど。
「お兄…………ゴホン。オージュ、ちょっと食べて行ってもいいだろうか?」
「少しだけですよ、ゼロ様」
ちなみに私がゼロ、お兄様がオージュ。一応偽名の方が安全だからね。
発想はすごく安易だけど。ゼロはロゼの反対だし、オージュはオリバーとセルジュをくっつけただけだから。
私はお兄様にお願いして、フリーバというお菓子を買ってもらった。バナナのような果物に、綿菓子みたいなフワフワしたものが絡められている。スペード王国では見たことないかも。
私がパクリと頬張ると、やはりこのフワフワは綿菓子と同じ様なものだった。とても甘い。
「ゼロ様、美味しいですか?」
「うん!オージュも一口食べてみる?」
スペード王国ではセルジュの姿で町を歩く事もあったけれど、殆どは学校への通学時のみ。寄り道した事なんてなかったから、今世では初めての食べ歩きかもしれない。
美味しいし、つい楽しくなってしまって、私は少しはしゃいでしまっていた。お兄様の目にもその通りに映ったのだろう。微笑ましそうに瞳を細めていて、私はその柔らかな微笑みに思わずドキリとしてしまった。
「では、私もいただきます」
「はい、どー……」
“どーぞ“と言おうとして、言えなかった。
私はうっかり失念していたのだ。
お兄様は乙女ゲームの世界の、攻略対象者なのだと。故に、“あーん“ひとつにしても、素直に手元のお菓子を食べたりしないのである。
パクリとお兄様が食べたのは、私の口元についていた綿菓子で、ペロリとお兄様の舌が私の口元に当たった。
「美味しい」
「~~っ!」
顔に熱が集中してしまう。
でも、あからさまに照れてはおかしい、よね。今の私は貴族令息役なんだし。
私は赤くなった顔を周囲に悟られないように顔を背けて、残りのお菓子を口の中へと放り込んだ。
「い、行くぞ。オージュ」
「はい、ゼロ様」
私達の目指す転移魔法陣は、この町の中心に建っている魔導塔にあるそうだ。転移魔法陣を使用するには、魔石とお金が必要らしい。けれど、町中に魔石なんて売っていない。
お兄様はどうするつもりなんだろうか?
私が魔石の事を考えながら歩いていると、キラキラとしたアクセサリーを売っているお店が視界に入った。
全部偽物だろうと思うけど、とても綺麗で、私はそのお店の前で、思わず足を止めてしまった。
お兄様が、足を止めた私を見て、「ゼロ様?どうかなさったのですか?」と問い掛けてくる。私はハッとして、気まずそうに瞳を泳がせた。
「あ、いや……」
「何か気に入った物があったのですか?」
「そういう訳じゃない。ただ、綺麗だなって……」
「綺麗な顔した坊っちゃん!何か買っていっておくれよ!まけとくよ!」
お店のおじさんに声をかけられて、私はついつい視線をアクセサリーの方へ向けてしまった。すると、まるで前世で見た、とんぼ玉のようなガラス玉のネックレスがある事に気付いた。夜空のような色の綺麗なガラス玉。中には星屑のような金色の砂が閉じ込められている。
私がそのガラス玉に見惚れていると、お兄様がおじさんに「ひとつ下さい」と言った。
「オージュ?」
「欲しかったのでしょう?高価なものではありませんが、私からのプレゼントです。受け取っていただけますか?」
「……っ」
私はお兄様からネックレスを受け取り、お礼を言いながら顔を綻ばせた。まるでデートみたいで、嬉しくて、ドキドキする。
私はお店の方へもう一度視線を向けて、並んでいるガラス玉の中から青紫色のものを選び、「これも下さい!」と店主に言った。
「まいどあり!」
上機嫌の店主に代金を支払って、私は青紫色のガラス玉がついたネックレスをお兄様に差し出した。
お兄様は目を丸くして私を見ている。くそぅ。お兄様可愛い。
「ロ…………ゼロ様?」
「これはオージュが持ってて。僕からもプレゼントだ!」
「………………ありがとう、ございます」
私からのプレゼントを受け取って、お兄様の目元がほんのりと朱に染まる。私はそれが嬉しくて、ますます笑顔になってしまった。
お兄様と色違いのお揃いだ。騎士団へ戻ってしまえば、ずっと二人で居る事は出来なくなるし、私達の関係だって隠しておかなければいけないけど……
(お揃いの物があると、気持ちがちょっと違うよね)
我ながら単純だと思いつつ、私とお兄様はそのお店から離れ、再び先へと歩を進ませた。
そうして陽が傾き始めた頃、私とお兄様は転移魔法陣のある魔導塔へと辿り着いたのだった。
* * *
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