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本編
エンツェンス侯爵の苛立ち
しおりを挟む「なんだと?今、何と言った?」
明確なる怒気を孕んだ低い声音が室内に響き渡り、老齢の執事が顔色を青褪めさせ、僅かに肩を震わせた。
けれど、執事は直ぐ様再び口を開く。
何故なら、目の前にいるこの男こそ、執事の主だからだ。
「……オードラン伯爵の御子息は病に罹られたようで、暫くは領地にて療養なさるそうです」
己の問いに、従順に口を開き、再度報告をする執事に対して、思わず舌打ちをしてしまう。
見るからに怒りを露にしている壮年の男は、エンツェンス侯爵家当主のアードルフだ。背が高く、元の気難しそうな顔を更に歪めている。
彼は手にしていた書類をぐしゃりと握り潰しながら、「お遣い一つ出来んとは、無能な甥だな」と静かに悪態を口にした。
「第一王子には、己の罪を自覚してもらわねばならんというのに」
「…………」
老齢の執事は、己が主人であるアードルフに、悲しげな瞳を向けた。
けれど、それはほんの一瞬で、すぐにまた無表情へ戻る。
そうして、再び開かれたアードルフの口から今後の指示を受け、恭しく頭を垂れて一礼すると、執務室から静かに退室した。
――――脅迫状は、止めさせなければならない。
だが、アードルフが幼少の頃より傍で仕えてきた老執事には、彼の憎しみや悲しみの深さがよく分かっていた。
それ故に、迷い、結局止められなかった。
主を諌める事が出来ないなど、執事失格だろう。
しかし、そう思っても、どうする事も出来ない。
老執事は、命じられた事を忠実に実行しながら、胸の奥深くで、ただひたすら祈る。
主人であるアードルフが、これ以上取り返しのつかない事を起こす前に、目を覚ましてくれる事を。
* * *
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