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本編
元婚約者との再会(一部修正しました10/30)
しおりを挟む「フェリクス……様?」
寝室の扉を蹴破って中へ入ってきたのは、やはり王太子にして私の元婚約者でもあったフェリクス様だった。一年前、私とヤデル伯爵の結婚式で見た時とは違い、学院に通っていた時のような顔をしている。
フェリクス様は鎖で繋がれた私の姿を見るなり、眉を寄せて唇を噛み締めた。そして、何故だか私の元へ駆け寄り、私をぎゅうっと抱き締める。
……あったかい。
これは夢だろうか?
「……すまないっ!すまない!マリアンヌ!!」
「フェリクス様……?」
「私はずっと、シュゼットに魅了の魔法を掛けられていたんだ!最近になって、やっとその魔法が解けて…………」
シュゼット?
ああ、確か……
あの日。地獄の始まりとなった、婚約破棄されたあの日、フェリクス様にくっついていた男爵令嬢だ。
それに、魅了の魔法……?
そんなものを自在に扱える人間が存在するの?
私が驚いて言葉を亡くしていると、フェリクス様が話を続けた。
「すぐには信じられないと思うが、王宮魔法師長にも確認してもらった。私に掛けられていたのは魅了の魔法で間違いないと。シュゼットは王族である私を魅了の魔法で操り、傀儡にしようとした罪で既に処刑した。本当にすまない、マリアンヌ。こんな……」
「……事情は分かりましたが、フェリクス様はどうしてここへ……?」
「どうして?……勿論、君を迎えに来たんだよ」
「私を……?」
私を迎えに来た?
でも、私はヤデル伯爵と結婚してしまった。既に処女も奪われ、私にはもうフェリクス様の隣に並ぶ資格は無い。
私はフェリクス様の胸を押して、ふるふると首を振った。
「……マリアンヌ?」
「帰って下さい、フェリクス様。私にはもう、貴方に迎えに来てもらえるような資格など無いのです。この身体は穢れてしまいました。私はもう、ヤデル伯爵の物なのです」
「……ヤデル伯爵の“物”?妻ではなくて?」
逃げないようにと鎖で繋がれ、乱暴に犯されるだけの私は、ただの性奴隷と同じだ。
肩書きは確かに伯爵夫人だけれど、使用人達だって私を女主人だとは思っていないだろう。
黙る私に、フェリクス様は辛そうに顔を歪めた。
正直に言えば、フェリクス様にも思うところはある。けれど、婚約破棄から卒業まではあまり期間も無く、あれよあれよと日常が一変し、卒業と同時にヤデル伯爵の元へ嫁がされた為に、ただただ混乱するばかりで誰かを憎んだり恨んだりする間も無かったのだ。
一人の時に考える事は、少しでも伯爵がこの寝室に来ないよう願うばかりで、犯された後は一日中起きれずに、身体中が痛くて痛くて、ずっと横になってばかりいた。
「私を迎えに来たと言われましたが、ヤデル伯爵が許す筈ありません。それに先程の何かが割れるような音は一体……」
話の途中で、バタバタと何人もの足音が聞こえてきた。フェリクス様はハッとした顔をしてから上着を脱いで、薄いネグリジェを着ている私の肩に、その上着をそっと掛けてくれる。
(……あったかい。フェリクス様の匂いがするわ)
既にフェリクス様によって蹴破られた扉の前に数人の騎士達が現れた。その騎士達の顔をチラリと見てみれば、皆見覚えがあった。フェリクス様専属の近衛騎士達だ。
「フェリクス殿下!ヤデル伯爵の身柄を拘束致しました!」
「人身売買の証拠品も全て押収済みです!」
人身売買……
そんな事をしていたのね。
「ご苦労、よくやった。引き続き、気を引き締めてヤデル伯爵の護送にあたれ。証拠品は丁重に扱うように。私はマリアンヌを馬車で王宮まで連れていく」
「はっ!殿下、地下に拉致されたと思われる数人の女性が居りました。怪我をしている者もおります。如何致しましょう?」
「大事な我が国の民だ。連れてきていた医者を彼女達の方へ回せ。きちんと自分の家の村や街の名が言えるようならば、身元を調べた後に解放しろ。身元がハッキリしない者は、後で処遇を考える為、その者達は城まで連れていくように」
「はっ!承知致しました!」
騎士達がフェリクス様の指示の下、その場を後にすると、私は再びフェリクス様に抱き締められた。
「マリアンヌ、今すぐにこの忌ま忌ましい鎖を外してあげるからね」
「……フェリクス様」
「なんだい?」
「ヤデル伯爵が捕まったという事は理解出来ましたが、私の処遇はどうなるのでしょうか?一応は伯爵夫人でしたから、共に罰を受けるのでしょうか?」
―――ガキン!!
フェリクス様が腰に差していた剣を抜いて、私の足に嵌められていた鎖を断ち切った。
しかし、その端正な顔は驚きで凍りついている。私は何かおかしな事を言っただろうか?
「君は被害者だ、マリアンヌ。それなのに、何故君が罰せられなければならない?」
「それは一応伯爵夫人でしたし、ヤデル伯爵の悪行を止められなかったのですから」
「止める?どうやって止めるんだい?鎖で繋がれ、こんな部屋に監禁されていた君がどうやって?」
「それは……」
私の背筋にゾクリと悪寒が走った。
もしも私が彼に何か意見をしていたら、彼はまた躊躇いなく私を殴っただろう。そして、そのまま強引に足を開かされるに決まっている。おぞましいモノを使って。
青褪めて身体を震わせる私に気付き、フェリクス様がすぐに後悔したような顔をした。睫毛の長い、澄んだ空色のような瞳が悲しげに揺れる。
「すまない。……君をこんな目に遭わせたヤデル伯爵が許せなくて。いや、それ以上に、私は私自身が許せないんだ」
「許せない?」
「私がシュゼットの魅了の魔法なんかに掛からなければ、マリアンヌをヤデル伯爵なんかに嫁がせるような事にはならなかった。全て、私が悪い。この身が不甲斐ないばかりに、君に辛い日々を味わわせてしまった」
「……フェリクス様は悪くありません」
魔法なんて、普通の人間には使えない。ましてや精神干渉系魔法だなんて、学生であったフェリクス様に耐性がある筈もない。
魔力を扱えるのは、ほんの一握りの魔法師だけなのだから。
「……詳しい話は王宮で話そう。歩けるかい?」
「はい」
しかし、ずっと寝室に監禁され、ほとんど横になってばかりだった私の体力は思っていたよりも落ちていた。それに、昨夜の行為で殴られたところが痛む。ヤデル伯爵は、顔は殴りたくないと言っていたが、それ以外の腕や足、お腹等は関係無いらしく、思い通りにならないとすぐに殴り付けてきたのだ。
昨夜はベッドの上で太腿を殴られた。
毎晩使用人に手伝われて湯殿には入っていたけれど、思いっきり内出血していて自分で見るのも怖かった。
私の異変に気付いたフェリクス様が、私を抱き寄せて、ひょいと横抱きにする。所謂お姫様抱っこだ。
私は目を丸くして固まった。
「どこか痛いところがあるのだろう?王宮についたら、すぐに王宮医を呼んで診てもらおう。マリアンヌは、私の大事な人だからね」
大事な人?
どういう意味だろうか。
確かに以前は婚約者という立場だったのだから、大事な人と言えたかもしれないけれど。
今の私はもう…………
私が色々と考えている内に、フェリクス様は私を抱き上げたまま馬車へと乗り込んで、忌まわしいヤデル伯爵家から荘厳な王宮へと出発した。
馬車の小窓を見ていると、あんなに恐ろしかった伯爵邸が、どんどん小さくなっていく。私は無意識に、フェリクス様の服をぎゅうっと掴んでいた。すると、頭上から優しい声が降ってくる。
「……もう大丈夫だよ、マリアンヌ。不甲斐なかった私を許してくれなくてもいい。けれど、約束する。これからは必ず、君を守り抜いてみせる」
どういう意味なのだろう。
先程、彼は私を被害者だと言った。もしや、王宮で保護をしてくれるという意味なのだろうか?
フェリクス様は責任感の強い方だもの。……シュゼットに掛けられた魅了の魔法の事を気にしているのね。
(……王族さえも手玉に取る、恐ろしい魔法だわ)
もし一時的にでも保護してくれると言うのなら、その間に何か仕事を見つけなくちゃ。見つからなかったら……
生きてるのは怖いだけだもの。
やっぱり、私…………
* * *
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