【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

文字の大きさ
17 / 59
本編

約束

しおりを挟む


「では、今日は訓練で軽く負傷した兵士の手当てをやってみましょうか」

あの日、フェリクス様に何でも学ぶと言って、戦争へついて行くと決心した私は、あれからずっと王宮医のロバート先生から怪我の手当てのやり方等を習っていた。
戦場では、回復魔法が使える魔法師は限られているので、軽傷者は回復魔法ではなく、通常の手当てを受ける事になる。私が習っているのは、その通常の手当てのやり方だ。
傷口の洗浄、消毒、止血法や包帯の巻き方等を教えてもらい、次はいよいよ実際にやってみましょうという段階なのだが…………

「マリアンヌ様?」

フェリクス様は何故か最初から大丈夫だった。王太子宮に来てからは、フェリクス様の他にも、目の前にいる優しそうな年配の王宮医であるロバート先生や、執事長、私の傷を治してくれた魔法師、フェリクス様の近衛騎士の方達と、それなりに男性と会う機会はあったし、必要であれば会話だってした。

それなのに。

若い見習い兵士の男性を前にして、私は動けなくなってしまっていた。

(どうして……?手当てするには、相手に触れないと…………)

頭ではそう理解出来ているのに、身体が石にでもなってしまったかのように動かない。冷や汗が伝い、心臓は激しく脈打っている。身体が、ガタガタと震えてしまう。

彼はヤデル伯爵ではないし、ヤデル伯爵はもう処刑されたと聞いた。
少なくとも、この王太子宮で私に何か酷いことをする人間はいない筈だ。
分かってる。
分かってるのに。


――――いざ、見知らぬ男性に触れようとすると、突然恐怖心が湧いて出た。


「すみ、ません。少しだけ、お時間を…………」

震えながら声を絞り出した事で、ミシェルとロバート先生が私の異変に気付いた。すぐに手当ての練習は中止され、私は自室で休むようにと言われ、部屋に帰されてしまった。

「……なんてことなの。これでは……」

私は倒れ込むようにベッドに身を投げて、両手で顔を覆った。
まだ震えが止まらない。まさか、自分が男性に触れられなくなっているだなんて、気付いていなかった。
身体を回復魔法で治してくれた魔法師の方も、手を翳すだけで直接触れてくる事は無かったし。

こんな事では、せっかく習って戦場へ行っても、ただの足手まといになってしまう。

(なんとかしなくちゃ……)

私がベッドで身を丸くしていると、暫くしてからバタバタと部屋の外から足音が聞こえてきた。
そうして扉が開かれて、中へ入ってきたのはフェリクス様だった。

「マリアンヌ!!」
「……っ……フェリクス、様……?」

フェリクスの後ろには、息を切らせたミシェルの姿。私の事を心配して、先程の件をフェリクス様に伝えに行ってくれたようだ。
私は自分が情けなくなってしまって、必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出してしまった。

「マリアンヌ……!すまない、私の考えが足りなかった」
「ち、ちが…………私……っ」
「もう大丈夫だ、マリアンヌ。怖い思いをさせたね」
「違うんです……!うっ……フェリクス様は何も、何も悪くな……っ……」

私が必死に首を左右に振ると、フェリクス様に強く強く抱き締められて、ぐちゃぐちゃになっていた私の思考が停止した。

暫く力強く抱き締められていると、苦しくてどうしようも無かった気持ちが、少しずつ落ち着いてくる。
未だ涙は止まらないけれど、フェリクス様の温もりに包まれて、指先まで冷えきっていた身体が体温を取り戻していく。

「少し、落ち着いたかい?」
「……はい。……ごめんなさい、フェリクス様。私、自分が情けなくなってしまって……」
「マリアンヌは情けなくなんかない。必死に学んで、覚えも早いと聞いているよ」
「でも……」

触れられないのなら、全部無駄になってしまう。

「……私は、マリアンヌに無理して欲しくない」
「嫌、です……!お願いです、フェリクス様……!」
「マリアンヌ……」
「戦争が始まるまでには、何とかします!ですから、どうか……!」

私が懸命にそう訴えると、フェリクス様は空色の瞳を揺らしながら、私の額に優しくキスを落とした。
少し辛そうで、切ない声音が私の耳に届く。

「マリアンヌが望むなら、私にそれを止める事は出来ない。……けれど、これだけは約束しておくれ。一人で抱え込まないと。」

約束。
私は大きく目を見開いて、フェリクス様を見上げた。
すると、フェリクス様が私の目尻を親指でそっと拭ってくれる。

「約束して、マリアンヌ。……一人で、泣いたりしないと。どうか忘れないでくれ。君には、私がいる」
「フェリクス様……」

ぎゅうっと互いに抱き締め合って、愛しさが募っていく。
私は確かに今――――

間違いなく、『幸せ』だ。


「……ミシェルから聞いたが、見ず知らずの男と顔を合わせると緊張状態になってしまう、という感じかな?」
「いえ。……触れる事が無理なのだと思います。顔を合わせたり、話をするくらいなら大丈夫です」
「そうか。それなら、まずはロバート先生あたりと握手の練習でもしてみるかい?」

確かに、いきなり若い男性で練習するよりも、年配のおじいちゃんである優しいロバート先生から試していった方が無理なく進められるかもしれない。
けれど、ひとつだけ心配がある。

「ありがとうございます、フェリクス様。でも、ただでさえ座学で時間を取ってもらっていますし、これ以上お時間をいただいては、ロバート先生の負担になってしまわないでしょうか?」

ロバート先生には、王宮医としての仕事がある。
これ以上負担を増やしてしまっていいのだろうか?

私がそう告げると、フェリクス様は瞳を細めて口元を柔らかく綻ばせた。

「マリアンヌは心配性だね。座学の時に、ほんの少し握手する時間を取ってもらうだけなのだから問題ないよ」

そう言われて、私ははたと気付いた。
随分と重く考えすぎてしまっていた事に気付いて、顔に熱が集中する。

「確かに、握手するだけですものね。申し訳ありません、私ったら……」
「いいよ。私はそんなマリアンヌだから好きになったんだ」
「……っ!フェリクス様……!」
「本当だよ。……でも、そうか。マリアンヌ、私に触れるのは大丈夫なのかい?前にも訊いたと思うが、無理してないかい?」
「はい。フェリクス様は大丈夫です。フェリクス様だけは・・・、最初から大丈夫でした」

フェリクス様が、ピクリと反応した。

「…………私だけ・・・は?」
「はい。フェリクス様だけは・・・・・・・・・……」

きっとフェリクス様は、私の中でずっとずっと特別だったんだ。
私がそう思っていると、私を抱き締めてくれているフェリクス様の体温が上がった気がした。

「そうか。……私だけは……」
「フェリクス様?」
「マリアンヌ。……君は無自覚に私を煽るのが上手いね」
「煽る……?」

一体なんの事だろうか?

私がフェリクス様の言葉を理解出来ないでいると、部屋の扉がノックされて、近衛騎士であるルードさんの声が聞こえてきた。

「フェリクス様。申し訳ありませんが、執務室にお戻りを。」
「…………」

どうやらフェリクス様は、ミシェルから話を聞いて、仕事の途中だったにも関わらず、急いで駆け付けて来てくれたらしい。

「フェリクス様、私はもう大丈夫です。どうか、お仕事にお戻り下さいませ」
「…………」
「フェリクス様?」

私が不思議に思っていると、フェリクス様がスッと抱き締めていた腕を緩めて私から離れた。

その瞳は、とても切なそうに揺れていて、私の胸が大きく跳ねる。

そして戸惑う私に、フェリクス様が低く甘やかな声音で囁いた。


「……今夜はなるべく早く戻るよ」


* * *
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...