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本編

死の覚悟

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(まさか、帝国の皇帝だなんて……)

従者に帝国の皇帝と呼ばれたシュナイゼルという男を、驚いたマリアンヌがじっと見つめていると、不意にシュナイゼルは考え込むように瞳を伏せた。

「……これはこれで良き戦利品・・・だが、これとは別にシュゼットは必ず連れて帰らなければならない。……だが、おかしいな。予言者の話では、シュゼットは間違いなくフェリクスの寵愛を受けていると聞いていたのに」
「確かに妙ですね。あの予言者、まさかシュナイゼル様にデタラメを……?」
「そんな筈はない。予言者は今までよくやってくれた。……シュゼットの力が外に漏れる事を恐れて、城に閉じ込めているのかもしれん。やはり、当初の予定通りに王宮を襲撃して――――」

シュナイゼルとユーリの話に、マリアンヌの心臓が痛いくらいにドクンと脈打つ。

この男は、今なんと言った?
王宮を襲撃?
当初の予定通り、という事は……

そこまで考えて、まさかという思いが脳裏を過った。
帝国産の武器の事は、後方に居たマリアンヌの耳にも当然届いていたし、怪我を負った兵士達からも聞いていた。そうして、ずっと疑問に思っていた。

――――何故、帝国がヴァルリア王国に手を貸したのか?

わざわざヴァルリア王国に恐ろしい武器を大量に売り渡し、戦を煽ったのは…………
その間、マルティス王国の王宮が手薄になるから?
現に、今の王宮は国王直属の近衛騎士達と最低限の兵士達しか残っていない。

マルティス王国の王宮を襲撃する為に、ヴァルリア王国を煽ったの?
シュゼットを、手に入れる為に?


その事実に思い至り、マリアンヌの心が恐ろしい程に冷えていく。
嗚呼、なんて――――

(死んでからも、つくづく迷惑な人)

王宮を襲撃させる訳にはいかない。
マリアンヌは、自分が何か言ったところで彼等は信じないかもしれないと思いつつ、何もせずに待つよりは足掻いた方がマシだと決意する。

背筋に冷や汗が伝う。
下手をしたらこの場で殺されてしまうだろう。覚悟を決め、マリアンヌは深く深く深呼吸をして、静かに、けれどハッキリと、シュナイゼルを見据えて口を開いた。

「帝国の皇帝、シュナイゼル陛下。私の発言をどうかお許し下さいませ」

一瞬、ピリッとした緊張が走り抜ける。
今にも殺されそうな冷たい空気。
しかし、マリアンヌは身体が震えぬように自らを胸の内で叱咤して、再度強く「どうかお許し下さいませ」と続けた。

シュナイゼルが、面白いと言わんばかりに笑みを浮かべ、マリアンヌを抱き上げたまま距離を縮める。

「俺の正体を知った上で、良い度胸だ。いいだろう。発言を許す」
「シュナイゼル様……!」
「ユーリは黙っていろ」
「…………っ」

従者であるユーリは面白くなさそうに口を閉じた。
マリアンヌは悟られないようにホッとしつつ、視線を逸らさずに事実を告げた。
シュゼットが、もうこの世にはいないという事実を。


……………………
…………


(……マリアンヌ様を連れ去ったのが帝国の皇帝とはなぁ……)

荷馬車から離れた位置の木の上で、息を潜めながらマリアンヌ達の様子を窺い見るは、フェリクス直属の近衛騎士であるルードだ。
今回の戦では、フェリクスに命じられて陰ながらにマリアンヌをアレックスと共に護衛していたのだが……

マリアンヌが護衛騎士達から離れたほんの一瞬の隙を突かれ、彼女を連れ去られてしまった。幸いにして連れ去られる後ろ姿を目撃したルードが、すぐに跡を追い、何とか見失わずに済んだけれど。

(途中から荷馬車を使ってくれて逆に助かった。……あの従者のスピードは尋常じゃない)

恐らく、あの従者は魔法師なのだろう。身体強化の魔法を使用したに違いない。
ルードは魔法師ではないが、生まれながらに優秀な探索スキルを持っている。そのスキルのお陰でマリアンヌを見失う事なく、跡を追って来れたのだ。勿論、この探索スキルも万能ではなく、あまりに対象と距離が離れすぎてしまった場合は途中で探索自体不可能となり、対象を見失ってしまう。今回は見失うギリギリの距離で、従者が森の奥に隠していた荷馬車に移動手段を変えた為、運良く首の皮一枚繋がった。

(見失っていたら、フェリクス様に殺されてたかも。まぁ、簡単に部下を切り捨てるような人ではないけど)

微かに聞こえてくる会話に耳を澄ませ、相手から聞こえたシュゼットという単語に、ルードはマリアンヌと同じ考えに至り、思わず頭を抱えた。

(マジかぁ……あの女の情報が漏れていただなんて。そりゃ、戦争ばっか繰り返してる帝国からすれば、喉から手が出る程に欲しい『力』だ)

だが、あの女はどれだけ拷問しても魅了の魔法なんて分からないと言っていた。
フェリクス様や側近のレジー様達の話を聞いて分かった事だが、あの女の“魅了”には、発動するまでにいくつかの条件が必要らしい。既に死んでいるが、例えあの女が生きて帝国に渡ったとしても、帝国が思うようには使えなかっただろう。

(結局、奴等は無駄足の骨折り損だった訳だ)

聞きたい情報は大体聞けた。
後はマリアンヌを救出するだけなのだが、従者が魔法師である事と、あの皇帝の力が未知数である事に、応援を待った方がいいかと考えていると、それまで黙っていたマリアンヌが皇帝に発言許可を求めた。ルードはぎょっとしながら腰に下げていた剣の柄を握る。

(下手したら皇帝の不興を買って、不敬罪で殺される……!)

しかし、焦るルードとは対照的に、マリアンヌは酷く落ち着いて見えた。あまりに堂々と話すものだから、ルードはそんなマリアンヌの姿に思わず感心して目を見張った。

(……成程。フェリクス様が惚れ込む訳だ)

そうしてマリアンヌの口から語られた、シュゼットの死。
ルードはいざとなったらマリアンヌだけでも逃がす覚悟で、皇帝と従者の出方を見ながら、事のなり行きに耳を澄ませる。


やがて――――

帝国皇帝シュナイゼルが抱き上げていたマリアンヌを地面へ下し、ゆっくりと剣を引き抜いて、その切っ先を白くて華奢なマリアンヌの首へと突き付けたのだった。


* * *
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