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本編
真実と嘘
しおりを挟む帝国の皇帝シュナイゼルがゆっくりと腰に下げていた黒い剣を引き抜くと、その鋭い切先は白く華奢なマリアンヌの首筋へと当てられた。
「お姫様。この俺が貴女の言う言葉を素直に信じると思うのか?」
マリアンヌの首筋に、微かな赤い血が滲む。
けれど、マリアンヌはその凛とした姿勢を崩す事なく、淡々と「陛下が信じようと信じまいと、事実でございますから」と言ってのけた。
それまで笑みを浮かべていたシュナイゼルも、全く動揺を見せず落ち着いた様子のマリアンヌに虚を衝かれたようで、向けていた刃をスッと引っ込める。
そうして剣を鞘へ納めると、シュナイゼルは暫し逡巡してから、「本当にシュゼットは死んだのか?」とマリアンヌへ確認するように問い掛けた。
「はい。彼女は死にました」
「……仮にそうだったとして、その事実を正直に話してしまうのは愚策じゃないか?自分こそが間違いなくシュゼットだと言えば、俺達はそれを信じたかもしれないぞ?」
「……既に髪の色や瞳の色が違うとご存知なのに、ですか?」
「髪の色や瞳の色は、マルティス王国の魔法師が変装のために魔法で変えてくれた、とか何とか言えば、それっぽく聞こえない事もない。お姫様がシュゼットなら、俺達はお姫様を帝国へ連れていき、丁重にもてなすだろう。……なぁ。今からでも試してみたらどうだ?」
シュナイゼルがマリアンヌの顎に手を当てて、クイッと顔を上向かせる。あまりに距離が近くて、マリアンヌは一瞬だけ息を呑んだが、決して慌てた姿は見せまいと己の心を奮い立たせた。
「私がその様に陛下に対して偽りを述べれば、陛下は間違いなく私をこの場で斬って捨てるでしょう」
「ほぅ。何故、そう思う?」
「何一つ証明が出来ないからでございます。今すぐ魅了の魔法を使ってみろと言われても、シュゼットであれば知っているべき情報も、何一つ」
「そうだな。だが、それらを隠している可能性もある。なぁ、ユーリもそう思わないか?」
「はい。……その可能性は十分に考えられます。姫君、どうか恐れる事なく本当の事を仰って下さい」
シュナイゼルに話を振られたユーリは、その言葉に同意して、口元に緩やかな弧を描いた。
先程までとは打って変わり、優しく、まるで安心させるように。
「……私のような者が帝国の皇帝である陛下に隠し事など、恐れ多き事にございます。それに、陛下は既に私の言葉が真実であると分かっておいででしょう?」
「俺が愚かなお姫様の言葉を全て鵜呑みにしていると?」
「……陛下もお人が悪い」
ここにきて、マリアンヌは初めて視線をシュナイゼルから外した。マリアンヌの視線の先には、シュナイゼルの従者ユーリの姿が在る。
シュナイゼルは今度こそ本気で驚いた。それと同時に、マリアンヌに対して先程よりも一層興味が湧き上がる。
(――――へぇ。好みど真ん中な見た目に加えて、なかなかに賢いじゃないか)
マリアンヌは、既に従者ユーリが魔法師であると気付いている。
その理由は、先程の会話だ。シュナイゼルが言った、シュゼットに成りすます案。もしマリアンヌがこの案に乗ってきた場合、シュナイゼルはマリアンヌが予想した通り、直ぐ様彼女を斬って捨てていただろう。
何故なら、シュナイゼルには真実と嘘を判別する為の術があるからだ。
そもそも、真実なのかどうか判別出来ないのならば、わざわざそんな案を言い出す筈がない。
シュナイゼルが言うように、見た目を変え、力を隠す為にマリアンヌが己を偽っている可能性は十分にあったのだから。
故に、判別出来る術があるからこそ、その案に乗るか否か、マリアンヌを試す事が出来る。マリアンヌは先程の彼等の会話でそれらを正しく理解した上で、シュナイゼルに対して“人が悪い”と言ったのだった。
「試してすまないな。だが、本気でお姫様を帝国に連れて帰りたくなってきたよ」
「…………」
「答えたくない事には沈黙か。普通なら時間稼ぎに良いかもしれないが、今は状況が違う。俺がお姫様の答えを尊重すると思うのか?」
「……いえ」
「そうか。分かっているくせに、お姫様は面白いな。……それで、問題のシュゼットだが。お姫様の言っている事が本当なら、予言者が言っていた程の強固な力は持ち合わせていなかったようだな。しかも魅了の魔法が解けた途端、捕まって処刑とは。まぁ王族に対して精神干渉系魔法を使ったんだから、処刑されるのは当然の流れだが。……もう少し調べる為に置いておくかと思ったのに、マルティス王国の王太子は存外欲が無いようだ」
マルティス王国の王太子であるフェリクスは、魅了の魔法を私欲の為に利用しようと思うことなく、無駄な争いの種を早々に摘み取った。
実際には無欲というより、殺したいという気持ちが勝った結果なのだが。
(代役を立てて処刑したと見せかけ、実は手元に隠している、という線も考えられるが……)
シュナイゼルが思考を巡らせながらマリアンヌを見つめると、彼女が少し苦しそうな表情をしている事に気付く。
(ああ、そうか。ずっと顎を持って上向かせたままだもんな。あれだけハッキリと話す割りに、無抵抗とは……)
マリアンヌの身体が、ほんの僅かだが震えている。
マリアンヌはそれを必死に隠して、堂々とした振る舞いをしているが、一国の王、それも帝国の皇帝を前にして、怯えない方がおかしい。
シュナイゼルは己の気持ちが高揚し、鼓動が高鳴るのを感じ取る。
(本当はビビってるくせに、少しでも時間稼ぎをしているわけか。……いじらしくてゾクゾクする)
シュナイゼルはクッと笑うと、そのままマリアンヌとの距離を更に縮め――――
「……え?」
マリアンヌの視界が黒く染まった。
* * *
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