【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

文字の大きさ
28 / 59
本編

真実と嘘

しおりを挟む


帝国の皇帝シュナイゼルがゆっくりと腰に下げていた黒い剣を引き抜くと、その鋭い切先は白く華奢なマリアンヌの首筋へと当てられた。

「お姫様。この俺が貴女の言う言葉を素直に信じると思うのか?」

マリアンヌの首筋に、微かな赤い血が滲む。
けれど、マリアンヌはその凛とした姿勢を崩す事なく、淡々と「陛下が信じようと信じまいと、事実でございますから」と言ってのけた。

それまで笑みを浮かべていたシュナイゼルも、全く動揺を見せず落ち着いた様子のマリアンヌに虚を衝かれたようで、向けていた刃をスッと引っ込める。
そうして剣を鞘へ納めると、シュナイゼルは暫し逡巡してから、「本当にシュゼットは死んだのか?」とマリアンヌへ確認するように問い掛けた。

「はい。彼女は死にました」
「……仮にそうだったとして、その事実を正直に話してしまうのは愚策じゃないか?自分こそが間違いなくシュゼットだと言えば、俺達はそれを信じたかもしれないぞ?」
「……既に髪の色や瞳の色が違うとご存知なのに、ですか?」
「髪の色や瞳の色は、マルティス王国の魔法師が変装のために魔法で変えてくれた、とか何とか言えば、それっぽく聞こえない事もない。お姫様がシュゼットなら、俺達はお姫様を帝国へ連れていき、丁重にもてなすだろう。……なぁ。今からでも試してみたらどうだ?」

シュナイゼルがマリアンヌの顎に手を当てて、クイッと顔を上向かせる。あまりに距離が近くて、マリアンヌは一瞬だけ息を呑んだが、決して慌てた姿は見せまいと己の心を奮い立たせた。

「私がその様に陛下に対して偽りを述べれば、陛下は間違いなく私をこの場で斬って捨てるでしょう」
「ほぅ。何故、そう思う?」
「何一つ証明が出来ないからでございます。今すぐ魅了の魔法を使ってみろと言われても、シュゼットであれば知っているべき情報も、何一つ」
「そうだな。だが、それらを隠している可能性もある。なぁ、ユーリもそう思わないか?」
「はい。……その可能性は十分に考えられます。姫君、どうか恐れる事なく本当の事を仰って下さい」

シュナイゼルに話を振られたユーリは、その言葉に同意して、口元に緩やかな弧を描いた。
先程までとは打って変わり、優しく、まるで安心させるように。

「……私のような者が帝国の皇帝である陛下に隠し事など、恐れ多き事にございます。それに、陛下は既に私の言葉が真実であると分かっておいででしょう?」
「俺が愚かなお姫様の言葉を全て鵜呑みにしていると?」
「……陛下もお人が悪い」

ここにきて、マリアンヌは初めて視線をシュナイゼルから外した。マリアンヌの視線の先には、シュナイゼルの従者ユーリの姿が在る。
シュナイゼルは今度こそ本気で驚いた。それと同時に、マリアンヌに対して先程よりも一層興味が湧き上がる。

(――――へぇ。好みど真ん中な見た目に加えて、なかなかに賢いじゃないか)

マリアンヌは、既に従者ユーリが魔法師であると気付いている。
その理由は、先程の会話だ。シュナイゼルが言った、シュゼットに成りすます案。もしマリアンヌがこの案に乗ってきた場合、シュナイゼルはマリアンヌが予想した通り、直ぐ様彼女を斬って捨てていただろう。
何故なら、シュナイゼルには真実と嘘を判別する為の術があるからだ。

そもそも、真実なのかどうか判別出来ないのならば、わざわざそんな案を言い出す筈がない。
シュナイゼルが言うように、見た目を変え、力を隠す為にマリアンヌが己を偽っている可能性は十分にあったのだから。
故に、判別出来る術があるからこそ、その案に乗るか否か、マリアンヌを試す事が出来る。マリアンヌは先程の彼等の会話でそれらを正しく理解した上で、シュナイゼルに対して“人が悪い”と言ったのだった。

「試してすまないな。だが、本気でお姫様を帝国に連れて帰りたくなってきたよ」
「…………」
「答えたくない事には沈黙か。普通なら時間稼ぎに良いかもしれないが、今は状況が違う。俺がお姫様の答えを尊重すると思うのか?」
「……いえ」
「そうか。分かっているくせに、お姫様は面白いな。……それで、問題のシュゼットだが。お姫様の言っている事が本当なら、予言者が言っていた程の強固な力は持ち合わせていなかったようだな。しかも魅了の魔法が解けた途端、捕まって処刑とは。まぁ王族に対して精神干渉系魔法を使ったんだから、処刑されるのは当然の流れだが。……もう少し調べる為に置いておくかと思ったのに、マルティス王国の王太子は存外欲が無いようだ」

マルティス王国の王太子であるフェリクスは、魅了の魔法を私欲の為に利用しようと思うことなく、無駄な争いの種を早々に摘み取った。
実際には無欲というより、殺したいという気持ちが勝った結果なのだが。

(代役を立てて処刑したと見せかけ、実は手元に隠している、という線も考えられるが……)

シュナイゼルが思考を巡らせながらマリアンヌを見つめると、彼女が少し苦しそうな表情をしている事に気付く。

(ああ、そうか。ずっと顎を持って上向かせたままだもんな。あれだけハッキリと話す割りに、無抵抗とは……)

マリアンヌの身体が、ほんの僅かだが震えている。
マリアンヌはそれを必死に隠して、堂々とした振る舞いをしているが、一国の王、それも帝国の皇帝を前にして、怯えない方がおかしい。
シュナイゼルは己の気持ちが高揚し、鼓動が高鳴るのを感じ取る。

(本当はビビってるくせに、少しでも時間稼ぎをしているわけか。……いじらしくてゾクゾクする)

シュナイゼルはクッと笑うと、そのままマリアンヌとの距離を更に縮め――――


「……え?」


マリアンヌの視界が黒く染まった。


* * *
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...