【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

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本編

迫られる選択

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マルティス王国とヴァルリア王国、両国の間にある国境沿いの森の奥。
そこではフェリクス直属の近衛騎士であるルードと、帝国の皇帝であるシュナイゼルの従者ユーリが拮抗した・・・・戦闘を繰り広げていた。
ルードは苛立った様子で、敵であるユーリを睨み付ける。二人の力は確かに拮抗しているが、持っている余裕はユーリの方が上だった。何故なら彼は、身体強化以外の魔法を殆んど使用しておらず、未だ魔力を温存していたからだ。

「……得意の魔法は使わないのか?」
「使って欲しいのですか?」
「…………」

本音を言えば、使って欲しくない。
身体強化だけでも辛いのに、他の攻撃魔法まで使われてしまったら、今以上に自分には厳しい戦いになってしまうと、ルードには分かっているからだ。
ルードは騎士として優れた身体能力を持っているが、大多数の人間と同じで魔法師となれるような魔力は持っていないのだ。
魔法師が稀少なこの時代では、高火力な攻撃魔法を使える魔法師自体も殆んどいないのだが、もしもユーリが高魔力保持者であったなら、戦っているルードにとっては致命的であるが故に、必要以上に警戒し、緊張してしまっている。

(かなり前に、身体強化を使う別の魔法師と戦った事があるが、あの時の魔法師は身体強化を完全に補助として使用していた。だが、この従者は違う。魔法師のくせに、接近戦に慣れすぎている……っ)

魔法師は戦闘の際、とにかく対峙している相手と距離を取ろうとするのが普通だ。
もしくは、背後に回って一撃必殺の技や毒を仕込んだ剣を繰り出してくるのが、この時代、この世界での魔法師の定石だった。しかし、ユーリの戦い方は身体強化を使用しているだけで、どちらかと言えば騎士の戦い方に近い。だからこそ拮抗し、良い勝負が出来ている訳なのだが。

ルードは戦いながら、チラリとユーリの主であるシュナイゼルを横目で見遣る。
シュナイゼルは、ユーリが負けるとは欠片ほども思っていないようで、余裕の表情で笑みさえ浮かべていた。

そうして、ルードは決定的なミスを犯した。
相手を警戒するが故の行動だったのだが、ほんの一瞬たりともユーリから目を離してはいけなかったのに。

「余所見はいけませんね?」
「……っ?!」

眼前に迫る刃。
ルードの、瞬きする程の一瞬の隙を突いて、ユーリが懐に隠していたらしいもう一本の短い剣を素早く抜いて繰り出して来たのだ。

「くっ……!」

咄嗟に身体を引いて己の剣でその短い剣を弾いたが、その瞬間、脇腹辺りにシュッと燃えるような熱を感じた。ユーリが最初から手にしていた方の剣で、がら空きとなったしまったルードの左側の脇腹を斬りつけたからだ。

熱を感じて直ぐ様身体を捩り、後方へと飛び退いたルードだが、思っていたより深い傷を負ってしまった。
右手で剣を握り締めたまま、左手で脇腹を押さえるが、斬られた周囲の騎士服がじわりと血で赤く染まっていく。

「ルード卿!」

静かに見守っていたマリアンヌも、両手で口元を覆い、目を見開いて、思わず声を上げた。
すぐにハッとして唇を食い縛り、それ以上声を出す事は無かったが、マリアンヌのその様子に、シュナイゼルが笑みを深めた。

「優しいお姫様。どうやら貴女の騎士がピンチのようだぞ?どうする?なんなら、俺が助けてやろうか?」

シュナイゼルの提案に、マリアンヌは沈黙のまま眉を顰めた。
先程より顔色が悪いが、凛とした表情を崩さないマリアンヌを見て、シュナイゼルがゆっくりと両手を広げる。

「俺の元へ来ると良い。毎晩、存分に可愛がってやる」
「……遠慮します」
「遠慮すれば、騎士は死ぬ。それでもいいのか?」
「…………」

マリアンヌが初めて見せた迷い。
ユーリと対峙し、片手で戦い続けるルードは眉間のシワを深くして舌打ちした。同時に声を張り上げる。

「惑わされてはなりません、マリアンヌ様!!俺は大丈夫です!!まだ戦えます!!」
「ルード卿……!」

シュナイゼルがルードの言葉にぷはっと吹き出した。くっくと笑いながら、自身の艶やかな黒髪をくしゃっとかきあげた。

「どの辺が大丈夫なんだか。しかし、そうか。お姫様の名前はマリアンヌというのか」

シュナイゼルが一歩ずつ、マリアンヌの方へ歩を進ませる。
気付いたルードがマリアンヌの元へ行こうとするが、ユーリに阻まれてしまい、傍へ行く事が出来ない。
マリアンヌがシュナイゼルを警戒し、近付かれる度に一歩ずつ後退していくが、歩幅の違いか、速度の違いか、距離がどんどん縮まってしまう。

「マリアンヌ」
「……私は、貴方の元へは行きません!ですから……」
「名前で呼ぶと表情が少し違うな。閨でも沢山名を呼んでやろう」
「それ以上来ないで下さいませ!」
「騎士が死ぬぞ?いいのか?優しいお前に耐えられるのか?……お前が騎士を殺してしまうんだぞ?」
「そ、れは……」

シュナイゼルは血のような紅い瞳を細め、マリアンヌを惑わせる言葉を続ける。
いつの間にかマリアンヌは、足が震えてしまい、上手く動けなくなってしまっていた。

「お前が意地を張れば騎士が死ぬ。お前が殺したも同義だ。手を下したのがユーリであっても、助けなかったのはお前だからな。……騎士を見捨てるのか?」
「違っ……私は……!」
「騎士を信じているから?信じるのはいいが、あの騎士が負った傷は深いと見れば分かるだろう?いいのか?本当に死んでしまうぞ?」
「…………っ」
「俺なら救える。……早く決断しないと、血が流れすぎて間に合わなくなるぞ。来い、マリアンヌ。心配しなくても俺は約束だけは守る男だ」

シュナイゼルが優美な仕草でマリアンヌの髪を一房掬い取り、キスを落とす。
すぐ傍まで詰められてしまった距離。逃げなければと思うのに、足が動かない。

シュナイゼルが、マリアンヌの腰に左腕を回して、ぐっと引き寄せた。
整いすぎた綺麗な顔が、すぐ目の前にあって、マリアンヌは何とか両手を突き出してシュナイゼルを押し返そうとするが、大の男であり逞しく鍛えられた身体はびくともしない。

「可愛らしい抵抗だ。……本当に、ユーリは良いモノを持ってきてくれた」
「わ、私は、モノなんかじゃ……」
「そうだな。マリアンヌ、お前は今から俺の女だ。帝国に連れ帰ったら、そのままお前を俺の――――」

シュナイゼルはその先の言葉を続ける事が出来なかった。
恐ろしい程の殺気を放つ、凍えるような冷たい瞳と目が合ってしまったから。





「貴様、誰の許可を得て私の・・マリアンヌに触れている?」





* * *
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