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本編

王太子フェリクスと皇帝シュナイゼル①

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目の前で黒い剣が引き抜かれたと思った瞬間、すぐに金属と金属のぶつかり合う音が辺りに響き渡った。

「シュナイゼル様!!」

従者ユーリが、焦りを滲ませた声でシュナイゼルの名を呼ぶ。そうして生じた隙を見逃さず、今度はルードが攻めに転じた。

「くっ……!マルティスの犬風情が、そこを退けっ!!」
「残念だったな、従者。……ここから先は此方の番だ……!」

傷のせいか、ルードは苦しげな表情をしているが、口元だけは薄っすらと笑みを浮かべていた。
その笑みにゾクリとした悪寒を感じながらも、ユーリは一刻も早くシュナイゼルの元へ駆け付けたい一心で剣を振るう。気持ちが急いているからか、ユーリの剣は深手を負っている筈のルードに届かない。
ユーリが憎々しげにルードを睨み付け、毒づいた。

「クソッ……!」

――――今のルードは、深手を負っているにもかかわらず負ける気がしなかった。
傷の痛みなんて忘れてしまえる程に、気持ちが激しく高揚する。
主であるフェリクスが、自分と同じ場所で戦っている。

“負けられない”。

(だから……!)

主に無様な姿は見せられない。
その結果、例え相討ちになったとしても。

……………………
…………


マリアンヌには、何が起きたのか分からなかった。

後方から聞き慣れた声が聞こえてきたと思った次の瞬間には視界が変わり、マリアンヌはシュナイゼルに突き飛ばされていたからだ。
さっきまでシュナイゼルの腕があった場所へ剣が振り下ろされ、それをシュナイゼルが避けたと同時に、フェリクスが身体を回転させ、流れるような動作で再びシュナイゼルへ斬りかかった。しかし、自身の首が飛ばされる寸でのところで、シュナイゼルは引き抜いた自らの黒剣を盾にし、火花を散らしながらフェリクスの刃を受け止めたのだ。

マリアンヌは突き飛ばされた後、直ぐ様二人の方へ振り返ったけれど、それら全ての動作が驚くべき速さで行われた為に、非戦闘員で戦い慣れていないマリアンヌには、目で追う事さえ出来なかった。

「いきなり腕を切り落としに来たと思ったら、次は首か。マルティスの王太子殿は思っていたより激情型のようだな……!」
「……死に損ないのくせに、随分とよく回る舌だ」
「振り下ろした剣がマリアンヌに当たっていたらどうするつもりだ?少しは俺に感謝しろ!」
「抜かせ。私が誤ってマリアンヌを斬りつける事は有り得ない。むしろ、よくもマリアンヌを突き飛ばしてくれたな?それと、勝手に名前で呼びすてるなっ……!」

二人の刃が、そのまま激しい鍔迫り合いとなる。
互いに睨み合うが、フェリクスの迸る凄まじい殺気に気圧され、シュナイゼルがギリッと歯を食い縛った。

シュナイゼルは幼い頃から物覚えがよく、文武両道で優れた皇子だった。一部の者達には神童とまで呼ばれ、これまで欲しいと思ったものは全て手に入れてきた。
富と力、従者、今の皇帝の地位さえも。

(……なんでだ……っ)

実際にシュナイゼルは優れている。
だが、今ばかりはシュナイゼルにとって想定外な事が起きていた。
一見、拮抗しているようにも見えるが、その気迫だけでなく、力でも僅かにシュナイゼルの方が押されていたのだ。

じわりと滲む汗。
シュナイゼルの顔からは、完全に笑みが消えていた。

「……貴様、どこの国の者だ?」
「何……?」
「我等マルティス王国軍は、ヴァルリア王国軍と戦っていた。既に勝敗は決し、我がマルティス王国軍が勝利を収めたが……」

フェリクスは自分と対峙している男の容姿や服装を見て、眉間のシワを深くする。
その出で立ちはどう見てもヴァルリア王国軍の者ではない。黒髪というのも、この辺りでは珍しい。
真っ黒な軍服へ視線を走らせると、胸元のポケットにここ最近嫌と言うほど見てきた紋章がある事に気付いて、フェリクスは氷のような瞳を見開いた。


「まさか、帝国の……?」


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