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本編

マリアンヌの生家

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フェリクスとの熱く濃密な三日三晩過ごし、マリアンヌが数日間ベッドの住人となってしまっていた間。

国王とフェリクスは、ある貴族の爵位継承について確認を取っていた。

「フェリクス。ヴィラント侯爵家の爵位継承は無事に終わったのか?」
「はい、父上」
「まさか、夫人までもが亡くなってしまうとは思いもよらなんだ」
「……私もです」

ヴァルリア王国との戦争では、フェリクス率いるマルティス王国軍が勝利した。けれど、開戦したばかりの最初の頃。ヴァルリア王国軍が帝国産の武器を初お披露目した際に、マルティス王国軍側でもそれなりに犠牲者が出てしまっていた。

その犠牲者の中には、マリアンヌの実父であるヴィラント侯爵家当主も含まれていた。
ヤデル伯爵との繋がりを疑われたヴィラント侯爵は、汚名を自ら払拭すべく自領の騎士団を率いて戦争へ参加したのだが……
数年前から念入りに準備していた者達とは異なり、開戦を目前にした状態で飛び入り参加した彼等は、フェリクスの采配により最前線の最も過酷な場所に配置される事となり、結果として、ヴィラント侯爵は呆気なくこの世を去った。
彼はあの恐ろしい帝国産武器の餌食となってしまったのだ。

自領にて夫の凱旋を心待ちにしていた夫人は、その訃報にショックで倒れてしまい、数ヵ月寝込んだ後、そのまま夫の後を追うように亡くなった。故に、当主と夫人の両方を失ったヴィラント侯爵家は、その息子に爵位が継承されたのだ。
年の離れた、マリアンヌの実弟に。

「彼等は何でも物事を急ぎすぎた。彼等の死は、その結果だと言えるだろう。だが……」

マルティス王国の国王、オスヴィンがフェリクスにチラリと視線を向ける。

「明らかに力不足な彼等を最前線のあの場所へ配置したのはお前だったな?フェリクス」
「はい」
「……よもや、私情に駆られての判断ではなかろうな?」

オスヴィン国王はフェリクスを探るようにじっと見つめる。
だが、フェリクスは全く顔色を変えず、動揺や焦りの色を見せずに、ゆっくりと長い睫毛を伏せた。

「彼等は汚名を払拭出来るだけの名誉を欲していました。あの場所を望んだのはヴィラント侯爵自身です」
「ほう?」
「勿論、侯爵に思うところが無かったかと問われれば、答えは“否”ですが。……彼等が参加表明してきた頃には、軍の編成は粗方終わっていましたので」

オスヴィン国王はフェリクスの答えに、顎に蓄えられた白い髭を撫で付けながら「ふむ」と一言漏らす。

フェリクスの言った事は嘘ではない。彼等は突然戦争への参加を表明し、名誉を欲した。既に軍の編成は済んでいたのに、いきなり参加すると言って、どうぞお好きな所へ、とはいく筈もない。
陣形が崩れてしまっては困るのだ。初めから補給部隊を狙って動いていた別働隊の為に、マルティス王国軍本隊は敵であるヴァルリア王国軍本隊を引き付けておかなければならなかった。それ故、本隊が遅滞戦闘に徹するようになる事を考慮し、予めあまり犠牲者を出さないようにと王国騎士団長や各部隊の隊長格と何度も念入りに行った話し合いの末、決定した編成と陣形に、突然飛び入り参加した者達を捩じ込められる筈がない。

であれば、人手が足りない最前線か、後方支援。初めからその二択しか、彼等には残されていなかったのだ。名誉を欲する彼等は、当然後方支援では納得しない。
だからこそ、フェリクスは嬉々として最前線へと配置したのだ。

「彼等の死は、彼等自身が招いたものです。私を信じて下さい、父上」
「…………そうか」

オスヴィン国王は、そう言ってのける息子に、力なく答える。

確かに、彼等の死は彼等自身が招いたものだ。
しかし、少なからずそれを後押ししたのは紛れもなく、フェリクスだ。
例え彼等が納得しなくても、フェリクスが後方支援へ行けと言えば、彼等はそれに従うしかなかった。
それこそ、初めから彼等が戦争への参加表明をした際に、参加する許可を出さなければ良かったのだ。

けれどフェリクスは、そのどちらも選択しなかった。
戦争へ参加する許可を出し、彼等が望むままに、後方支援ではなく最前線へ配置した。そうして、それを私情ではないと、自分を信じて欲しいとまで平然と言い切るフェリクスに、国王は恐ろしささえ感じてしまう。

「……ヴィラント侯爵の息子はいくつだったか。マリアンヌ妃とは、年が離れていたと思ったが」
「ええ。彼は今年で12歳です」
「マリアンヌ妃とは8歳差か。まだ幼いな」
「既に手は打ってあります。私の信頼できる側近を補佐官兼領主代行として送りましたので。彼が成人するまでは、領主代行として。成人してからは補佐官として数年勤めてもらうつもりです」
「……随分と手厚いな。別にお前の側近でなくとも良かったのではないか?」
「いえ。ヴィラント侯爵家は私の・・マリアンヌの生家ですから」
「…………」

彼女の名前を口にするだけで、フェリクスの表情が僅かに緩む。
その表情を見て、フェリクスにはマリアンヌの存在が必要不可欠なのだと思い知る。
彼女が傍に居なければ、例えどれだけフェリクスが優秀であろうとも、人として大切な何かが欠けてしまうに違いない。

(……彼女が出て行ってしまわなくて、本当に良かった)

自分はフェリクスに相応しくない。
そう言って王宮から出ていく事を望んだマリアンヌに、一度は王である自分が許可を出してしまった。
しかし、今はもうあの時と同じように許可を出す事は難しいだろう。例え、マリアンヌが王太子妃ではなく、ただの平民であったとしても、彼女が居なければフェリクスはあまりに危うい。

そこまで考えて、オスヴィン国王は不意に思い付いた言葉を口にする。


「マリアンヌ妃はヴィラント侯爵家の現状を知っているのか?」


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