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第2話 測定不能
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探索者管理機構――EMB本部は、東群市の中心にある。
ガラス張りの高層建築で、ダンジョンが出現する以前は、ただの行政ビルだったらしい。
久瀬アラタは、その一室にいた。
「改めて、時間を取っていただいてありがとうございます」
向かいの席に座る柊カナエが、丁寧に頭を下げる。
彼女の声は落ち着いていて、感情が表に出にくい。
「用件はわかってます」
「助かります」
机の中央には、黒い箱状の装置が置かれていた。
最新式の魔力測定器だ。
「こちらは、通常の測定器とは仕組みが違います」
「……また壊れますか」
率直な問いに、柊は一瞬だけ言葉に詰まった。
「可能性は、あります」
アラタはため息をつき、椅子から立ち上がる。
「それでもやるなら、どうぞ」
◇
測定は簡単だった。
装置の上に、手をかざすだけ。
アラタが指示通りにすると、装置が低い音を立てて起動する。
画面に数値が流れ始めた。
「……これは」
柊の声が、わずかに揺れた。
数値が、跳ね上がっている。
通常なら、Bランクで数百。Aランクで数千。
だが――。
「……止まりませんね」
アラタが言うと同時に、画面が白く染まった。
警告音が鳴り、装置が強制停止する。
焦げた匂いが、部屋に広がった。
「……やはり、か」
アラタは手を下ろした。
予想通りだ。
柊は黙って装置を見つめている。
やがて、静かに言った。
「魔力値、測定不能。記録更新不可」
「いつも通りです」
そう言って、アラタは座り直した。
柊は視線を上げ、彼をまっすぐに見る。
「久瀬さん。これは、異常です」
「そうでしょうね」
感情のこもらない返答。
それが、余計に彼女を戸惑わせた。
「なぜ、そんなに落ち着いていられるんですか」
「慣れてますから」
それは嘘ではなかった。
◇
柊は深く息を吸い、言葉を選ぶように続けた。
「スキルについても、未登録のままです」
「覚えがないので」
事実だ。
この世界で、彼はスキルを得た記憶がない。
――代わりに、経験がある。
剣を振るった回数。
命のやり取りをした数。
それらは、数値にはならない。
「久瀬さんは……ダンジョンが出現する前から、戦いに慣れていたように見えます」
柊の言葉に、アラタは目を伏せた。
記憶が、勝手に浮かび上がる。
石畳の城。
血に濡れた剣。
仲間だった者たちの、最後の背中。
――やめろ。
ここは、現代だ。
「気のせいです」
「……そうですか」
柊はそれ以上、踏み込まなかった。
だが、疑念が消えたわけではない。
◇
建物を出ると、昼下がりの風が頬を打った。
アラタは歩きながら、無意識に右手を握る。
剣を持つ感覚が、まだ残っている。
――魔王城。
不意に、はっきりとした光景がよみがえった。
巨大な玉座。
黒い魔力の奔流。
目の前に立つ、魔王。
あの時、自分は何を思っていた?
――終わらせなければ。
それだけだった。
恐怖も、迷いもなかった。
ただ、役目を果たすために剣を振るった。
「……戻るな」
アラタは立ち止まり、頭を振った。
あれは、終わった話だ。
今の自分は、勇者ではない。
◇
帰宅すると、ミオがソファで本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
いつも通りのやり取り。
だが、ミオはすぐに気づいた。
「……なんか、疲れてる?」
「少しだけ」
嘘ではない。
体ではなく、頭が。
「無理しないでね」
「してない」
そう答えると、ミオは少し困った顔で笑った。
「それ、信用できないんだよなぁ」
アラタは返す言葉が見つからず、視線を逸らした。
妹は、何も知らない。
だが、何かを感じ取っている。
それが、怖かった。
◇
その夜、アラタは夢を見た。
異世界の夜空。
焚き火の前で、仲間たちが笑っている。
もう、いない人たちだ。
目が覚めると、額に汗がにじんでいた。
「……過去は、終わったはずだ」
だが、現実がそれを許さない。
魔力測定不能。
スキル不明。
異常な戦闘感覚。
すべてが、過去とつながっている。
――それでも。
アラタは布団から起き上がり、窓の外を見る。
東群市の夜景が、静かに広がっていた。
この世界で、守りたいものがある。
それだけは、確かだった。
ガラス張りの高層建築で、ダンジョンが出現する以前は、ただの行政ビルだったらしい。
久瀬アラタは、その一室にいた。
「改めて、時間を取っていただいてありがとうございます」
向かいの席に座る柊カナエが、丁寧に頭を下げる。
彼女の声は落ち着いていて、感情が表に出にくい。
「用件はわかってます」
「助かります」
机の中央には、黒い箱状の装置が置かれていた。
最新式の魔力測定器だ。
「こちらは、通常の測定器とは仕組みが違います」
「……また壊れますか」
率直な問いに、柊は一瞬だけ言葉に詰まった。
「可能性は、あります」
アラタはため息をつき、椅子から立ち上がる。
「それでもやるなら、どうぞ」
◇
測定は簡単だった。
装置の上に、手をかざすだけ。
アラタが指示通りにすると、装置が低い音を立てて起動する。
画面に数値が流れ始めた。
「……これは」
柊の声が、わずかに揺れた。
数値が、跳ね上がっている。
通常なら、Bランクで数百。Aランクで数千。
だが――。
「……止まりませんね」
アラタが言うと同時に、画面が白く染まった。
警告音が鳴り、装置が強制停止する。
焦げた匂いが、部屋に広がった。
「……やはり、か」
アラタは手を下ろした。
予想通りだ。
柊は黙って装置を見つめている。
やがて、静かに言った。
「魔力値、測定不能。記録更新不可」
「いつも通りです」
そう言って、アラタは座り直した。
柊は視線を上げ、彼をまっすぐに見る。
「久瀬さん。これは、異常です」
「そうでしょうね」
感情のこもらない返答。
それが、余計に彼女を戸惑わせた。
「なぜ、そんなに落ち着いていられるんですか」
「慣れてますから」
それは嘘ではなかった。
◇
柊は深く息を吸い、言葉を選ぶように続けた。
「スキルについても、未登録のままです」
「覚えがないので」
事実だ。
この世界で、彼はスキルを得た記憶がない。
――代わりに、経験がある。
剣を振るった回数。
命のやり取りをした数。
それらは、数値にはならない。
「久瀬さんは……ダンジョンが出現する前から、戦いに慣れていたように見えます」
柊の言葉に、アラタは目を伏せた。
記憶が、勝手に浮かび上がる。
石畳の城。
血に濡れた剣。
仲間だった者たちの、最後の背中。
――やめろ。
ここは、現代だ。
「気のせいです」
「……そうですか」
柊はそれ以上、踏み込まなかった。
だが、疑念が消えたわけではない。
◇
建物を出ると、昼下がりの風が頬を打った。
アラタは歩きながら、無意識に右手を握る。
剣を持つ感覚が、まだ残っている。
――魔王城。
不意に、はっきりとした光景がよみがえった。
巨大な玉座。
黒い魔力の奔流。
目の前に立つ、魔王。
あの時、自分は何を思っていた?
――終わらせなければ。
それだけだった。
恐怖も、迷いもなかった。
ただ、役目を果たすために剣を振るった。
「……戻るな」
アラタは立ち止まり、頭を振った。
あれは、終わった話だ。
今の自分は、勇者ではない。
◇
帰宅すると、ミオがソファで本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
いつも通りのやり取り。
だが、ミオはすぐに気づいた。
「……なんか、疲れてる?」
「少しだけ」
嘘ではない。
体ではなく、頭が。
「無理しないでね」
「してない」
そう答えると、ミオは少し困った顔で笑った。
「それ、信用できないんだよなぁ」
アラタは返す言葉が見つからず、視線を逸らした。
妹は、何も知らない。
だが、何かを感じ取っている。
それが、怖かった。
◇
その夜、アラタは夢を見た。
異世界の夜空。
焚き火の前で、仲間たちが笑っている。
もう、いない人たちだ。
目が覚めると、額に汗がにじんでいた。
「……過去は、終わったはずだ」
だが、現実がそれを許さない。
魔力測定不能。
スキル不明。
異常な戦闘感覚。
すべてが、過去とつながっている。
――それでも。
アラタは布団から起き上がり、窓の外を見る。
東群市の夜景が、静かに広がっていた。
この世界で、守りたいものがある。
それだけは、確かだった。
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