地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

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第三話 単独深層調査任務

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 ギルドマスター室に呼ばれる、というのは久しぶりだった。

 ジャンは扉の前で一度だけ深呼吸し、ノックする。

「入れ」

 低い声に応じて扉を開けると、ガドルが机に肘をついて待っていた。
 部屋には他に誰もいない。

「座れ」

「はい」

 向かいの椅子に腰を下ろすと、ガドルは書類を一枚、机の上に滑らせた。

 封蝋付きの依頼書だ。

「正式依頼だ。
 ただし、条件がある」

 ジャンは視線を落とし、文面を追った。

 ――ダンジョン第七層。
 ――単独調査。
――戦闘回避優先。
 ――帰還義務あり。

 最後の一文に、わずかな違和感を覚える。

「……単独、ですか」

「そうだ」

 ガドルは迷いなく答えた。

「パーティ編成はしない。
 補助も付けない。
 潜って、見て、戻る。それだけだ」

 ジャンは、ゆっくりとうなずいた。

 驚きはない。
 むしろ、納得が先に来た。

「理由を、聞いてもいいですか」

「もちろんだ」

 ガドルは、短く息を吐いた。

「お前は、特殊すぎる」

 言葉は率直だった。

「深層では戦力過剰。
 地上では足手まとい。
 パーティに組み込むと、全体の最適が崩れる」

 ジャンは反論しなかった。

 それは、すでに自分でも感じていたことだ。

「だから、役割を分ける」

 ガドルは、まっすぐに言う。

「お前は“深層だけを見る目”だ」

     ◆

 第七層への下降は、これまでとは明らかに違っていた。

 階段を下りるごとに、空気が重くなる。
 魔素が、肌にまとわりつくように感じられる。

 ジャンの体は、それに応じて変わっていった。

 呼吸が深くなる。
 筋肉が、静かに引き締まる。

「……来たな」

 足取りは軽い。
 視界も、冴えている。

 だが同時に、違和感もあった。

 心拍が安定しすぎている。
 緊張が、薄れている。

「慣れ、じゃない……」

 自分の体が、この環境を“前提”にし始めている。

     ◆

 第七層は、異様だった。

 壁は脈打つように微かに光り、
 魔物の気配はあるのに、姿が見えない。

 ジャンは慎重に進み、記録用の札を設置していく。

 そのとき、背後の気配が歪んだ。

「――っ!」

 反射的に振り向く。

 そこにいたのは、異常個体だった。

 通常よりも小さいが、魔素の密度が異様に高い。
 動きが、読めない。

 ジャンは一歩、踏み込んだ。

 深層の魔素が、一気に体を満たす。

 剣を振る。
 一撃。

 魔物は、抵抗する間もなく消えた。

 ――強い。

 だが、違う。

 これまでの“強い”とは、質が違った。

「……余裕がありすぎる」

 戦闘後の息切れもない。
 疲労も、ほとんど感じない。

 それが、少しだけ怖かった。

     ◆

 調査を終え、帰還を選ぶ。

 階段を上るにつれて、体が重くなる。

 さっきまでの軽さが、嘘のように消えていく。

「……戻ってる」

 地上に近づくにつれ、現実が戻る。

 ギルドに辿り着いたとき、
 ジャンは壁に手をつかなければ立っていられなかった。

     ◆

「報告は以上です」

 ガドルは黙って聞いていた。

「……第七層は、もう通常じゃないな」

「はい」

「お前はどう感じた」

 ジャンは、少し考えた。

「……居心地が、良すぎました」

 ガドルは、目を細めた。

「それが答えだ」

 書類に印を押し、告げる。

「お前は、もう戻れなくなるかもしれん」

「それでも、潜れと?」

「だからこそだ」

 ガドルは、はっきりと言った。

「深層は、お前を必要としている」

     ◆

 ギルドを出たジャンは、夜空を見上げた。

 地上は、静かだ。
 弱い自分が、はっきりと感じられる。

 だが、迷いはなかった。

「……僕の仕事だ」

 誰にも代われない役割。

 一人で潜る意味。

 ジャンは、再びダンジョンへと視線を向けた。

 孤独な調査任務は、
 まだ始まったばかりだった。
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