地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

文字の大きさ
5 / 10

第五話 強さの代償

しおりを挟む

 朝、目を覚ました瞬間、ジャンは違和感を覚えた。

 体が、動かない。

 正確に言えば、動かそうとすると一拍遅れる。
 指先に力を入れるまでに、余計な意識が必要だった。

「……重い」

 ベッドから起き上がるだけで、息が上がる。
 昨日までは、ここまでではなかったはずだ。

 ゆっくりと身支度を整え、部屋を出る。
 廊下を歩くだけで、膝が軋んだ。

     ◆

 ギルドの食堂で、簡単な朝食を取る。

 スプーンが、やけに重い。
 腕が、すぐにだるくなる。

「ジャンさん?」

 声をかけてきたのは、ポーリンだった。

「顔色、悪いですよ」

「……少し、疲れているだけです」

 嘘ではない。
 だが、原因は疲労ではなかった。

「今日は依頼、入っていません。
 無理はしないでくださいね」

「ありがとうございます」

 その優しさが、胸に刺さる。

     ◆

 訓練場で、軽く体を動かしてみる。

 剣を振る。
 一振りで、腕が悲鳴を上げた。

「……こんなに、落ちるのか」

 地上での弱体化が、明らかに進んでいる。

 昨日までは、まだ“普通の冒険者以下”程度だった。
 今は、それよりも下だ。

 息を整えようとしても、呼吸が浅い。
 集中しようとすると、頭がぼんやりする。

 周囲の冒険者たちが、ちらりと視線を向けた。

 誰も何も言わない。
 だが、その沈黙が、すべてを物語っている。

     ◆

「……代償、か」

 訓練場を出て、ベンチに腰を下ろす。

 第七層での力は、確かに異常だった。
 恐怖を感じないほどの余裕。

 それと引き換えに、
 地上での自分は、さらに弱くなっている。

「このまま潜り続けたら……」

 考えたくない結論が、頭をよぎる。

 ――地上に戻れなくなる。

 物理的に、ではない。
 生活が、成立しなくなる。

     ◆

 その日の午後、ガドルに呼ばれた。

「座れ」

 簡潔な言葉。

「……体に、出ているな」

 一目で見抜かれた。

「はい」

「進行は、想定より早い」

 ガドルは、顎に手を当てる。

「第七層での適応が、急激すぎる」

「……止める方法は」

「ない」

 即答だった。

「体質改善は、環境順応型だ。
 一度変わった体を、元に戻す機能はない」

 ジャンは、唇を噛んだ。

「じゃあ……」

「選択だ」

 ガドルは、はっきりと言った。

「潜るのを控えるか。
 それとも――」

「潜り続けるか」

 ジャンが、続きを口にした。

「そうだ」

     ◆

 部屋に戻ったジャンは、窓から街を見下ろした。

 人の行き交う音。
 生活の匂い。

 この場所は、確かに“地上”だ。

「……好きなんだけどな」

 静かに呟く。

 村を出た日も、
 ギルドに登録した日も、
 ここは希望の場所だった。

 だが、今は違う。

 ここに長くいればいるほど、
 自分は“弱くなる”。

     ◆

 夜、再びダンジョンの入口に立つ。

 足取りは、重い。
 だが、迷いはない。

「……怖いな」

 地上で弱くなることが。
 戻れなくなることが。

 それでも、足は止まらなかった。

 深層に入れば、
 体は応えてくれる。

 力が戻る。
 いや――戻るのではない。

「……これが、本来の姿か」

 そう思った瞬間、
 小さな恐怖が胸をよぎった。

 深層の自分が、本当の自分になりつつある。

 地上の自分は、
 ただの残り滓なのかもしれない。

 それでも、ジャンは降りていく。

 強さを選んだ代償を、
 すべて受け入れる覚悟で。

 第七層の闇が、
 静かに彼を飲み込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...