地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

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第六話 孤独は弱さか

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 第七層の奥は、音がなかった。

 水滴の落ちる音も、風の流れもない。
 ただ、魔素が静かに渦を巻いている。

 ジャンは、一人で立っていた。

「……静かすぎる」

 誰かと潜っていれば、雑談や合図がある。
 足音も、呼吸音もある。

 今はそれがない。

 孤独。
 それは、冒険者にとって危険の象徴だ。

     ◆

 気配は、突然だった。

 背後ではない。
 前でもない。

 周囲すべてが、歪んだ。

「――っ!」

 ジャンは即座に身構える。

 次の瞬間、地面から複数の影が立ち上がった。
 人型に近いが、顔がない。

 異常個体の群れ。

「……多いな」

 声に、焦りはなかった。

 深層の魔素が、体を満たす。
 思考が研ぎ澄まされる。

 距離、数、動き。
 一瞬で把握できる。

 ジャンは前に出た。

 剣が、舞う。

 一体、二体。
 正確に急所を断ち、影を消す。

 だが、数が減らない。

「……長期戦か」

 ここで初めて、孤独の現実が顔を出す。

 援護がない。
 交代もない。

 すべて、自分一人だ。

     ◆

 戦いは、続いた。

 体は、問題ない。
 動きも、判断も、完璧に近い。

 だが、時間が削ってくる。

 集中が、少しずつ摩耗する。

「……っ」

 一瞬の遅れ。

 影の腕が、脇腹を掠めた。

 痛みは、ない。
 だが、衝撃で体勢が崩れる。

 ジャンは即座に距離を取った。

 深呼吸。

 ここで焦れば、終わる。

     ◆

「……誰もいないな」

 ぽつりと、呟く。

 返事はない。
 当たり前だ。

 だが、その瞬間、妙な感覚があった。

 邪魔がない。

 指示も、遠慮も、配慮もない。
 判断を、誰かに合わせる必要がない。

「……そうか」

 ジャンは、静かに理解した。

 孤独は、弱さじゃない。

 選択の自由だ。

     ◆

 彼は、戦い方を変えた。

 守りを捨て、攻めに徹する。
 回避ではなく、先読みで潰す。

 無駄な動きを、すべて削る。

 一体ずつ、確実に。

 時間はかかった。
 だが、確実だった。

 最後の影が消えたとき、
 ジャンは、その場に立ったままだった。

 息は、少し荒い。
 だが、立てないほどではない。

「……終わった」

     ◆

 その場に座り込み、しばらく動かなかった。

 誰も、褒めない。
 誰も、確認しない。

 それでも、胸の奥に残るものがあった。

 ――達成感。

 深層でしか得られない、確かな実感。

     ◆

 帰還の途中、体は徐々に重くなっていく。

 だが、今回は違った。

 落差はある。
 確かに弱くなる。

 それでも、心は折れなかった。

「……一人で戦えた」

 それは、孤独に耐えたという意味ではない。

 孤独を使ったという意味だ。

     ◆

 地上に戻ったジャンは、壁に寄りかかった。

 足は震えている。
 呼吸も、荒い。

 それでも、笑った。

「……弱いな」

 だが、それでいい。

 地上の弱さは、もう受け入れている。
 問題は、深層で何ができるかだ。

     ◆

 ギルドへの帰路、夜風が頬を撫でる。

 街は、今日も変わらない。
 誰も、彼の戦いを知らない。

 それでいい。

 ジャンは、空を見上げた。

 孤独は、弱さではない。
 自分を縛らないための形だ。

 彼は、一人で潜る冒険者として、
 また一歩、前に進んだ。
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