地上最弱、深層最強④――深層戦争

塩塚 和人

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第9話 深層からの刺客

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朝の光が薄く差し込むボミタスの街は、静かな熱気に包まれていた。

冒険者たちの話し声はいつもより少なく、

ギルド内には妙な緊張感が漂っている。

ジャンは受付のポーリンに声をかけられながら、

手元のクエスト票を確認していた。

「ジャン、今日の依頼はちょっと注意が必要よ。

深層の洞窟に、以前討伐されたはずの魔獣の仲間が現れたみたい…。」

ポーリンの声は低く、そして真剣だった。

ジャンは眉をひそめた。

深層――魔素の量が通常より桁違いに濃くなる場所。

彼のスキル「体質改善」が最大限に作用する領域ではあるが、

同時に油断は禁物だ。

魔素が濃くなるほど、彼自身の力も増す。

しかし、それに比例して相手も危険な存在になることは、

これまでの経験で身に染みていた。

「わかった、行こう。」ジャンは決意を固め、

ギルドマスターのガドルに軽く頭を下げた。

洞窟の入口は人通りの少ない林道の奥にあった。

霧が立ち込め、岩肌には青白い魔素の結晶が散らばる。

ジャンが足を踏み入れると、空気が重くなり、胸の奥に圧迫感を覚えた。

魔素の香りが鼻を突き、体は自然と緊張を増す。

「……やはり、濃い。」ジャンは小さくつぶやき、呼吸を整える。

魔素が濃くなるほど、スキル「体質改善」が全身に力を注ぐ。

筋肉は瞬時に膨張し、動きは地上の比ではない敏捷さを発揮した。

洞窟を奥に進むと、暗闇の中で微かな影が動いた。

ジャンの視線はそれを捕らえる。

瞬間、闇から現れたのは、人の形をした魔素の化身のような存在だった。

体は薄紫色に光り、目は赤く光っている。

深層に棲む刺客――ジャンの体に冷たい戦慄が走った。

「ここまで来るとは……面白い。」刺客の声は低く、

響き渡る洞窟の中で不気味に反響する。

ジャンは拳を握り、静かに距離を詰めた。

最初の衝突は一瞬で起きた。

刺客は瞬間移動のような速さでジャンに斬りかかる。

だが、ジャンも負けてはいなかった。

魔素を宿した筋肉は通常の数倍の速度で反応し、攻撃をかわす。

洞窟の壁に蹴りを叩き込みながら、彼は相手の動きを観察した。

「この速度…やはり深層の魔素を利用しているな。」
 ジャンの分析は正確だった。
 
刺客は魔素を自在に操り、遠距離攻撃と接近戦を瞬時に切り替える。

力の差だけでは勝てない相手だ。

ジャンは戦略を練り、魔素の流れを感じ取りながら戦った。

何度も打ち合い、蹴り合い、洞窟の奥深くで二人の戦いは白熱する。

ジャンの体は魔素で満ちているため、

通常なら耐えられない衝撃も受け止められる。

しかし、刺客も魔素の深層で力を高めており、

油断すれば一撃で倒される危険があった。

「くっ……強い!」ジャンは額の汗を拭い、

冷静さを失わないよう心を集中する。

彼は戦いながら洞窟の構造を利用し、刺客の動きを制限する作戦を立てた。

岩棚や魔素結晶を巧みに利用し、相手の接近を誘導する。

そしてついに、ジャンは刺客の隙を突いた。

膝を屈め、全身の魔素を拳に集める。

光を帯びた拳が突進し、刺客の胸に直撃する。

衝撃とともに、刺客は洞窟の壁に吹き飛ばされ、ゆっくりと消え去った。

洞窟には再び静寂が戻る。

ジャンは重く息をつき、力を抜いた瞬間、

魔素の影響で一時的に体がだるくなる。

深層での力は絶大だが、地上に戻ればやはり通常の力に戻るのだ。

「ふぅ……今日も無事だったか。」

ジャンは洞窟の出口を見上げ、薄く微笑む。

深層の刺客は驚異だったが、自分の力と戦略があれば

乗り越えられることを改めて感じた。

ギルドに戻ると、ポーリンが駆け寄り、

ジャンを抱きしめるようにして安心した声を上げた。

「よかった…無事で。深層に行ったら危ないって言ったのに!」

ジャンは笑顔を返し、肩を軽く叩く。

「もう大丈夫だ。これからも、もっと強くなる。」

夜、ギルドの屋上で月光に照らされるジャンは、

遠くの山脈の影を見つめる。

深層の刺客が示した力――それはこれから待ち受ける

さらなる試練の兆しに過ぎなかった。

彼の心は、未来の戦いを見据えて静かに燃えていた。
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