追放された未来視の聖女は、魔王の隣で世界を選び直す

塩塚 和人

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第1巻 偽りの聖女

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「――エリシア・ヴェルナ」

 大神官セルヴァンの声が、聖堂に冷たく響いた。

「前へ出なさい」

 エリシアは、一歩だけ進む。
 石床の冷たさが、靴越しに伝わった。

「三年だ」

 セルヴァンは、ため息まじりに言う。

「三年も与えた。
 だが、お前は一度たりとも奇跡を示さなかった」

「……はい」

 短く答える。
 言い訳は、もう尽きていた。

「聖女とは、民を救う存在だ」
「癒し、浄化し、神の恩寵を示す象徴だ」

 セルヴァンは、わざと声を張り上げる。

「だが、お前は何をした?」
「ただ……黙って立っていただけだ」

 周囲から、くすくすと笑い声が漏れた。

 エリシアは歯を噛みしめる。

(違う)

 声に出さなかった言葉が、胸の中で渦巻く。

(私は、見ていた)
(選択の先を。結末を。破滅を)

「……大神官様」

 勇気を振り絞り、口を開く。

「奇跡は、結果です」
「本来、聖女の役割は――」

「黙りなさい!」

 一喝で、言葉は切り捨てられた。

「理屈はいらぬ」
「民が求めているのは、光だ」

 セルヴァンは冷たい目で彼女を見る。

「よって、エリシア・ヴェルナを
 ――偽物の聖女として、追放とする」

 空気が、一斉に緩んだ。

「やっぱりね」
「時間の無駄だったわ」

 誰かがそう囁く。

 エリシアは、深く頭を下げた。

「……承知しました」

 その夜。
 彼女は城壁の外へ放り出された。

「これで終わりだな」

 見送りの兵士が、気まずそうに言う。

「……ええ」

 本当は、終わりではないと知っている。
 だが、それを語る相手はいなかった。

 森を抜ける途中、足がもつれた。

(ここで倒れれば……)

 一瞬、未来が見えた。
 凍死。
 誰にも知られず。

 それでも、身体は動かなかった。

「人間の娘が、こんな場所で何をしている」

 低い声。

 目を開けると、黒い外套の男が立っていた。

「……助けを、求めても?」

 かすれた声で尋ねる。

「立てるか」

「……いいえ」

「正直でいい」

 男は、彼女を抱え上げた。

 次に目を覚ました時、そこは黒い城だった。

「目が覚めたか」

 玉座に座る男が言う。

「名は?」

「エリシア・ヴェルナ……です」

「ほう。聖女か」

 嘲笑はなかった。

「……いえ。
 聖女“ではない”と、追放されました」

 男は、しばらく彼女を見つめ――笑った。

「なるほど。
 奇跡を起こせぬから、か」

 エリシアは、恐る恐る問う。

「……処刑、されますか?」

「なぜそう思う」

「魔王領ですから」

「合理的だな」

 男は立ち上がる。

「だが、安心しろ。
 ここでは奇跡など、評価されん」

 そして、核心を突いた。

「未来が見えるのだろう?」

 エリシアの喉が鳴る。

「……はい」

「なら、お前は聖女だ」

 彼は断言した。

「ただし、
 “導く者”としてな」

 胸の奥が、熱くなる。

「余は魔王ディアヴェル・ノクス」

 その声は、驚くほど穏やかだった。

「我が参謀になれ」
「世界の行く末を、一緒に選ぼう」

 エリシアは、初めて涙をこぼした。

「……私で、いいのですか」

「ああ」

 魔王は迷わなかった。

「むしろ、君でなければ困る」

 その夜、追放された少女は決めた。

 正義に捨てられたなら、
 最善を選ぶ。

 たとえそれが――
 魔王の隣であっても。
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