2 / 5
第2巻 魔王軍の頭脳
しおりを挟む「……本当に、ここでいいのですか」
エリシアは、広すぎる部屋を見回した。
壁一面に地図。机の上には整えられた書類。
「不満か?」
背後から、ディアヴェルの声。
「いえ。ただ……参謀というより、学者の部屋みたいで」
「余は、無駄な威圧を好まん」
魔王は肩をすくめた。
「恐怖で従わせる国は、長くもたない」
その言葉に、エリシアは小さく頷く。
「……聖王国とは、正反対ですね」
「だろうな」
最初の任務は、国境の村だった。
聖王国軍が進軍準備をしているという。
「迎え撃つべきです」
将軍グラディスが、地図を叩く。
「今なら、確実に勝てる」
「勝てます」
エリシアは否定しなかった。
「ですが、三百人死にます」
室内が静まり返る。
「……どういう意味だ」
「正面衝突した場合の未来です」
エリシアは、別の地点を指す。
「夜襲なら、死者は五十。
ただし、憎しみは残ります」
「なら、それで――」
「もう一つ、あります」
エリシアは、少しだけ言い淀んだ。
「戦わない未来です」
グラディスが、鼻で笑う。
「魔族が頭を下げると?」
「頭ではありません」
エリシアは、はっきり言った。
「条件です」
彼女は、未来を“言葉”に変える。
「三日以内に撤退すれば、何もしない。
拒否すれば、補給路を断つ」
「脅しか」
「事実の提示です」
ディアヴェルは、エリシアを見た。
「成功率は?」
「六割」
「十分だ」
結果は、成功だった。
剣は抜かれず、血も流れない。
「……理解できん」
作戦後、グラディスが言った。
「なぜ、そこまで犠牲を嫌う」
エリシアは、少し考えてから答える。
「嫌っているのではありません」
「?」
「数を、知っているだけです」
誰が死に、誰が泣くか。
未来視は、それを突きつけてくる。
「だから、避けられるなら避けたい」
グラディスは、しばらく黙っていた。
「……参謀殿」
呼び方が、変わった。
一方その頃、聖王国。
「魔王軍の動きが読めません」
騎士が報告する。
「罠も奇襲もない。
だが、こちらの作戦は全て潰されている」
大神官セルヴァンは、顔を歪めた。
「……やはり、聖女がいないからだ」
自分の判断を、疑おうとしない。
夜。
エリシアは、廊下で立ち止まっていた。
未来が、揺れている。
(選択肢が、減っている……)
「考えすぎだ」
ディアヴェルが隣に立つ。
「怖いのか」
「……少し」
正直に言う。
「私が選ぶことで、
別の未来が消えていく」
「当然だ」
魔王は、迷いなく言った。
「選択とは、そういうものだ」
そして、少しだけ声を和らげる。
「だからこそ、余は君を信じる」
エリシアは、目を伏せた。
「……聖王国が、新しい聖女を立てます」
未来を見た結果だった。
「その先に、良い未来はありません」
「なら」
ディアヴェルは言う。
「止めるか?」
「いいえ」
エリシアは、首を振った。
「真実を、明らかにします」
奇跡とは何か。
聖女とは何か。
選ぶのは、世界だ。
エリシアは、参謀席に戻った。
導く者として。
逃げないと、決めたから。
0
あなたにおすすめの小説
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる