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第4巻 信仰国家の終焉
しおりを挟む「また……奇跡が起きました!」
報告に、聖堂がどよめいた。
「神は我らを見捨てていなかった!」
「やはり、真の聖女だ!」
民衆の歓声を浴びながら、大神官セルヴァンは笑顔を作る。
――だが、背中には冷たい汗が流れていた。
「東区画の井戸は?」
小声で問いかける。
「……完全に枯渇しました」
「南の農地も、今年は全滅です」
奇跡の数と、不幸の数が釣り合わなくなっている。
いや、最初から釣り合ってなどいなかった。
(違う……これは、神の試練だ)
セルヴァンは、そう言い聞かせるしかなかった。
新聖女マリアは、祭壇の奥で膝をついていた。
「……大神官様」
「もう……祈れません」
声が、震えている。
「奇跡を起こすたび、何かが……削れていく感じがして……」
「気のせいだ」
セルヴァンは、彼女の肩を強く掴んだ。
「お前は、神に選ばれた存在だ」
「止まることは、許されない」
マリアは、何も言えなくなった。
一方、魔王城ノクスディア。
「……想定より、早いですね」
エリシアは、報告書を置いた。
「民衆の不満が、限界に近い」
「奇跡が多すぎる」
ディアヴェルは、即座に答える。
「与えすぎれば、人は疑う」
「はい」
エリシアは、唇を噛んだ。
「このままでは、暴動が起きます」
「止めるか?」
「いいえ」
彼女は、首を振る。
「止めれば、また“誰か”が正解になります」
「選ばせる必要があります」
ディアヴェルは、短く頷いた。
「では、最後の一手だ」
魔王軍は、剣を抜かなかった。
代わりに、民の前に“記録”を置いた。
奇跡が起きた日付。
その直後に起きた災害。
数字と因果。
「……嘘だろ」
「だが、全部合っている」
疑念は、信仰を侵食する。
そして――王都で、火が上がった。
「神殿を出ろ!」
「俺たちは、奇跡より水が欲しい!」
セルヴァンは、聖堂の奥へ逃げ込んだ。
「違う……私は、国を守ってきた……!」
その前に、足音が響く。
「――いいえ」
聞き覚えのある声。
振り向くと、エリシア・ヴェルナが立っていた。
「あなたは、国を“信仰で縛って”きただけです」
「戻ってきたのか……!」
セルヴァンは、縋るように叫ぶ。
「お前なら救える!」
「お前が、真の聖女だ!」
エリシアは、静かに首を振った。
「救えます」
希望が、一瞬灯る。
「ですが」
はっきりと告げる。
「元には、戻せません」
「なぜだ!」
「戻せば、同じことを繰り返すからです」
エリシアは、真っ直ぐに見据えた。
「聖女を“正解”にした時点で、
あなたたちは選ぶことを放棄しました」
セルヴァンは、言葉を失った。
やがて、王国は解体された。
王は退位し、大神官は裁かれる。
マリアは保護され、奇跡は止まった。
世界の歪みは、ゆっくりと癒えていく。
数日後。
暫定評議会の使者が、魔王城を訪れる。
「エリシア様……」
「どうか、我々を導いてください」
深く下げられた頭。
エリシアは、すぐには答えなかった。
「条件があります」
「……何でしょう」
「私は、あなたたちの上には立ちません」
「命令もしない」
ただ一つ。
「二度と、導く者を道具にしないこと」
沈黙の後、使者は頷いた。
城に戻る途中、ディアヴェルが言う。
「優しすぎるのではないか」
「いいえ」
エリシアは、少しだけ微笑んだ。
「厳しい選択です」
信仰国家は終わった。
だが、世界は続く。
次に選ぶのは――
彼女自身の未来だった。
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