追放された未来視の聖女は、魔王の隣で世界を選び直す

塩塚 和人

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第5巻 導く者の未来

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 世界は、落ち着きを取り戻しつつあった。

 信仰国家の崩壊から数か月。
 争いは収まり、各地で新たな自治が始まっている。

 魔王城ノクスディアの回廊を、エリシアは歩いていた。

「……静かですね」

 隣を歩くディアヴェルに、そう漏らす。

「嵐の後だからな」
「人は、次にどうすればいいか分からない」

「それでも」

 エリシアは、窓の外を見る。

「世界は、前に進いています」

 評議会からの使者は、今も定期的に訪れていた。

「助言を」
「判断を」
「未来を見てほしい」

 だが、そのたびにエリシアは同じ答えを返している。

「私は、選びません」
「選ぶのは、あなたたちです」

 その夜。
 ディアヴェルは、彼女に問いかけた。

「後悔はないか」

「……あります」

 即答だった。

「もっと、早くできたこともあった」
「救えなかった人もいます」

「それでも?」

「それでも、戻りません」

 エリシアは、拳を開く。

「導くことと、決めることは違います」
「私は……それを、間違えたくない」

 翌日。
 一人の少女が、城を訪れた。

「……マリアです」

 新聖女だった少女は、もう白衣を着ていない。

「話を、させてください」

 二人は、庭園で向き合った。

「あなたを、恨んでいません」

 マリアは、そう切り出す。

「でも……怖いんです」
「私には、何も残っていない気がして」

 エリシアは、少し考えてから答えた。

「残っています」

「……何が?」

「選ばされなかった未来です」

 マリアは、目を瞬かせた。

「奇跡がなくても、生きていい」
「役割がなくても、存在していい」

「それを、あなたはもう手にしています」

 少女の目から、涙がこぼれた。

「……ありがとうございます」

 その背中を見送りながら、エリシアは呟く。

「これで……いい」

 数日後。
 ディアヴェルは、彼女にある提案をした。

「この世界を、去るか?」

 エリシアは、驚かなかった。

「境界を越えれば、
 未来を見る力は薄れるだろう」

「……普通の人として、生きられる」

 長い沈黙。

「それでも?」

 エリシアは、ゆっくりと息を吸う。

「はい」

 そして、微笑んだ。

「それが、私の選択です」

 別れの朝。

「行くのか」

「ええ」

 ディアヴェルは、少しだけ困った顔をした。

「魔王として、引き止めるべきか?」

「友人としてなら?」

「……見送ろう」

 二人は、言葉を交わさず、並んで歩いた。

 境界の扉の前で、エリシアは振り返る。

「ディアヴェル」

「なんだ」

「あなたが魔王で、よかった」

 一瞬、彼は笑った。

「それは……褒め言葉か?」

「最高の、です」

 扉が閉じる。

 未来は、もう見えない。

 だが。

 不安はなかった。

 導く者だった少女は、
 ただの一人の人間として――歩き出す。

 世界は、彼女なしでも回る。

 それでいい。

 それこそが、
 彼女が望んだ“結末”なのだから。

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