定年オヤジ、現代ダンジョンを論破する

塩塚 和人

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第8話:過去と向き合う

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 地下から帰還した夜、家の灯りが優しく揺れていた。
 玄関の扉を開けると、妻が無言で夕食を差し出す。
 子どもは独立しているが、帰省したときに見せる笑顔は、いつも少しぎこちない。

 定年後の生活は、刺激の少ない日々だった。
 規則正しい朝、淡々とした昼、静かな夜。
 現役時代のような“意味のある忙しさ”は、すべて失われた。

 ダンジョンに足を踏み入れたのは、刺激のためだった。
 ――ただそれだけ。

 だが、戦いの後、ふと考える。

「俺は……本当に、価値のあることをしてきたのか」

 技術職として長年働いた。
 でも、組織の論理に従うだけの毎日。
 上司の顔色をうかがい、部下を管理する。
 仕事の効率と成果ばかりを追いかけていた。

 家族との距離も、気づけば広がっていた。
 子どもに伝える言葉も、感情も、少なかった。

 ふと、戦闘中に若者たちに教えていた自分の姿を思い出す。

「……あれは、俺自身に足りなかったものかもしれない」

 若者たちは純粋に、効率や戦術を学ぼうとしていた。
 戦いながら、教えながら、俺は久しぶりに“役に立つ実感”を得ていた。

 それは、昔の自分にはなかった感覚だ。

 翌日、再びダンジョンに向かう途中、妻からLINEが届いた。

「昨日は疲れたでしょ? でも、楽しそうね」

 スタンプだけの簡単な文章。
 だが、心にじんわりと染みる。

 俺は小さく笑い、返信した。

「少しだけな。無駄ではなかった」

 ダンジョンで戦う自分と、家で妻と過ごす自分。
 二つの自分が、少しずつつながり始めた気がした。

 老いても、学びは続く。
 無双の力は、ただの道具。
 だが、その道具を通じて、失われたものを取り戻すこともできる。

 ――定年オヤジの第二の人生は、まだ始まったばかりだった。
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