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第23話 聖女という役割
しおりを挟む朝の光は、やさしかった。
カーテン越しに差し込む日差しは、
異世界の神殿で浴びていた聖光とは、
まるで違う。
眩しくなく、
誰かを裁く力も持たない。
ただ、
「朝が来た」ことを知らせる光だった。
◆
「……静かですね」
マリルは、
窓辺でそう呟いた。
◆
「この時間は、
みんな仕事に行ってる」
キッチンで湯を沸かしながら、
ライムが答える。
◆
「祈りの時間は?」
「……ない」
◆
その答えに、
マリルは一瞬言葉を失った。
◆
「この世界では、
祈らなくても
朝は来るんですね」
その声音には、
驚きと――
少しの安堵が混じっていた。
◆
午前中。
三人は、
ギルド併設の医療研究区画を訪れていた。
◆
目的は、
マリルの能力検査。
◆
「回復魔法……
というより、
“状態修復”ですね」
白衣を着た医師が、
端末を見ながら言う。
◆
「外傷だけでなく、
疲労や毒素、
精神的負荷にも
反応している」
◆
「……それは」
マリルは、
視線を伏せた。
◆
「異世界では、
戦場で
使うものでした」
◆
ライムは、
何も言わずに聞いていた。
◆
検査のため、
軽度の疲労状態を
再現する。
◆
マリルが、
手をかざす。
光は――
弱い。
◆
「……魔力が、
足りません」
◆
「いえ」
医師が、
すぐに首を振った。
「十分です」
「むしろ……
過剰なくらい」
◆
数値が、
画面に表示される。
◆
「細胞修復率、
異常に高い……」
◆
「……異常?」
マリルの声が、
少しだけ揺れた。
◆
「いい意味で、です」
医師は、
慌てて言い直す。
「ですが……
この力、
毎日使っていたら
相当、消耗しますよ」
◆
その言葉に、
マリルの肩が、
僅かに震えた。
◆
「……消耗は、
慣れています」
◆
ライムが、
口を挟む。
「慣れなくていい」
◆
マリルは、
驚いたように彼を見る。
◆
「この世界では、
それは“仕事”じゃない」
「選べる」
◆
午後。
三人は、
病院のロビーにいた。
◆
救急搬送された
軽症患者。
医師や看護師が、
慌ただしく動く。
◆
「……私、
何もしなくていいんですか?」
マリルが、
不安げに言う。
◆
「いい」
ライムは、
即答した。
「ここでは、
専門の人たちがいる」
◆
マリルは、
拳を握りしめた。
◆
「……異世界では」
「怪我人を前にして、
癒さない聖女は
“存在価値がない”と
言われました」
◆
その言葉は、
淡々としていた。
だが、
長い年月の重みを
帯びている。
◆
「……俺は」
ライムは、
少し考えてから言った。
「癒したいと思った時だけ、
癒せばいいと思う」
◆
「それ以外の時間は?」
◆
「……生きればいい」
◆
マリルの目に、
一瞬だけ
涙が滲んだ。
◆
夕方。
街を歩く。
人々は、
誰も彼女を見ない。
祈りを求めない。
跪かない。
◆
「……誰も、
私を“聖女”だと
知らない」
◆
「知る必要がない」
◆
その言葉に、
マリルは立ち止まった。
◆
「……私、
この世界で……」
「“マリル”として
生きてもいいんでしょうか」
◆
ライムは、
迷わなかった。
「いい」
◆
その夜。
部屋で、
マリルは一人
手を見つめていた。
◆
光を灯す。
それは、
祈りではない。
命令でもない。
◆
「……私が、
使いたいから」
小さな光が、
消える。
◆
聖女は、
役割から降り始めた。
その一歩は、
とても小さい。
だが――
確かに、
人生を変える一歩だった。
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