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第24話 賢者の視る世界
しおりを挟む賢者リドムは、窓の外を眺めていた。
高層階から見下ろす街は、夜でも眠らない。
光が連なり、規則正しく流れ、
まるで巨大な魔法陣が常時稼働しているかのようだった。
「……なるほどな」
独り言が、漏れる。
◆
現代日本。
魔力は希薄。
だが――秩序は、異様なほど強固だ。
道路は決められた通りに伸び、
人は信号に従い、
巨大な建造物は崩れる気配すらない。
「術式を使わずに、
ここまで安定させるとは……」
賢者としての好奇心が、
胸の奥で静かに疼いた。
◆
翌日。
リドムは、
ギルド併設の研究区画に招かれていた。
白衣の研究者たちが、
遠慮がちに距離を保つ。
「……本当に、
“魔法理論”を
説明していただけるんですか?」
年若い研究者が、
半信半疑で尋ねる。
◆
「構わん」
リドムは、
椅子に腰掛けながら答えた。
「ただし、
この世界の言葉に
置き換えられる範囲でな」
◆
ホログラムに、
簡易的な図を描く。
◆
「魔法とは、
意思と世界の合意だ」
「我々の世界では、
世界がそれを許容していた」
◆
「……合意?」
◆
「雷を落とす魔法を
例にしよう」
「雷は、
そこに“落ちる理由”があれば
自然現象として成立する」
◆
研究者たちが、
息を呑む。
◆
「だがこの世界では、
雷は自然現象として
厳密に定義されている」
「だから、
世界が“納得しない”」
◆
「……だから、
魔力が減衰する」
研究者が、
理解したように呟いた。
◆
「正解だ」
リドムは、
小さく笑った。
◆
休憩時間。
自販機の前で、
ライムと並ぶ。
◆
「……面白い顔をしてたな」
ライムが言う。
◆
「賢者として、
久々に楽しい」
リドムは、
缶コーヒーを受け取りながら答えた。
「魔法が通じない世界は、
思考の余地が大きい」
◆
「戻りたいか?」
ライムの問いは、
直球だった。
◆
リドムは、
すぐには答えなかった。
◆
「……帰還方法は、
理論上、可能だ」
「だが、一度きり」
◆
「向こうは、
もう安定している」
「賢者がいなくても、
回る世界だ」
◆
ライムは、
何も言わない。
◆
「だがな」
リドムは、
少しだけ声を落とす。
「お前が生きている世界を、
見たかった」
◆
「英雄になったお前じゃない」
「“選んだ”お前を」
◆
沈黙。
自販機の低い稼働音だけが、
二人の間を流れる。
◆
その夜。
リドムは、
簡易的な魔法陣を描いていた。
◆
だが、
光は弱く、
すぐに消える。
◆
「……やはりな」
この世界は、
彼を拒まない。
だが、
全面的に受け入れてもいない。
◆
マリルが、
そっと部屋を覗いた。
「……リドム様」
◆
「どうした、
聖女――いや、
マリル」
◆
「……私、
ここに残りたいと
思っています」
◆
リドムは、
驚いたように目を瞬かせ――
すぐに、優しく笑った。
◆
「そうか」
「なら、
私は戻ろう」
◆
「え……?」
◆
「役割は、
分け合うものだ」
「誰かが残り、
誰かが戻る」
「それで、
世界は回る」
◆
マリルは、
深く頭を下げた。
◆
夜。
ベランダ。
雷は、
鳴らない。
◆
「……お前は、
いい世界を
選んだな」
リドムは、
空を見上げて言った。
◆
「そう思えるなら、
十分だ」
ライムは、
短く答えた。
◆
賢者は、
帰る準備を始めた。
それは、
別れのためではない。
世界が、
前に進むためだった。
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