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第26話 一度きりの帰還
しおりを挟む帰還魔法は、
準備がすべてだった。
◆
「条件は三つある」
探索者ギルドの地下、
封印区画。
リドムは、
床に描かれた巨大な魔法陣を見下ろしながら言った。
◆
「第一に、
境界が安定していること」
「第二に、
こちら側の魔力が
過剰に干渉しないこと」
「第三に――」
◆
彼は一瞬、
言葉を切った。
「……術者自身が、
帰還を“望んでいる”ことだ」
◆
「望まなければ、
失敗するのか?」
ライムの問いに、
リドムは首を横に振る。
◆
「失敗ではない」
「帰れなくなる」
◆
空気が、
重く沈んだ。
◆
「……一度きり、
なんですね」
マリルが、
小さく言った。
◆
「そうだ」
リドムは、
静かに頷く。
「境界を開く力は、
世界そのものに
傷をつける」
「何度も使えば、
どちらかが壊れる」
◆
「だから……
私は、戻る」
◆
準備は、
静かに進んだ。
魔力測定。
陣の再構築。
干渉遮断結界。
◆
ライムは、
それをただ見ていた。
手伝おうとしても、
拒まれる。
◆
「これは、
私の責任だ」
リドムは、
そう言った。
◆
夜。
ギルド屋上。
◆
「なあ、リドム」
ライムは、
柵にもたれて言った。
◆
「異世界でさ」
「俺が死にかけた時、
お前は迷わなかった」
◆
「あの転移魔法……
本当は、
無茶だったんだろ」
◆
リドムは、
星空を見上げたまま答えた。
◆
「無茶だった」
「成功率は、
五割以下だ」
◆
「……は?」
◆
「だがな」
リドムは、
少し笑った。
「お前が死ぬ確率は、
百だった」
◆
「だから賭けた」
「賢者が、
友を見捨てるくらいなら」
「世界を、
一つ賭ける方がいい」
◆
ライムは、
何も言えなかった。
◆
「……後悔は?」
◆
「ある」
即答だった。
「だが、
悔いはない」
◆
その言葉は、
雷より重かった。
◆
一方、
マリルは一人、
封印区画に残っていた。
◆
「……聖女は」
彼女は、
誰もいない空間に向かって話す。
「選ぶことを、
許されません」
◆
癒しの力は、
祈りと引き換えに与えられた。
感情を殺し、
命を救う。
それが、
彼女の役割だった。
◆
「でも……」
マリルは、
胸に手を当てる。
「ここでは、
名前を呼んでもらえました」
◆
「聖女ではなく、
マリルとして」
◆
その事実が、
彼女を縛りも、
支えもしていた。
◆
帰還当日。
魔法陣が、
淡く光る。
◆
「……始める」
リドムが、
陣の中央に立つ。
◆
「待て」
ライムが、
一歩前に出た。
◆
「……向こうで、
死ぬなよ」
◆
リドムは、
苦笑した。
「それは、
お前の台詞だ」
◆
「現代の守護者殿」
◆
魔力が、
流れ始める。
◆
空間が、
歪む。
◆
「ライム」
リドムの声が、
遠くなる。
◆
「お前がここに
居場所を作ったように」
「向こうにも、
私の居場所を作る」
◆
「それが、
友としての……
約束だ」
◆
光が、
弾けた。
◆
魔法陣は、
静かに消えた。
◆
そこには、
もうリドムはいない。
◆
マリルは、
黙って頭を下げた。
◆
「……行きましたね」
◆
「ああ」
ライムは、
空を見上げる。
◆
雷は、
鳴らなかった。
それが、
答えだった。
◆
別れは、
終わりではない。
それを知っているからこそ、
胸が痛む。
◆
だが、
ライムは立ち止まらない。
彼には、
守るべき世界がある。
ここが、
第二の故郷だから。
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