地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

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第二話 第九層の静寂

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 第九層に足を踏み入れた瞬間、ジャンは違和感を覚えた。

 ――音が、ない。

 水の滴る音も、風の流れも。
 自分の足音さえ、どこか吸い込まれていくようだった。

「……静かすぎるな」

 これまでの深層は、危険であっても“反応”があった。
 魔物の気配。
 魔素の乱れ。

 だが、ここには何もない。

     ◆

 魔素は、確かに濃い。

 第八層よりも、さらに。
 体は即座に順応し、感覚が研ぎ澄まされる。

 それでも――。

「……いない」

 魔物が、いない。

 死骸もない。
 痕跡もない。

 まるで、最初から存在しなかったかのようだ。

     ◆

 一歩、進む。

 二歩、進む。

 足取りは軽い。
 だが、胸の奥が落ち着かない。

 強くなっているはずなのに、
 安心できない。

「……見られている」

 そう感じたのは、直感だった。

 視線の方向は、わからない。
 数も、距離も。

 ただ、確かに――。

     ◆

 ジャンは立ち止まり、深く息を吸った。

 魔素が、肺に流れ込む。
 思考が、静かに整う。

「……敵意は、ないか」

 殺気ではない。
 観察。

 それに近い。

     ◆

 通路の先に、小さな広間が現れた。

 中央には、何もない。

 だが、床の模様だけが不自然だった。
 円状に、摩耗している。

「……足跡じゃない」

 踏み荒らされた形ではない。
 何かが、長時間“留まっていた”痕跡。

     ◆

 その瞬間、空気が揺れた。

 音はない。
 だが、感覚だけが訴えてくる。

 そこに、いる。

 ジャンは、剣に手をかけた。

「……姿を見せる気は、ないか」

 返事はない。

 だが、視線は消えない。

     ◆

 魔素の流れが、わずかに変わった。

 周囲ではなく、自分の周囲だけ。

「……俺が、観測対象か」

 その言葉を口にした瞬間、
 確信に変わった。

     ◆

 ここは、狩場ではない。

 試験場でもない。

 観測点だ。

 ジャンは、ゆっくりと剣から手を離した。

「……攻撃してこないなら、俺もしない」

 敵意を見せる理由はない。

 沈黙が、続く。

     ◆

 時間の感覚が、曖昧になる。

 どれだけ立っていたのか、わからない。

 やがて、魔素の揺らぎが収まった。

 視線が、薄れていく。

「……終わり、か」

     ◆

 ジャンは、その場に残された違和感を胸に刻み、引き返すことにした。

 これ以上、踏み込むべきではない。
 本能が、そう告げている。

     ◆

 帰還の途中、体は徐々に重くなる。

 だが、頭は冴えていた。

「……見られていたのは、俺だけじゃない」

 深層。
 そして、地上。

 境界そのものが、観測されている。

     ◆

 地上に戻った瞬間、喧騒が耳に戻った。

 それが、妙にうるさく感じられる。

「……世界は、静かじゃない方がいいな」

 ぽつりと呟く。

 静寂は、監視の始まりだ。

 ジャンは、次の報告の重さを理解しながら、
 ギルドへと足を向けた。
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